Text by 小野田雄
Text by 山元翔一
Text by 三田村亮
プロデューサー/ビートメイカーとして、音楽集団、Mirage Collectiveを結成。SuchmosのYONCEやペトロールズの長岡亮介ら、錚々たるプレイヤーを迎えて制作したテレビドラマ『エルピス —希望、あるいは災い—』(カンテレ)の主題歌が大きな話題を振りまいているSTUTS。
そのプロデューサーとしての存在感をさらに強める起点となったのが、3rdアルバム『Orbit』だ。自ら弾きこなすさまざまな楽器を交えたビートメイクを進化させると同時に、ツアーやフェスを通じてつながりを深めてきたSTUTS Bandとのセッション、Awichやtofubeats、JJJ、BIM、KMC、北里彰久ら、国内外から総勢18名のラッパー/シンガーをフィーチャー。ヒップホップからハウス、2ステップと、ジャンルを横断する極上のビートとともに描き出すシネマティックなサウンドスケープに、STUTSのプロデューサーとしてのスタンスやパーソナルな心情が投影されている。
アルバムリリース後、状況は刻々と変化し、Mirage Collectiveの謎めいた動きが大きな注目を浴びているいま、STUTSが3rdアルバム『Orbit』に込めたものを再確認するべくインタビューを行なった。
STUTS(スタッツ)
1989年生まれのトラックメーカー、MPCプレイヤー。自身の作品制作やライブと並行して、数多くのプロデュース、コラボレーションやTV・CMへの楽曲提供など活躍の場を広げている。2022年10月、3rdアルバム『Orbit』をリリース。
─10月にリリースしたアルバム『Orbit』は、フルアルバムとしては2018年の『Eutopia』から4年ぶりの作品です。その間、2020年にはバンド編成によるライブ音源『STUTS Band Set Live "90 Degrees"』やミニアルバム『Contrast』、2021年にはテレビドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ)の主題歌“Presence”とそれを発展させたアルバムをリリースなど、制作漬けの日々だったと思うのですが、その濃密な日々を振り返ってみていただけますか?
STUTS:振り返ると、この3~4年は、たとえば、楽器を弾くことや自分の声を楽曲に入れてみることだったり、バンド編成でのライブだったり、これまで挑戦できてなかったことに挑戦できた期間でしたね。
─『Orbit』リリース後もLINE CUBE SHIBUYAを含む全国ツアー、そして、現在進行中のMirage Collectiveのリリースなど、活動は止まることなく続いていますが、やはり、STUTSさんにとって、新しいことへの挑戦が原動力になっているんでしょうか?
STUTS:そうですね。いつまで続くかわからないんですけど、やりたいことはいっぱいありますし、いまやっていることでもよりよいものにしていきたいと思いますし、言い換えるなら、同じことをやっていても……とか、我ながら好奇心が旺盛というか(笑)、そういう気持ちはあるのかもしれないですね。
─『Orbit』の制作はいつから、どんな感じではじまったんですか?
STUTS:曲はつねにつくっているので、アルバムのことは考えずつくった曲も収録されているんですけど、今作を意識しはじめたのは、前のミニアルバム『Contrast』をつくり終えるころなので、2020年の5~6月ですかね。
そのあと少しずつ手を動かしていって、制作を進めていくうえで最初の大きなとっかかりは、2021年の1月14日に1日スタジオを貸し切って、バンドのメンバーとやったセッションだと思います。
即興のセッションをしつつ、自分がつくってきたビートやメロディーをもとにバンドで演奏してみたりして。そこで録音したいろんな素材をサンプリング、エディットしたりしながら、楽曲に昇華していきました。
─2018年のアルバム『Eutopia』からはじまったバンドを交えた楽曲制作はその後どう発展していったんですか?
