2022年12月12日 10:11 弁護士ドットコム
職場でトラブルに遭遇しても、対処法がわからない人も多いでしょう。そこで、いざという時に備えて、ぜひ知って欲しい法律知識を笠置裕亮弁護士がお届けします。
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連載の第23回は「セクハラで労災、認定までの壁」です。厚労省は2022年10月21日、令和4年版の過労死等防止対策白書を公表しました。そこで、過去9年間に精神疾患で労災認定された事案について、女性は「セクハラを受けた」が主な要因となっていたことが分かりました。
ただ、セクハラによる労災申請を多数担当してきた笠置弁護士は「労基署による調査には、いくつかの重大な問題がある」と指摘します。
今回の白書では、ここ10年の労災補償状況に即して、分析が加えられています。
この記事では、セクハラを受けたことを理由とする労災認定の状況について分析をしてみたいと思います。
<脳心臓疾患>
「過労死等」には、脳心臓疾患の事案と精神障害の事案の2種類があります。
まず脳心臓疾患の事案ですが、令和2年度の男女合計での請求件数は784件で認定件数が194件、令和3年度の請求件数は753件で認定件数が172件でした。直近の女性の認定率はかなり低く、例えば令和2年度は請求件数が105件なのに対し認定件数は14件だけ、令和3年度は請求件数が124件なのに対し認定件数はたった9件にとどまりました。
脳心臓疾患に関しては、2021年9月に認定基準が改訂されました。新認定基準の中では、これまでの認定基準とは異なり、心理的負荷を伴う業務か否かという考慮要素の中で、セクハラを受けたことが考慮されることになりました。
新認定基準が適用されたのは令和3年の途中からであるため、新認定基準によって脳心臓疾患の労災認定にどの程度影響が及ぶのかは、来年以降の統計の発表を待って分析を行う必要があるでしょう。
<精神障害>
精神障害の事案に関しては、従前からセクハラを受けたことが労災認定を受けるにあたっての主要な考慮要素に挙げられていました。
精神障害の労災に関しては、請求件数・認定件数いずれも右肩上がりに伸びており、直近では認定率に有意な男女差は見られません。
他方、いかなる要素によって労災認定されているかについては、男女間に大きな違いがあります。この10年間のうち、発症要因を男女別に分析したところ、男性は「恒常的な長時間労働」(32%)、新規プロジェクトで仕事が増大するなど「仕事内容・量の変化」(25%)、「嫌がらせやいじめ、暴行」(17%)の順に多くなっており、「セクハラ」は0.3%に過ぎませんでした。
一方、女性は「セクハラ」(22%)と同僚の労災事故を目撃するなど「悲惨な事故や災害の体験や目撃」(22%)が多く、「嫌がらせやいじめ、暴行」(19%)、「仕事内容・量の変化」(17%)と続きました。
女性の労災認定要因においては、2012~2014年と2015年~2019年とを比べると、セクハラを理由とする労災認定はむしろ増加している(20.9%→22.4%)ことが判明しています。
1999年に女性労働者に対するセクハラ防止措置が義務化され、2007年には男女労働者へのセクハラ防止措置が義務化されてはいますが、そこから10年以上経過した今もなお、各職場においてセクハラ被害が十分防止されることはなく、重大な被害を受けて労災認定まで受けている労働者が多数存在するという実態が浮かび上がっています。
私はセクハラ被害を受け、精神障害を発病してしまったという方の事案を多数担当してきましたが、労基署による調査には、いくつかの重大な問題があると考えています。
まず、2011年に厚労省が設置した精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会から出されたセクシュアルハラスメント事案に係る分科会報告書では、セクハラ事案の調査における留意点として、以下のような点が挙げられています。
・「被害者は、勤務を継続したいとか、行為者からのセクシュアルハラスメントの被害をできるだけ軽くしたいとの心理などから、やむを得ず行為者に迎合するようなメール等を送ることや、行為者の誘いを受け入れることがある。このため、これらの事実から被害者の同意があったと安易に判断するべきではないこと」・「被害者は、被害を受けてからすぐに相談行動をとらないことが多いが、この事実から単純に心理的負荷が弱いと判断すべきではないこと」・「被害者は、医療機関でもセクシュアルハラスメントを受けたということをすぐに話せないことが多いが、初診時にセクシュアルハラスメントの事実を申し立てていないことのみをもって心理的負荷が弱いと判断すべきではないこと」
これらは、性被害者の心理に関する研究結果に即した留意点であり、労災の調査において必ず念頭に置かれるべきものです。
それにもかかわらず、被害の後に異議を述べていなかったり、迎合的な行動をとっていることを理由に、安易に同意があったと認定し、心理的負荷(ストレス)の程度を軽く評価されたという事例は数多く存在します。
また、レイプや強制わいせつといった悪質な性被害を受ける現場は、往々にして職場の外であったり、就業時間外の出来事であることが多いわけですが、それらを理由として、業務とは無関係の私的な出来事だと整理されてしまい、労災申請を門前払いされてしまうことも少なくありません。
他方、パワハラの場合は業務指導の延長であることが多いため、業務とは無関係だと整理されてしまったという事例はあまり耳にしません。この点が、パワハラとは異なるセクハラ事案の救済の大きな障壁になっていると考えています。
性加害とまでいえるような悪質な事案の場合には、加害者もあえて職場とは異なる場所で加害行為に及ぶことが多いわけですから、セクハラに関するこのような認定の仕方は、被害の性質を無視していると言わざるを得ないでしょう。
セクハラに関する被害申告を受けた労基署や企業におかれては、セクハラ被害者の心理や被害の性質を十分斟酌した上で、被害者及び加害者、あるいは関係者からの聞き取りや証拠の収集・分析を行い、被害救済や再発防止に努めていただきたいと考えています。
(笠置裕亮弁護士の連載コラム「知っておいて損はない!労働豆知識」では、笠置弁護士の元に寄せられる労働相談などから、働くすべての人に知っておいてもらいたい知識、いざというときに役立つ情報をお届けします。)
【取材協力弁護士】
笠置 裕亮(かさぎ・ゆうすけ)弁護士
開成高校、東京大学法学部、東京大学法科大学院卒。日本労働弁護団本部事務局次長、同常任幹事。民事・刑事・家事事件に加え、働く人の権利を守るための取り組みを行っている。共著に「こども労働法」(日本法令)、「新労働相談実践マニュアル」「働く人のための労働時間マニュアルVer.2」(日本労働弁護団)などの他、単著にて多数の論文を執筆。
事務所名:横浜法律事務所
事務所URL:https://yokohamalawoffice.com/