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なぜ被害者は命を奪われたのか? 被疑者死亡で全容解明は困難に…資産家女性殺害事件 過去にも痛恨の幕引き

2022年11月22日 10:01  弁護士ドットコム

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今年9月1日、ある容疑者の自殺報道が日本中を騒がせた。同日早朝、勾留先である大阪府警福島署の留置場にて、心肺停止状態で発見された高井凛容疑者(28=当時)。2021年7月に大阪府高槻市で会社員の高井直子さん(当時54歳)が、自宅の浴槽で溺死した事件に関わりがあるとされ、殺人容疑などで再逮捕されたばかりだった。


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容疑者(被疑者)、被告人が亡くなることで事件の全容解明は困難になってしまうが、残念なことに過去にも繰り返されてきた。高槻資産家女性殺人事件、歌舞伎町の9歳男児転落死事件などを振り返る。(ライター・高橋ユキ)



●〈高槻資産家女性殺人事件〉事件関与を認める発言も

亡くなった高井さんには生前、総額1億5000万円の生命保険がかけられており、この受取人は、高井さんと養子縁組していた凛容疑者となっていた。また浴槽で発見された高井さんの遺体を司法解剖した結果、両手首に結束バンドの跡があり、自殺や事故ではなく他殺の疑いが強いことも分かっていた。



疑惑の養子として報じられてきた凛容疑者は今年7月、高井さんとの養子縁組の際に虚偽の届け出をした疑いにより有印私文書偽造・同行使容疑で逮捕されていた。さらに防犯カメラ映像などの証拠により、高井さんの死亡にも凛容疑者が関わったとして大阪府警は8月25日に殺人容疑で凛容疑者を再逮捕した。



勾留先の福島署で凛容疑者が自殺を図ったのは、その1週間後のことだった。凛容疑者はひものようなもので首を吊っている状態で早朝に発見され、緊急搬送されたが、すでに心肺停止の状態にあり、病院で治療が続いていたが、同日夜に死亡が発表された。



のちに、凛容疑者が勾留中に、着ていたTシャツの裾をちぎって集めていたことや、これを用いて自殺を図ったこと、さらに自殺3日目には「先に逝く」などと書かれた家族宛の手紙が発見されていたことなども明らかにされている。福島署はこの手紙の存在を把握したのちに巡回の回数を増やしたというが、府警本部には報告しておらず、監視レベルを最高度の「特別要注意被留置者」に指定するといった措置をとっていなかった。   生前の凛容疑者は黙秘を続けていたというが、自殺直前には事件への関与を認める発言をしていたことも明らかになっている。



●〈歌舞伎町で9歳男児転落死事件〉母が留置施設で自殺

凛容疑者だけでなく、この約1ヶ月前には東京の警察署の留置施設でも自殺が発生している。警視庁は7月29日、東京湾岸署の留置施設内にて、勾留中だった女(47=同)が死亡したことを発表した。女の口にはちり紙が詰まっており、自殺を図り窒息死したとみられている。同日朝に留置担当が起床時間の声かけをしたが反応がなく、確認したところ呼吸をしていなかったため病院に搬送されたが約1時間後に死亡した。



女は昨年12月に歌舞伎町のホテル非常階段踊り場から、長男(9=同)を転落死させたとして、殺人と傷害罪で起訴されていたという。事件当時、女は長男のほか長女を連れてホテルに宿泊しており、逮捕の際には「3人で順番に飛び降りるつもりだった」と供述していた。



●〈尼崎連続変死事件〉主犯の64歳女性も

過去にも警察署の留置施設で事件の主犯が自殺を図ったことがある。



複数の家族が長期間にわたり虐待を受け死亡し、その遺体を遺棄されていたという、いわゆる尼崎連続変死事件において、主犯の角田美代子(元被告人・64=同)が逮捕されたのは2011年11月だったが、彼女は翌12年12月に、兵庫県警本部の留置施設にて死亡しているのが発見された。首には長袖Tシャツの両袖の部分が1回巻いて結んだ状態にあり、司法解剖の結果、自絞死だということが認定されている。



主犯が不在となったまま、のちに他の共犯らに対する裁判員裁判が開かれ、すでに判決も確定した。自殺2ヶ月前には「死にたい。どうしたら死ねるのか」と、留置管理課員に複数回訴えていたともいう。それどころか、のちに公表された検証報告書によれば、角田元被告人が自殺を示唆するような発言は22回もあった。そのうち半数の11回は、責任者である留置管理課長に報告されず、情報の共有がなされていなかった。



一連の事件で亡くなった被害者は6名。角田元被告人が関係していた事件で起訴されていれば、死刑判決が出る可能性は高かっただろう。角田元被告人については自殺当時、すでに起訴されており被告人という立場であったが、再逮捕や長期化する取り調べのためか、逮捕から1年経っても、その身柄は拘置所ではなく警察署にあった。



●裁判を前に拘置所内で自殺

裁判を前にした被告人が拘置所で自殺した例もある。2008年9月、大阪拘置所に勾留されていた男がシャツとタオルを用いて自殺を図り、死亡した。



男は逮捕前年に大阪・茨木市で、自分が着用した女性ものの下着を近隣の敷地内に投げ入れたなどとして廃棄物処理法違反容疑で逮捕。その後、1994年に発生したまま未解決状態にあった、大阪市北区のホテルでの強盗殺人事件についても逮捕起訴され、身柄はこれまでのように警察署の留置場ではなく拘置所にあった。



拘置所では自殺を図る8分前に巡回を行なっていたといい、その直後に自殺を図ったとみられている。当時、強盗殺人についてはまだ15年の時効があり、男の強盗殺人容疑での逮捕は、時効成立までわずか1年というタイミングだった。勤め先での億単位の横領も疑われていたが、これらも全て、明るみになることなく、この世を去った。



●そして事件の全容解明は困難に

世間の耳目を集めた大きな事件の被疑者被告人による死亡事案は、のちに検証がなされることがあるが、それ以外については、巡回の回数や自殺に用いた道具など、細かなことは公表されない場合もある。また警察庁が全国の留置施設での事故について統計を公表しているわけでもない。法務省においても同様だ。どのような管理のもとに被収容者が自殺を図ったか、事案の全てについて我々は詳細を知ることができない。



重大事件に関与したとして逮捕や起訴された被疑者被告人が自殺を図れば、証言を得られる機会も失い、事件の全容解明が困難となる。なぜ被害者らが命を奪われたのか、分からないまま、報道は下火となり、事件は忘れられてゆく。



【プロフィール】高橋ユキ(ライター):1974年生まれ。プログラマーを経て、ライターに。中でも裁判傍聴が専門。2005年から傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に「つけびの村 噂が5人を殺したのか?」(晶文社)、「逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白」(小学館新書)など。好きな食べ物は氷