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心折れたラノベ作家が「もう書けません」宣言→逃亡 編集者が使った「裏技」

2022年11月23日 06:10  キャリコネニュース

キャリコネニュース

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意外かもしれないが、小中高生はけっこうな読書家である。それを引っ張る存在が「ライトノベル」だ。『読売新聞』2022年10月28日付朝刊に掲載された「小中高生が読んだ本ランキング」によれば高校男子の読んだ本ランキングの多くをライトノベルが占めている。

そうなると「ライトノベル作家になりたい人」も大量に出てくる。彼らは日々、切磋琢磨しながら「デビュー」を目指している……のだが、作品が書籍化され「プロ作家」の一員になれたとしても、続けて2冊目、3冊目と「売れる作品」を書き続けるのは相当に難しい。

今回、ある出版社に勤務する編集者のAさん(30代男性)が語ってくれたのは、せっかくデビューしたのに「2冊めが最後まで書けなかった」作家のエピソード。ところが、その2冊目もちゃんと発売されたそうで……。いったい何が起きていたのか、編集の裏側を聞いてみた。(取材・文:広中務)

投稿作品で感じた「可能性」

ライトノベル業界でよくあるのが、「小説投稿サイト」で人気が出た作品が、プロ編集者の目に止まって書籍化というパターンだ。今回のケースもそうだった。

Aさんは語る。

「本当に人気のある作品はKADOKAWAとか大手が持っていってしまうので、私の勤務しているような弱小出版社では、まだ注目されていない作品をいち早く探さなくてはいけないので、毎日必死に投稿サイトをチェックしています」

ラノベ編集者はそうやって多くの作品を読む中で、「これは」というものを探っていく。Aさんも実際手がけた作品がヒットし、アニメ化にも至ったことがあるという。

そんな彼を唸らせたのが、5年ほど前に投稿サイトで見つけた、今回の作品だった。

「文章も熟れているし、並々ならぬ実力の持ち主だと思って声をかけたんです。作家とも早速、会って話をしたんですが、とてもやる気があってすぐに商業出版の話がまとまりました」

そして、間もなく刊行された1冊目は大ヒットとはいかなかったものの「そこそこの売れ行き」。このままシリーズ化すれば、どこかのタイミングで人気が出るかもしれない、と期待できるレベルには至っていたという。

Aさんは語る。

「本人も非常に喜んでいましたし、ますますやる気を見せていたので、これはモノになるなと確信していたんですが……」

待てど暮せど送られてこない「原稿」

さて、いったんシリーズということになると、続きを読者に忘れられる前に届けなくてはならない。出版サイドとしては、サクサクと2冊めの刊行を決めて、発売日などの段取りも決めて……と順調に話が進んでいったのだが、待てど暮らせどやってこないのが「原稿」だった。

電話やメールで連絡を取ると、作家はそのたびに「もう少し待って下さい」という回答。一度は発売日を延期して原稿を待ったが、それでもこない。そして、最初の締切から三ヶ月を過ぎたころ、ようやくメールで原稿が送られてきた。

「ところが、原稿をみると3分の2くらいのところで止まっていました。そしてメール本文には『これ以上書けません』と一言だけ」

完全な「お手上げ」である。実際そのメール以降、当の作家本人とはまったく連絡が取れなくなった。電話に出ないし、メールにも返事がない。

これが普通の商売だったら、連絡が取れないなら「はい、契約終了」という感じになる。しかし、そこは「作家」と「編集者」のおもしろいところで、Aさんは本人の自宅を訪ねてみることにしたという。

作家の「実家」へ行ってみると……

「作家は実家住まいだったんですが、本人は不在。それに家族にはライトノベルを書いていることは一切話していなかったようで、自分が何者かを説明するのに一苦労でした。そうこうしているうちに本人が帰ってきたので話をしたんですけど『もう、どうやっても書けません』と話すばかりでした」

この時点で、あと20日程度で原稿が揃わなければ発売日に本が出ないタイミングだった。このままだと、作品はおそらくお蔵入りになってしまう。編集者としての責任感から、なんとしてでも作品を読者に届けたいと決意したAさんは、ここで奥の手を使うことにした。

「旧知のライターに連絡して、20万円払うからすぐに残りの原稿を埋めてくれるよう依頼したんです」

まったく読んだことない小説、かつ埋めなければならないのはクライマックスの部分。依頼を受けたライターも戸惑ってはいたが、そこはプロの技で辻褄の合うように文字を埋めてくれたという。

「自分が口頭であらすじを説明しながら作業してもらったんですが、皮肉なことに読者の評価が高かったのは、その追記してもらった部分でした」

まさか、そんな舞台裏があったとは、読者の誰もが想像できないことだろう。さて、こんなことになってしまうと、作家は「出入り禁止」みたいなるのだろうか? Aさんにそう尋ねてみると……。

「いえ、作家が書けなくなることは、ままあるもの。ケアがうまくできなかったこちらのミスでもありますから。それをなんとかするのも編集者の仕事です」

プロ編集者の心構えとは、こういうものなのか……。

ちなみにAさんは今でも、この作家さんが、いつか新たな作品を書いてくれるのではないかと心待ちにしているという。