STUTS:バンドのセッションに初めてトライした『Eutopia』のころと比べると、コードや音楽理論を勉強したり、ライブやスタジオでバンドと交わる経験を重ねたりすることで、こうやって演奏してもらえば、こういう音になるということを把握できるようになったのが一番大きいかもしれないですね。
─ヒップホップはループが土台になっている音楽ですけど、今回の作品は“World's End”しかり、“Expressions”しかり、ループから飛び出していく曲展開が新機軸になっていますよね。
STUTS:ご指摘の2曲は、まさにスタジオセッションにおける即興的な部分から生まれたもので。
“World's End”は最初に自分のビートにあわせて演奏してもらっていたんですけど、その最中にテンポやビートパターンが変わる後半のセクションを思いついたので、新たに演奏してもらって、自分もその場でMPCを打ってビートを加えて。それがそのまま曲の展開になりました。
STUTS:“Expressions”もビートにあわせて演奏してもらっていたんですけど、ビートを止めたタイミングで、みんながそのまま自由にダブっぽい演奏を続けたので、「これおもしろいから録っておこう」って。それを活かしたものが最終形になりました。
─ドラムンベースからヒップホップへスムーズに移行していく“Orbit - STUTS Band Session, Jan 12, 2021”はバンドセッションの醍醐味が凝縮されています。
STUTS:その曲は、3年前にスタジオに入ったときの即興演奏が元になっていて。ドラムの吉良(創太)くんが叩いたドランベースのビートに岩見(継吾)さんがベースでついていった演奏がかっこよかったので、iPhoneで録音しておいたんです。
今回のスタジオ入り当日、2人にお願いして演奏してもらうところからふわっとはじまったセッションが20分くらい続いたのかな。後半のテンポが変わる箇所もそのときに生まれて、それを編集して最終的に5分の曲にまとめました。
STUTS:この曲はローズピアノでコード進行が変わるセクションが中盤にあって、その録音はセッション素材を持ち帰って、あとから自分で弾いて入れたものなんです。だから、この曲の場合は自由度の高いセッション的な感覚に加えて、そのあとのポストプロダクションを通じてさらに楽曲の展開が推し進められました。
─自宅でローズピアノを録音されたということですが、引っ越しをされて、本格的なレコーディングスペースを設けたことも今回の制作に影響していますか?
STUTS:そうですね。“Orbit”でローズピアノを入れたセクションはウッドベースも追加で弾いてもらったんです。新たにスタジオを予約せずとも気軽に楽器の音を録音できるようになったことはすごく大きいです。
実際、アルバムに収録されている音の6割くらいは家で録音したものなので、今回、楽器を用いたポストプロダクションが比重を増したことには環境の変化が影響していますね。
─アレンジの幅が広がる一方で、ヒップホップのオーセンティックなビートから“Liberation”のようなラテンフレイバーのハウストラック、2ステップの“Come To Me”、レゲエにドラムンベースと、ビートアプローチも多彩になっていますよね。
STUTS:ふだん聴いている曲から影響を受けているので、その変化もありますし、ここ数年、ヒップホップ周りでもいろんなビートが取り入れられるようになっているので、そういうものも反映されているのかなと思います。
たとえば、現代版2ステップに意識が向いたのは、2017年のジョルジャ・スミスとPreditahの“On My Mind”だったんですけど、そのあと2ステップのビートにグライム的なラップが乗ってる曲を聴いたり、UKの音楽に触れる機会は『Eutopia』のころより明らかに増えましたし、もともとMoodymann(※)は好きだったんですけど、この3~4年、ダンスミュージックをもっと知りたいなと思うようになって。
STUTS:Chaos In The CBDであるとか、ケリー・チャンドラー、OMAR-S、DJ KOZE、PAL JOEYであるとか、人に勧められたりもしながら、いろんな作品を聴くようになったことも大きいと思いますね。
─PAL JOEYはヒップホップとハウスのクロスオーバーの先駆者ですし、ケリー・チャンドラーやOMAR-Sはヘビーなビートとボトムの太いグルーヴが特徴のプロデューサーだったりして、STUTSさんの好むダンスミュージックはヒップホップと共通のテイストがありそうですよね。
STUTS:そうですね。ビートの太い感じは自分の好みだったりするので、そこはすごくシンパシーを感じます(笑)。
─かたや、大局的に見た近年のヒップホップはドリル以降、トレンドに大きな変化がなく、UKのヒップホップだったり、リスナーの好みが多角化していますよね。
