2022年12月08日 19:31 弁護士ドットコム
大阪府高槻市にある辻元清美・参院議員事務所や、同茨木市のコリア国際学園、大阪市淀川区の創価学会関連施設に侵入し、窓ガラスを割ったり、段ボールに火をつけたなどとして、住居侵入や建造物損壊などの罪に問われた30歳の男性被告人に対して、大阪地裁は12月8日、懲役3年・執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。(ライター・碓氷連太郎)
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「被告人を懲役3年に処する」
わずかに間があいたあと、「この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する」と梶川匡志裁判長が続けると、隣に座っていた女性の瞳が曇った。この女性の子どもは、コリア国際学園の生徒だ。
2022年3月から5月にわたり、政治家事務所と宗教関連施設、そしてコリア系インターナショナルスクールを事前に下見したうえで侵入し、窓ガラスを割るなどした理由について、男性は、いずれも「日本が危機にさらされると思った」と述べ、インターネットで得た根拠のない情報に基づいて行動したことを認めた。
検察側は公判で、差別意識に基づく犯行であることに触れて、「我が国においては思想、および信仰の自由は憲法により保障され、また国籍による不合理な差別も許されないのでありますから、被告人の犯行動機は反社会的なものにほかならず、これを正当化する余地はありません」と指摘し、男性の行為の反社会性を糾弾した。
しかし、この日の判決は、実刑ではなく、執行猶予が付いた。
梶川裁判長は、判決理由について「犯行は歪んだ正義感に基づく独善的なものであって、犯行に至る経緯、動機に酌量の余地はまったくない。そうすると、被告人の刑事責任は到底軽視することができない」とした。
一方で、男性が犯行を認めて、反省の言葉を述べていることや、父親が監督を約束していることなどを挙げた。そのうえで、執行猶予が経過しても記録が残ること、のちに刑を重ねた場合に今回のことが不利益になることから、次のような言葉をかけた。
「慎重な生活を送ってください」「自由な生活を送ってこられたとしたら、それは周りの人があなたの自由を認めているからです。ほかの人の自由を許容しないことは、あなたの自由も許容されない。やったことは身に返ってくる。そういうことに今後ならないよう、よく考えて生活してください」
しかし、その犯行が、差別意識に基づくものであるということについては、一切の言及がなかった。
「なんか、力が抜けちゃいましたね」
判決後、先ほどの女性がつぶやいた。彼女は、歪んだ正義感などという個人的なものではなく、差別という社会的行為によるものであることが認定されることを強く望んでいた。しかし、その願いは届かなかった。
「被告人の考え方はヘイトクライムであって、それ自体に問題があるのだと思えていないのではないか」
公判の傍聴を続けていた丹羽雅雄弁護士もそう肩を落とした。
「判決では、差別犯罪、ヘイトクライムであるということが看過され、執行猶予とした結論としており、不十分であったと思わざるを得ません」「この裁判の審理の中では、当学園に対する犯行が、在日コリアンに対する差別犯罪、ヘイトクライムであることは明らかとなっていました」
「そして検察官は、論告において、当学園への犯行動機と社会的影響に関し言及し、懲役3年の実刑を求刑しました。この検察官論告については、本件犯行が差別犯罪、ヘイトクライムと評価したものと受け止めています。しかし、本日の判決はこの論告の内容を反映しておらず、大変遺憾です」
判決が言い渡されたあと、コリア国際学園の金淳次理事長はこのようなコメントを発表した。さらに次のように続けた。
「おおむね予想されていたが、初犯ではあるものの政治、教育、宗教に対する一つのテロ行為であったと言わざるを得ない」「はたして彼は本名でそこまで言えたのか。無軌道に状況が悪化していったのではないか。彼が本当に真摯に反省し私たちに対する理解を深めて、真摯に暮らしていくことを願っている」
また学校側代理人の張界満弁護士は、学校のいじめを例に挙げて「いじめられている人を助けると、助けた人もときに標的になることがある。この判決がコリア国際学園や在日コリアンのヘイトクライムに限らず、日本社会を分断する流れになることが危惧される」判決の影響を憂慮した。
今回の事件は直接的な被害者がいないことや、重大な損害を与えておらず、被害自体は軽微だったとされる。こうした事実を踏まえつつも、被害者側の弁護団メンバー1人、冨増四季弁護士は次のような見解を述べた。
「コリア国際学園が受けた被害が検察の論告に取り込まれたことについては、1歩2歩進んだと思う。判決に反映されないと意味がないのではないかと思うかもしれないが、まったく差別という言葉がとりこまれなかったウトロや愛知県の民団施設放火事件と比較すると、少しずつ司法が前に進んでいる」
とはいえ、やはり、筆者としては、今回の判決には疑問が残る。慎重にヘイトクライムをおこなう人物が現れないとも限らないし、差別扇動をおこなったとしても、数年間、慎重にしていれば罪が償われるという「間違ったメッセージ」を発することにならないか。
金理事長は、教育機関の人間として、子どもたちの不安を払しょくするためにも、カリキュラムの「在日コリアン史」の中で今回の事件について取り上げ、ともに学んでいく姿勢を見せている。
しかし、本当に学ばなくてはいけないのは、被害者ではなく、ヘイトクライムを犯した加害者だろう。事件の証人として出廷した男性の父親が「家族が彼の心の内面を開いて、声を聞いて監督していこうと思う」と強調したが、個人の家庭でどこまでヘイトクライムについての学びを進めることができるのか。この点についても疑問が残る。
今回も前回の公判と同様、男性は半そでシャツに黒いズボン、青いサンダル履きだったものの、髪は丸坊主になっていた。反省を姿勢を示しているのかもしれない。だが、退廷するその目には何も映っていないように見受けられた。