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職場の「お茶汲み」が残る地方都市、シングルマザーが直面する壁とは

2022年11月23日 09:51  弁護士ドットコム

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製造業が盛んな愛知県(名古屋圏)は、経済が安定しており、不況に強いと言われる。また、結婚後も親元から離れない人が多い。そのため、シングルマザーにも実家の援助があるなど、恵まれた境遇にあるといわれる。


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しかし、「そうとも言い切れません」と話すのは、社会福祉法人愛知県母子寡婦福祉連合会常務理事 兼 事務局長 兼 愛知母子・父子福祉センター長の山本廣枝(ひろえ)さん。



「この地域には、根強い男女格差があり、それがシングルマザーの前に立ちふさがっています」



社会福祉法人愛知県母子寡婦福祉連合会は、1950年に戦争未亡人の会として設立。「ひとり親家庭及び寡婦」に寄り添い、支援する団体だ。山本さん自身も、専業主婦だった30代後半で夫を癌で亡くした、元シングルマザー。夫の死後19年ぶりに正社員となり、現職22年目。様々な母子家庭と向き合い、支援して来た山本さんに地方のシングルマザーを取り巻く厳しい環境について聞いた。(ライター・陽菜ひよ子)



●根強い男女格差

シングルマザーにとって就労は大きな問題だが、地方都市ならではの課題もある。



愛知県の場合、家計を支える大黒柱の男性の地位が高く、女性は家を守るもの、との考えがまだまだ強い地域だ。そのため、就業条件も男女の格差が大きい。女性の仕事は、お茶くみやコピーのみといった風潮が未だ残る。



名古屋市出身・在住の筆者自身、20代後半から40代前半にかけて、関西に2年、関東に10年以上住み、企業で働いた経験がある。現在はフリーランスだが、数年前までは、名古屋市内の企業数社に勤務していた。その中の一社では、業務内容はWeb系の仕事と聞いていたが、女性が筆者一人だったため、実際にはお茶くみや掃除などの雑用一切を行った。



「県内のある企業に中途採用された女性が、次々と辞めてしまったことがありました。よくよく聞いてみると、女性の仕事はお茶くみとコピー取りと雑用のみ。それだけでなく、男性の飲む湯呑みの種類やお茶の好み(苦さ、温度)、コピーの取り方など、一人一人に合わせたやり方を覚えないと叱られるそうで、耐えられなくなってしまうんです」



およそ、令和とは思えない話だが、県内には、このように女性に補助的な仕事しか与えない職場が根強く残っている。当然、女性の管理職も少ない。



山本さんの言葉を裏付けるのが、上智大の三浦まり教授らが発表したジェンダーギャップ指数。愛知県のジェンダーギャップ指数は、政治23位・行政30位・教育24位・経済37位。名古屋市という大都市を抱えながらも、軒並みジェンダーギャップが大きい結果となっている。



ジェンダーギャップが大きい社会では、女性の声が制度への意思決定に反映されにくくなる。また、男性と比べ教育や仕事の選択が制限されるという。愛知県では女性の大学進学率も23位と低い。給与や仕事内容にも男女格差が生まれるのは必然といえるだろう。



●追い打ちをかけるコロナ禍

中小零細企業では、妊娠・出産時に退職せざるをえない女性は多い。小人数の職場では、産休の間にほかの職員だけで、ひとり分の業務をカバーすることが難しい。出産後も仕事を続けられるのは、大企業勤務の人や公務員がほとんどだという。



こうした環境で、シングルマザーが正社員として働き続けることは厳しいのだろう。愛知県母子寡婦福祉連合会からの食料支援『スマイルBOX』を受けている547世帯へのアンケート(2022年9月実施)によると、母子世帯の就業率は9割近くと高いことがわかる。しかし、そのうち正社員は35%に過ぎず、残り65%はパートや派遣社員などの非正規となっている。



出産で退職しブランクがあっても、高卒以上の学歴でパソコンが使えれば、40代や50代でも再就職は可能だ。しかし、支援を求めているシングルマザーの中には、高校を出ていない人や、パソコンを使えない人が少なくない。そのため、たとえ非正規でも事務系の仕事に就くことはハードルが高く、調理、清掃、製造、介護などで働く人が多いのだという。



また、事務系の職に就けても、契約社員や派遣社員がほとんど。正社員になれる人は、看護師や介護職などの有資格者や、スキルや経験がある人に限られたケースだという。



「シングルマザーの中には、障害児を抱えている人もいます。また、離婚後、子どもが不登校になることも多いんです。そのような女性は、働きに出られなくなったり、遅刻や欠勤が多くなったりします。勤め先の業績が悪くなると、真っ先に首を切られてしまうんです」



離婚した女性に対する偏見も根強い。「自分の勝手で離婚した」「女性の我慢が足りない」などと言われがちだ。



そこへ追い打ちをかけたのがコロナ禍とそれに続く物価高。同アンケートによると、6割以上の世帯が「仕事や収入が減った」、8割の世帯が「支出が増えた」、9割以上の世帯が「生活が苦しくなった」と答えている。



アンケートのコメント欄には「自分の食事回数や量を減らした」「肉は買わない」「髪はセルフカットで化粧品は買わない」「お風呂は2~3日に一度シャワーのみ」などといった悲痛な言葉が並ぶ。