STUTS:どうしてなんでしょうかね。だいぶ前ですけど、Drakeが『More Life』(2017年)にUKのGiggsやジョルジャ・スミスをフィーチャーしていて、ぼくはそういうところからUKの音楽に興味を持ちはじめて、Drakeだと今年出たアルバム『Honestly, Nevermind』に入っているジャージークラブ(※)のトラック“Sticky”がいいなと思ったんです。
STUTS:でも、USのリスナーは案外保守的なのか、どちらかといえば、トラップ的なアプローチの曲をみんな聴きたがっているという感想を見かけたりして、「ああ、そうなんだ」って。
STUTS:自分はUSの流れを追えている自信もないんですけど、自分から見て、いまのUSヒップホップは「型」がある感じがして。かっこいいと思うし好きなんですけど、トラップにもある種の「型」があるというか、支配的なひとつのトレンドがゆえに同調圧力的なものを感じてしまうんです。
もちろん、音楽的に新たなことに挑戦しているからいいとも言い切れないですし、ずっと同じことをやり続けてかっこいい人たちもたくさんいますけど、自分がつくる音楽では同じことをずっとやっていたくはないなって。
─いまはYouTubeのチュートリアル動画を見れば、一応の体裁が整ったビートを簡単につくれる時代というか、「Type Beat」に象徴される、量産された無数のビートからチョイスして、フットワーク軽くラップするのがラッパーの遊び方というか、そこで一発当たればラッキーというのがヒップホップのゲームというかシステムになっている。そういう風潮に対して、「ゲーム? 音楽じゃないの?」という意見があるのも当然でしょうね。
STUTS:まさにそういうことが言いたかったです。
─ただ、似たようなシステムは昔からあって、1950年代から60年代にかけてのニューヨークには、たくさんの音楽関連会社が入居して、曲の依頼からソングライティング、プロデュース、録音まで完結できるブリル・ビルディングと呼ばれる建物があって、そこに常駐した若き日のバート・バカラックとかキャロル・キングのようなソングライターたちがヒット曲を量産していたんですよね。だから、大衆向けのポップミュージックは、かたちは変われど、いまも昔も似たようなものなのかもしれないと個人的には思ったりもします。
STUTS:複数のプロデューサー、ソングライター、アレンジャーさんたちとチームを組んだコライト(Co-Write)で曲をつくってみたいと思ったりもしますし、「ゲーム」もそれはそれで楽しいんでしょうけど、それだけをやっていたら、自分は「何のために音楽をやっているんだろう?」と思うでしょうし、そうやってつくるものは自分の音楽ではないかもなって。
─では、この作品で打ち出したかった作品性や作家性というのは?
STUTS:2020年に出した『Contrast』は、シンガーソングライター的な作品というか、自分ひとりで完結しているミニアルバムだったので、今回はラッパーさんをはじめ、いろんな人を招いて、プロデューサーとしての自分のアイデンティティーを打ち出したアルバムにしたかったんです。
─18名のゲストを適材適所でキャスティングした全18曲からなる作品全体が一本の映画のようだなと思ったんですが、その監督であるプロデューサーとして、どんなストーリーやテーマを考えられていたんですか?
STUTS:『Orbit』というタイトルが決まる前、コロナ禍の日々を過ごすなかで「結局自分は自分でしかいられない」というテーマが頭をよぎって。
同じところをぐるぐる回り、いろんな時期を経験して、またそれを繰り返していく、そんな感覚を覚えたというか。そのサイクルが「Orbit」、日本語でいうところの「軌道」みたいだなって思ったんです。
ただ、Awichさんを迎えた“タイミングでしょ”とC.O.S.A.くん、Yo-Seaさんをフィーチャーした“Pretenders”、それから“Voyage”でJJJが歌っている最初のバースはすでに録ってあったものなので作品のテーマは直接反映されていないんですけど。
STUTS:それ以外の曲で参加してもらったラッパーさん、シンガーさんには、「アルバムにはこういうテーマがふわっとあります」ということをお伝えして、リリックを書いていただきました。
─2曲目の“Lights”に参加しているLAのヒップホップデュオ、Blu & ExileのBluさんにはどうお伝えされたんですか?
STUTS:5曲目の“Liberation”でMaya Hatchさんがポエトリーリーディングしているんですけど、その詩には「光に照らされる時もあるし、闇に飲まれる時もある」(Sometimes we bask in the light / Other times we’re swallowed by the dark)という一節があって。
Bluさんにはその光に該当する部分を表現できたらいいなということをお伝えして、軌道を回っているなかで見える光をテーマにリリックを書いていただきました。
─光にあたる“Lights”に対して、闇にあたるのが5lackさんと台湾のシンガーソングライターJulia Wuさんをフィーチャーした“World's End”になるんでしょうか?
