Text by 岩見旦
Text by 山口誠
バスケ漫画の金字塔として知られる井上雄彦原作の『スラムダンク』。2022年12月3日に『THE FIRST SLAM DUNK』として新作映画が全国上映される。
バスケに熱中する少年少女を数多く生み出したことで知られる『スラムダンク』だが、その影響は日本国内に留まらない。特に隣国・中国では「知らない若者はいない」と言われるまでの知名度と人気を誇っている。海を超えた人気はなぜ生まれたのか。
『スラムダンク』は『週刊少年ジャンプ』で1990年から1996年まで連載されたバスケ漫画だ。天才的な素質を持つ不良少年・桜木花道が、個性的なチームメイトやライバルたちと切磋琢磨し、成長する姿を描く。シリーズ累計発行部数は国内だけで1億2,000万部を超える(※1)。そのスラムダンクは1990年代に「灌篮高手(直訳は『ダンクの名手』)」として中国へ輸出される。アニメ版がテレビ放送されると、現地の子どもたちの話題を独占するようになったという。
「小学校のクラスメイトは全員見ていましたね。学校が終わってからの楽しみでした」。幼少期を中国・北京市で過ごした30代の男性はこう振り返る。
「日本語はできないけれど、主題歌のサビである『君が好きだと叫びたい』のフレーズは歌えるという中国人もいました」と男性。クラスではスリーポイントシュートの名手として描かれる三井寿が人気だったという。
中国のネット掲示板を見ても、膝の怪我をきっかけにバスケを辞め不良に成り果てるなど、度重なる挫折を経験しながらも立ちあがろうとする三井に「感情移入できる」という声が多いようだ。
『スラムダンク』人気は、現代でも中国社会の至るところで垣間見ることができる。筆者は2010年代、大学生として中国で過ごしたが、キャンパスを歩けばあちこちにバスケットコートが見つかる。つねにごった返していて、人がいないところを見た記憶がない。なぜこんなに人気なのかを現地の学生に聞けば「1980年代や1990年代の生まれの中国人で、『スラムダンク』を見ていない人はいないんじゃないか」と影響の大きさを強調していた。
こんな話もある。桜がきれいに咲いている場所があるから花見に行こうと友人に誘われ足を運んでみると、道を挟んで両側に桜の花が満開で、そこで多くの人がアニメキャラクターに扮して写真撮影に興じていた。驚くことにその場所の通称は「桜木花道」。桜の木が植えられ、春には花が舞う道......ということでまさにぴったりのネーミングだ。
2008年に台湾で製作され、のちに中国大陸でも放送されたバスケドラマ『籃球火(ホット・ショット)』は、おっちょこちょいで無軌道だが隠れたバスケの素質を持つ主人公・元大鷹が、クールな天才肌のチームメイトの東方翔とぶつかりながら友情を育んでいていくストーリー。『スラムダンク』を意識していないと言い張る方が無理があるだろう。
コロナ禍ではこんな出来事もある。新型コロナウイルスの感染が広がり始めた2020年2月、南京市では不要不急の外出を控えるよう住民に呼びかけていた。しかしある若者たちが家を飛び出しバスケットコートに集合し、バスケの練習を始めた。これを発見したのが地元当局の操縦するドローンだ。ドローンが備え付けのマイクで若者に帰宅するよう説得したときに用いたフレーズが、「いまは実技じゃなくて理論の勉強をしよう。帰って『スラムダンク』を見よう」というもの。『スラムダンク』が中国のバスケファンの共通言語となっていることがよくわかるエピソードだ。
『スラムダンク』がここまでの人気を獲得した理由は何か。最大の要因は、テレビ放送されたことにあると言える。当時はインターネットが一般に普及しておらず、テレビや雑誌が圧倒的な影響力を持っていた。さらに、アニメなどの娯楽作品は日本をはじめとする海外からの輸入が中心だった。国産のアニメが未発達だったからだ。
放送された時点で、中国人にとってバスケがすでに身近なスポーツだったことも大きい。NBAの大スター、マイケル・ジョーダンに憧れる子どもも多かった。つまり、娯楽が多くない状況で、バスケを題材にした、しかも連載開始から30年以上経っても衰えない人気を持つほどの作品が出現したのだ。「ほかに見るものがない状態で、いきなり『スラムダンク』が入ってきた」と冒頭の男性が語るように、当時の中国の子どもたちに与えたインパクトは計り知れないだろう。
中国でテレビ放送された日本産のコンテンツとしては、他にも『一休さん』『ウルトラマン』などがある。それぞれ世代ごとに高い知名度を誇るが、バスケブームという波に乗った『スラムダンク』は別格と言えるかもしれない。
中国では『スラムダンク』の放映に続き、2000年代に姚明(ヤオ・ミン)がNBAのヒューストン・ロケッツで活躍を見せ、バスケ人気を確固たるものにしていくことになる。
もちろん、時代的な背景のみならず、作品そのもののパワーもある。中国の動画プラットフォームの幹部は以前筆者に、中国には「四大熱血競技漫画」があると教えてくれた。『キャプテン翼』『ヒカルの碁』『タッチ』、そして『スラムダンク』の4作品(人によって入れ替わることもあるようだ)で、これらの作品に共通する「自分を成長させようとする姿勢」「ライバルや仲間との青春」などの要素が中国では重要なのだという。色恋目的でバスケを始めた桜木花道がチームメイトの流川楓や赤木剛憲とぶつかり合い変わっていき、仙道彰ら強敵たちと熱戦を繰り広げる様はまさに当てはまるだろう。
こうして中国でも社会的な人気を得た『スラムダンク』は、ビジネス面でも注目を集めている。アニメ版のオープニングには江ノ島電鉄・鎌倉高校前駅の踏切が数秒間登場するが、中華圏のファンに「聖地」として認定され、コロナ禍の前には観光客で賑わった。
『スラムダンク』ファンの中国人が殺到した江ノ島電鉄・鎌倉高校前駅の踏切
また、東映アニメーションとDeNAが上海市の企業とタッグを組み、2019年12月に『スラムダンク』のモバイルゲームをローンチ。およそ1年間で700万ダウンロードを突破し(※2)、2020年8月に発表されたDeNAの2021年3月期第一四半期決算では「中国発ゲームタイトルの創出とグローバルパブリッシングの成功例」と紹介されるなど、堅調に伸びているとみられる(※3)。
中国といえば海賊版の印象が強いかもしれないが、現在では正式にライセンスを得て展開するIP(知的財産)ビジネスが盛んだ。最近では『進撃の巨人』『鬼滅の刃』などが人気だが、『スラムダンク』も依然として強力なIPであることを示したかたちだ。
こうした背景もあり、12月の『THE FIRST SLAM DUNK』にも注目が集まっている。中国大陸で上映されるかどうかは定かではないが、大手映画レビューサイト「豆瓣(ドウバン)」には1,500以上のコメントが寄せられている。「私の青春。観たいと思うことに理由なんていらない」という声のほか、アニメ版ではインターハイでの戦いが描かれなかったことから「30年越しに山王戦が見られるのか」という投稿もある。中国のファンたちも公開を待ちきれない様子だ。