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新潟市水道局「いじめ自死」、公務災害が認定されたのに職場は否定のまま 遺族の裁判の行方

2022年11月23日 10:11  弁護士ドットコム

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2007年5月、新潟市水道局に勤めていた男性(当時38)が自ら命を絶った。遺書によると上司からのいじめ・パワハラが疑われ、自死から4年後、「公務災害(公務=仕事が理由の災害)」と認められた。


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しかし、水道局はその後、内部調査をおこなって「いじめはなかった」と主張。遺族への賠償を拒んだ。怒った遺族は水道局を相手取った裁判を起こしている。男性が亡くなってから15年が過ぎた11月24日、新潟地裁で判決が言い渡される。(牧内昇平)



●「いじめが続く以上生きていけない」

亡くなった男性は1990年に新潟市水道局に採用された。維持管理課や浄水課に配属され、妻と2人の子どもと共に暮らしていた。「幼い子どもたちと遊んでいると自然と笑顔がこぼれる、子煩悩でやさしい人でした。仕事の悩みはなく、幸せいっぱいの夢のような生活でした」と妻は言う。



そんな男性が職場の人間関係の悩みを妻に打ち明けるようになったのは、給配水係の主査として働いていた2006年夏頃のことだ。



「ある日突然係長の態度ががらりと変わった。一体俺が何をしたというんだ」



「係長に完全に干された」



2007年5月、男性は自宅のパソコンにメモを残し、命を絶った。



〈どんなにがんばろうと思っていてもいじめが続く以上生きていけない。人を育てる気持ちがあるわけでもないし、自分が面白くないと部下に当たるような気がする。いままで我慢してたのは家族がいたからであるが、でも限界です〉





●「係長の言動はひどいいじめ」公務災害認定

男性の妻は「公務災害」を申請した。係長(当時)によるいじめ・パワハラがあったことを公的に証明するためだ。



公務災害は全国各地にある地方公務員災害補償基金が認定する。同基金の新潟市支部(支部長=篠田昭新潟市長・当時)は、一度は申請を退けた。しかし妻の請求で再び検討した審査会は2011年11月、「公務災害である」との判断を下した。



判断がくつがえったのは、同僚たちからの証言があったからだ。遺族は弁護士に依頼して同僚たちから聞き取りをおこない、その内容を「陳述書」として審査会に提出していた。



〈2007年1月以降は、係長が在席していると男性の挙動がおかしく、仕事の話でさえ、係長がいる前では落ち着いて会話ができない様子でした〉



〈男性が有給休暇をとってから明白に係長の態度が変わりました。男性を無視し、馬鹿にする発言をくり返すようになったのです〉



〈男性が作成した議事録について、些細なミスにすぎないにもかかわらず、明らかに馬鹿にしたような口調で、何度も突き返して一言一句修正をさせた〉



審査会はこれらの陳述書を重視し、「係長の言動は著しく理不尽な『ひどいいじめ』であった」と指摘した。



●内部調査のみで反論する水道局

公務災害と認められた後、遺族は水道局と損害賠償についての話し合いをおこなった。公的機関である地方公務員災害補償基金が「ひどいいじめ」と指摘した以上、水道局側が遺族に賠償をおこなう方向で話し合いは決着すると思われた。ところが、事態は思わぬ方向に進む。



いじめ・パワハラはなかった――。



公務災害認定の翌年の2012年9月、水道局はこの事件の内部調査を実施。経営企画室長など幹部を含む複数の職員が、亡くなった男性の上司や同僚に聞き取りをおこなった。その内部調査に基づいて、「係長によるいじめ・パワハラはなかった」と断定。遺族に対する損害賠償を一方的に拒んだ。



水道局がいじめ・パワハラを否定する根拠は、公務災害認定時に最も具体的な証言を残した同僚Z氏が、内部調査の段階で証言を変遷させた点だ。水道局によると、たとえば、前述の議事録作成について、Z氏の証言は以下のように変遷した。



公務災害認定時の陳述書:〈些細なミスにすぎないにもかかわらず、明らかに馬鹿にしたような口調で、何度も突き返して一言一句修正をさせた〉



水道局内部調査:〈大きな声で叱責とかはなかったし、具体的な内容までは聞こえませんでした〉



Z氏の証言の変遷について、遺族側の弁護士はこう指摘している。



「幹部職員からの聞き取りは相当なプレッシャーがあったとうかがわれる。亡くなった男性と係長とのやり取りを直接見聞きしたか否かのみを聞いており、いじめがなかったと見せるために恣意的な方法でおこなわれた調査だと言わざるを得ない」





●判決の行方は?

憤った男性の遺族は2015年9月、新潟市(実質的には水道局)に対して、約8000万円の損害賠償を求める裁判を起こした。



遺族側の主張は、▽係長によるいじめがあった、▽男性は初めての業務を命じられ、困難な業務なのに十分な引き継ぎや指導がなく、精神的に追い詰められていった、の2点だ。水道局はいずれも否定している。



「係長」は法廷でも、男性の自死への責任を否定した。



遺族側弁護士「(男性の遺書を示し、)彼はこういう風に書き、実際命を絶っています。あなたは今でもそういった認識がないと」係長「いじめたという意識はありません」弁護士「あなたは、男性や原告である男性の奥さんに謝罪する気はないですか?」係長「至らないところがあったとは思っていないので、謝罪する気はありません」



裁判では、いじめ・パワハラの目撃証言をおこなった同僚Z氏の証人尋問も予定されていた。しかしZ氏は当日出廷せず、実現しなかった。遺族側の弁護士は「出頭できなかったのは、現在も職員として勤務している水道局と敵対関係になることはできないと考えたためだ」と指摘している。



一方で、Z氏の相談に乗っていた当時の労働組合役員が法廷に立ち、内部調査の様子を裁判官に語った。



「『係長はこんなことは言ってないだろう』とか、『こんな言い方はしないよね』という形で、パワハラはなかった、あるいは覚えていないという方向に言わせるような、誘導的で、高圧的な調査だったと(Z氏は)私に語ってくれています」



係長によるいじめ・パワハラはあったのか。新潟市水道局は遺族に賠償金を支払う義務があるのか。新潟地裁の判決は11月24日に言い渡される。



男性の妻は7月19日の口頭弁論で、意見陳述を行った。



「水道局はいまだに組織を守ることに必死で、パワハラを認めません。私は事実をもみ消そうとする水道局の姿勢を許すことができません。水道局には、夫の命を奪った責任を認めてほしいです」