STUTS:闇といっても、そこまでネガティブではなく、もっとフラットに捉えた厭世的な気分というか、“World's End”は世界の果てがテーマになっています。
─Daichi Yamamoto、Campanella、ゆるふわギャングのRyugo Ishida、NENE、北里彰久、SANTAWORLDVIEW、仙人掌、鎮座DOPENESSという錚々たるラッパー、シンガーのマイクリレーが展開される“Expressions”は曲名そのままに「表現」がテーマになっていますよね。
STUTS:「自分は自分でしかいられない」ということを考えたとき、自分が最初にラップをやりはじめたり、ビートをつくりはじめたのは何の理由もなく、ただやりたいからやったというか、気づいたらやってた、みたいなことを思い出したんです。
それで、生まれつき何かを表現せずにはいられないんだろうなということを思って、みなさんに「表現」をテーマに書いてもらいました。それぞれ表現について考えていることは違うでしょうし、その違う考え方が表れたら楽しいだろうなって。
─ビートメイカーはそこに乗るラッパーのリリックに関与しないケースが大半だと思うんですけど、今回はゲストとテーマを共有しながら作品を制作したという意味で一歩踏み込んだコラボレーションになっているというか、これもまたプロデューサーの仕事だなと。
STUTS:そうですね。そういう気持ちで制作に臨みましたね。プロデューサーを名乗りつつ、トラックを提供するだけなのは違うというか、ゲストのみなさんと一緒に楽曲全体のことを考えてつくるのがプロデューサーなんじゃないかなって思います。
─では、“Expressions”で参加ラッパーに問うたように、「自分でしかいられない」STUTSさんにとって自分らしい表現とはどういうものだと思いますか?
STUTS:どういうものなんでしょうね。難しいな(笑)。インタビューの冒頭で言っていたように好奇心旺盛なところもそのひとつでしょうし、このアルバムはいまやりたいことを詰め込んだ作品だったりするので、作品自体が自分らしさそのものというか……。
─いまやりたいことを詰め込もうという貪欲さ、全18曲に総勢18名のゲストを迎えた、いい意味での過剰さや勢い余ってエモーションが溢れ出してしまっているところにSTUTSさんらしさがあるようにも思うんですけど、ご自身ではどう思われますか?
STUTS:ああ。それはあるかもしれないですね。つねにいい作品をつくりたいと思っているんですけど、3rdアルバムは大事じゃないですか。4年前より自分は間違いなくアップデートされていると思うので、『Eutopia』を超える作品にしたかったし、そういう意味で自分の貪欲さは表れているんじゃないかなって思います。
─先に述べたとおり、サウンドに関してもループからはみ出すような楽曲展開しかり、アルバムの流れも17曲目の“Orbit Outro”で作品を締め括るのかと思いきや、続く“Driftin'”で軌道を逸脱するような終わり方になっていますよね。
STUTS:最後の“Driftin'”はたしかにおっしゃっているようなことが集約された曲かもしれないですね。自分でもどうしてあの曲をつくったのかわからないというか、でも、それをつくった自分も紛れもない自分だしなって。
STUTS:そもそも、あの曲は『Contrast』の時期につくったものだったんですよ。つくってから誰にも聴かせずに1年半くらい寝かせていたんですけど、レーベルスタッフに聴いてもらったら、「アルバムに収録したほうがいいんじゃない?」って言ってくださって。
そのあと恐る恐る周りの方に聴いてもらったら、みんな「いいね」って言ってくれたので、“Orbit Outro”で作品を締め括ったあと、ボーナストラック的な位置づけで収録したんです。
─“Driftin'”はSTUTSさんの作品において、いままでにない8ビートのロック的なアプローチの曲ですが、ご自身としては図らずして異物を生み出してしまったと思われたわけですね。
STUTS:『Contrast』に収録されている“Vapor”や“Seasons Pass”のときは、ラップや歌を初めて披露するということで、ちゃんとやろうという意識が強くあったんですけど、“Driftin'”に関しては何かを意識することなく思うがままに楽しみながらつくったんです。
STUTS:結果的にいままでの作風と大きく違うものになったので、この曲が嫌いな人がいても「まぁ、そうだよな」って思ったりもするんですけど(笑)、つくったのは紛れもない自分だしなと思って収録しました。
そういう曲を収録することも作品テーマに沿っているし、自分を投影するために、今回は全曲ミックスも最初から最後まで自分で手がけたこともすべてをひっくるめて、現時点での自分を表現した作品になったんじゃないかと思います。
─しかし、『Orbit』に留まることなく、すでにMirage Collectiveのプロジェクトも絶賛展開中ですし、今後もSTUTSさんの軌道を飛び越えるような勢いは止まることはなさそうですね。
STUTS:そうですね。まだまだやってみたいことはたくさんありますし、いまのスタンスのまま、プロデューサーとしての活動を軸に、日本に限らずいろいろな場所でも聴いてもらえるようになっていったらいいなと思いますね。