●お金はあるけど払わない、払わないけど会いたがる

愛知県母子寡婦福祉連合会では、養育費の相談や書類作成の手伝いなどの支援も行っている。



「養育費を受け取れれば、お母さんの負担はかなり減ります。でも、厚生労働省の調査(平成28年度全国母子世帯等調査)によると、養育費がきちんと支払われているのは、たった2割(24.3%)なんです。一度ももらったことがないという人は6割もいます。もらっていても月5,000円という世帯もあるんです」



養育費を払いたくてもお金がなくて払えないという父親も、もちろんいる。しかし、お金がないわけではない人も多い。中小企業の社長が、養育費の支払い義務から逃れるために、自分の報酬を会長である自身の父親に振り替えることもあったという。



また、支払いから逃れるために転職するケースも少なくないそうだ。養育費の強制執行は銀行口座や勤務先に行う。相手が転職してしまうと、職場を特定するところから、また一からやり直さなくてはならない。



「子どもに無関心で、養育費も払わない父親は意外と多いです。また、養育費は払わないのに、子どもに会いたがる父親も少なくないんです。長くこの仕事をしていますが、未だに驚くことばかりです」と山本さん。



養育費不払いの原因のひとつは、日本の離婚制度にあるという。日本では協議のみで離婚する夫婦が多く、養育費や面会交流について調停などの裁判手続や公正証書などの公的な取り決めがないことは珍しくない。



外国では、離婚時に厳密に公的な手続きが行われるほか、養育費を支払わないとペナルティが課せられる国も多い。運転免許証やパスポートが停止されたり、国によっては禁錮刑になったりする。ところが、日本では養育費を支払わなくても何の罰則もない。



●貧困の連鎖

2019年の厚生労働省の調査(国民生活基礎調査)によると、日本の子どもは7人に1人が貧困状態にあるという。OECD(経済協力開発機構)加盟国38か国の中で10番目に貧困率が高い。では、ひとり親家庭の子どもは?といえば、なんと約2人に1人(48.1%)が貧困。これはOECD加盟国の中でも最悪のレベルとなっている。



山本さんたちが危惧するのは、貧困の連鎖だ。貧困家庭の子どもは、教育をはじめ、さまざまな体験機会に恵まれにくい。そのため、豊かな人生観や職業観が育まれなくなってしまうという。



「非正規で働くシングルマザーの子どもは、フリーターとなって母親と同じように非正規で働くケースが少なくありません。お母さん自身が正社員として就業した経験がないと、正規と非正規で働くことの社会保障制度の違いなどに疎いままです。子どもに適切な助言を与えることもできません」



「子どもの貧困」は、各家庭だけの問題ではない。こうした子どもは成人後も低所得な仕事しか得られない。その結果、税金を納められないうえ、いずれは生活保護の対象となるケースも多い。日本財団の試算(2015年)では、こうした「子どもの貧困」を放置することで、42兆9000億円の社会的損失になるという。



そこで、愛知県母子寡婦福祉連合会では、病院やテレビ局、幼稚園、食品会社などの協力により、看護師や保育士、アナウンサーやカメラマンやパン職人といった職業体験を実施。子どもたちに職業観を身につけさせることに尽力している。



ほかにも、母子家庭で多い高校の中退者を失くすための学習継続支援を行い、様々なイベントを開催して体験の機会を提供している。



また、母親もより良い条件での就業が可能となるよう、様々な取り組みを実施。就業相談、キャリアカウンセリング、無料就業支援講習会やセミナーを開催したり、無料職業紹介を行ったりしている。



できるだけ高い所得を得て、担税力(税金を納めることができる能力)を身につけることは、この先高齢化で税収が減ると予想される国や社会的にも必須とされているのだ。



●まずは知ってもらうこと

愛知県母子寡婦福祉連合会の支援対象は県内全域。県内に住むひとり親世帯すべてに門戸が開かれている。しかし、シングルマザーは仕事や家事・育児に忙しく、精神的にも肉体的にもゆとりが持てない状況にある。



また、スマートフォンでは支援や求人などの情報にうまくたどり着けない実態もある。そのため、検索方法をレクチャーしたり、スマートフォンから簡単にアクセスできるLINEで様々な情報を発信したりしている。



「安定した仕事に就いてお母さんが明るくなると、子どもも明るくなります。そのために私たちは、できるだけ支援につなげたいと考えていますが、ひとりひとり必要としている支援は違います。その人にとって最適な支援に行き着くまで、できる限り丁寧に寄り添い、対応しています」



シングルマザーを取り巻く状況は、急には変わらないが、少しずつ改善もされているという。すべては子どもたちの笑顔のため。「子どもたちを社会で育てる」という理念を掲げ、過去も現在も、そして未来も変わらず、山本さんたちの活動は続いていく。



【ライタープロフィール】陽菜ひよ子:フリーランスのライター&イラストレーター。2020年発売の自著『ナゴヤ愛 地元民も知らないスゴイ魅力』(秀和システム)や新聞社媒体などで執筆。地域活動や地域問題、地元の魅力などを中心に、取材・発信している。