東京・羽田空港から約4時間ほどで到着し、海外旅行先としても人気の台湾。阮光民(ルアン・グアンミン)「用九商店」、高妍(ガオ・イェン)「緑の歌」など台湾出身のマンガ家による作品が、日本国内のマンガ好きに注目され、福岡・北九州市漫画ミュージアムでは台湾でのマンガシーンの変遷を辿る展示会が企画されるなど、近年台湾産マンガへの視線が熱くなっている。そんな台湾のマンガシーンのトレンドを発信する“マンガのための”建物が、台北市内にある台湾漫画基地だ。コミックナタリー編集部は台湾漫画基地を運営するTAICCAの協力のもと、台湾現地での取材を実施。日本でもなかなか見かけない、一棟まるごと“マンガのための”ビルの全容を紹介する。
【大きな画像をもっと見る】取材・文 / 佐藤希
■ 台北駅近くの繁華街に立つ台湾漫画基地
台湾漫画基地があるのは、台湾の交通の要・台北駅からほど近く、服やアクセサリーの専門店や、若者が行列をなすドーナツショップなどが並ぶ華陰街。台湾では近年、文化部(台湾の行政院に所属する省庁のひとつ。日本の文部科学省のような役割を担っている)傘下の行政法人文化内容策進院(台湾クリエイティブコンテンツエージェンシー、略称TAICCA)が、台湾産マンガの普及とクリエイター支援を行っており、台湾漫画基地は「マンガの未来を育む」という目的で2019年1月にオープン。書店、展示スペース、創作支援と大きく分けて3つの役割を担っている。
■ カフェスペースを備えた書店で台湾マンガシーンの今を知る
1階は書店スペースである「基地書店」。台湾クリエイターによるマンガを中心に約2500点が販売されている。中には日本のマンガ家による書籍もあるが、基本的には台湾マンガを中心にセレクトされているという。店内には天井まで届く巨大な本棚が設けられ、入口近くの一番目を引く棚は、定期的にテーマを変える特集コーナーとなっている。筆者が訪問した日は台湾の歴史や文化をテーマとしたコミック誌・CCC創作集(現在はデジタルに移行)の特集が組まれ、過去20号発行されたCCC創作集と、連載作品の単行本がずらりと並んだ。台湾で最も権威のあるマンガ賞・金漫賞の受賞作品や、1人の作家にフィーチャーした特集を組むケースもあるという。
このフロアは書店機能だけでなく、カフェスペースも併設。香り高いコーヒーやお茶のほか、2階の展示スペースでの内容に合わせたオリジナルメニューを提供する、テーマカフェとしての一面も持つ。取材に同席してくれたTAICCA担当者によると、「マンガ家がこのカフェスペースでお茶をすることもあるので、有名なマンガ家に出会える日があるかもしれませんね」とのことだ。
■ マンガの描き方から契約書の結び方まで、マンガのいろはを解説する展示スペース
マンガがぎっしり詰まった1階から打って変わって、開放感のある雰囲気の2階は展示スペースとして活用されている。ここでは普段、原画展やテーマ展が行われており、この日は台湾のマンガが海外でどのような形で受け入れられているかを、海外の新聞記事や映像を用いて解説する展示が実施されていた。過去にはマンガ家を台湾漫画基地に集めて、正午から深夜0時までの12時間で新作マンガを制作する企画も行われたという。台湾のほか、香港のマンガ家もオンラインで参加し、アナログやデジタルなどさまざまな手法で新作を作り上げ、参加者同士が読み合い、面白かったものに投票するという内容で、一般の観客からの反響も大きかったそうだ。
展示以外にも、クリエイター向けのワークショップも精力的に行われている。ラインナップは、基本的なマンガの描き方に始まり、シナリオ作法、アクションやBLなどジャンルごとの変遷を学ぶ講座や、契約書締結の際にクリエイターが気を付けるべきことを学ぶ研修まで幅広い。筆者が訪れる数日前には、集まった参加者が印刷所へ行き、同人誌が刷り上がるまでを見学するワークショップも行われたという。過去には韓国で人気のWebtoonブランドの魅力を分析するものや、日本産アニメの歴史を学ぶ講座まであり、国内外に広くアンテナが張られていることがうかがえた。
■ 未来の有名作家がここから生まれるかも?完全無料のクリエイタールーム
筆者が最も興味深かったのが、3階の創作スペースだ。室内には、パーテーションで区切り、巨大なタブレット端末を設置したデスクが10台設置されている。前述したワークショップの内容によっては、この創作スペースを利用しながら、マンガの描き方を教える授業もあるそう。この日は平日ながら、10~20代と思しきクリエイターが5人ほどデスクを利用し、作業に没頭していた。この創作スペースは毎週火曜日から日曜日の10時から21時までオープン。今後の方針によっては使用料などの調整が入る可能性はあるものの、現状は台湾漫画基地の会員になったうえで事前に予約すれば、無料で使用できる。
営業時間中は無制限かつ無料でタブレット端末を使えるという、いささか大盤振る舞いにも感じるこの取り組みについて、TAICCA担当者は「とにかくクリエイターたちにこの創作スペースの存在を知ってもらいたいですね。ですから、現時点では特に制限を設けずに広くさまざまな方にご利用いただいています」とコメント。台湾のマンガ家の特色として、アシスタントを多数付けず、ほぼ1人でシナリオから作画の仕上げまで行う、という点がある。この創作スペースは、台湾マンガの未来を作るマンガ家のほか、彼らを支えるアシスタント候補生の育成という狙いもあるそうだ。この創作スペースで研鑽に励んだクリエイターの作品が、日本でも読める日も近いかもしれない。