アニメと自治体のコラボが、また物議を醸した。今回話題になったのは、北海道富良野市とテレビアニメ『邪神ちゃんドロップキックX DROPKICK ON MY DEVIL!!! X』(以下『邪神ちゃんX』)のコラボ。ふるさと納税で費用を募って制作された第9話(8月放映)について、地元・富良野市議会の決算審査特別委員会が「アニメの内容が不適切だった」と異論を唱え、市の一般会計決算を不認定としたのだ。
委員会で決算が不認定になっても、アニメ制作会社への支払いに影響はない。ただ、このニュースは北海道新聞が報じたことで、全国にも知られるようになった。
「争点となったのは、アニメの制作委託料3300万円。討論で佐藤秀靖氏は「邪神ちゃんに借金があるため臓器売買を提案するなど社会通念上許されない行為が多くあり、富良野のイメージを落としかねない」と主張。一方、認定の意を示すため起立したある委員は「あくまでアニメの中の話。一部分だけを切り取って議論するのはよくない」とした。
北猛俊市長は取材に対し、「不認定は非常に残念な結果。表現の自由に介入して指摘するのは遺憾だ。委員会などで出たさまざまな意見については今後の参考にしたい」と答えた。」
(『北海道新聞』2022年11月16日付電子版)
地域振興につなげたい人たちと、アニメの制作費がほしい人たちの思惑が一致することから、各地で進んでいるアニメ・自治体コラボ。しかし、すべてのケースが順風満帆ではないようで……。富良野市で何が起きたのかを調べてみた。(取材・文:昼間たかし)
そもそもの背景は
そもそも、富良野市は「北海道のへそ」として知られる土地で、ラベンダー畑などの雄大な自然を目当てに毎年数十万人が国内外から訪れる観光地だ。
一方、「邪神ちゃんX」はフレックスコミックスで10年以上続いている人気マンガシリーズが原作。タイトルからも推察できるとおりブラックジョークが持ち味で、アニメが3期も続くほど根強い人気があるが、放映時間帯は深夜。主なターゲットは中高生~大人のコアなアニメファン層である。
さて、その2つがコラボしたら、一体どうなるのか? というのが今回のテーマであるのだが、まずは「臓器売買」という不穏なワードについて。
そもそもこの作品のメインキャラは下半身が蛇の「邪神ちゃん」。件のワードは彼女が返せない額の高額借金を背負ってしまい、こうなったら臓器を売って返すしかないみたいなノリで出てくるブラックジョークである。そもそもキャラは人間ですらないし、不条理アニメのファンが見れば「あー、はいはい」ぐらいの小ネタであることは一目瞭然なのだが、これが深夜アニメを視ない層も同じ感覚で受け止めてくれるかというと、そうとまでは断言できない。
先ほどの北海道新聞に出てきた、富良野市議の佐藤秀靖さんに電話で話を聞いてみたところ、やはり、作品を見た印象は良くなかったらしい。
「アニメでは確かに富良野の名所が紹介されているものの、そこで登場人物が富良野に来るために借金をしており、臓器売買で返済しようという話になるわけです。アニメの内容にケチをつけるわけではありませんが、その内容が誘客の効果があるのか。また、富良野市が、これをみた市民がどう思うのか。まったく疑問しかないのです」
たしかに普段、オタク向け深夜アニメを視ていない人が、いきなり出会ったら面食らう表現かもしれない。
ちなみに、今回の事件を受けて、邪神ちゃんXの制作サイドがTwitterで実施したアンケート結果はこちら。9割以上が富良野市のイメージが「とても上がった」「上がった」と答えている。わざわざ作品を視てアンケートに答えるのは、もともとこの作品を違和感なく受け入れる、コアなアニメファン層だろう。一般市民の受け止めと考えるのは難しい。
実際、議会では決算が不承認になってしまっている。
佐藤氏は続ける。
「このコラボ企画は北海道文化放送(UHB)から市に持ちかけられ具体化したものです。ふるさと納税で集まった資金を利用し、市が発注者として制作会社に発注し、市の仕様書に従って制作されました。『臓器売買』の話題は、制作会社との打ち合わせ段階で登場することがわかっていた。市の担当部署である総務部企画振興課や市長は、その意図や市民がどう感じるか考えなかったのでしょうか」
アニメ制作会社が勝手に作った作品ならともかく、市役所が公的に発注した上で出来上がったのが、こんな内容だったというのが許容できないポイントだったようだ。
ただ佐藤氏がより問題視しているのは、このアニメ制作で期待されていた「誘客効果」が感じられないことだという。
「(同じ作品でコラボした)帯広市では作品内容も細かく打ち合わせをしていました。また、とりわけ、市の観光資源である、ばんえい競馬を登場させたこと。放送後にも帯広競馬場でイベントを開催したことで、売上は過去最高だった昨年を上回るペースで推移しています。対して、富良野市では放送された以外はなにもありません。いったい発注してから放送までの半年間、市長や市役所はなにをやっていたのでしょうか」
決算の議論で、他の議員の反応はどうだったのだろうか。
「<なにも不承認までは>と迷っている議員も多かったんですが、採決前の市長との意見交換で不承認に決めた人がいたわけです。意見交換の中で市長が件の部分について<これは問題提起だ>なんて発言もしたんです」
なにが「問題提起」なのかは謎だという。
市側の反論は
さて、そうなると逆の言い分も聞きたくなる。富良野市に取材を申し込むと、総務部企画振興課の担当者さんが話をしてくれた。
市側は「臓器売買」の表現は問題ないと考えているという。
「市が作成した仕様書の通りに制作してもらってます。絵コンテの段階で複数の担当者で確認し、この際に<臓器売買>の表現もあることは知ってましたが問題のある表現とは思いませんでした。もともと、そういうスタイルの作品ですから」
なるほど。市側も作品のスタイルは理解して、コラボに取り組んでいたというわけだ。
市側は「富良野市民が不快に思う」という意見には、甚だ疑問を抱いているようであった。
「8月に放送されて以降、市役所に市民から作品に関する意見はひとつも来ていません。賛成も反対も、です。この件が報道されて機能までに20件ほど電話やメールでお問い合わせを頂いていますが、それも市外の方からです。市民の受け止め方も誘客も、アンケートを採っているわけでもなく、効果をどう測定するかは難しいと思うんですが……」
ところで、誘客イベントが不足しているという指摘については……
「全然なにもやらなかったわけではありません。パネル展示を実施したほか、東京で開催された作品の連載10周年記念イベントでもPRを実施しています。ただ、誘客の方法としては作品中で描かれる富良野の風景を見た人に興味を持って来て頂くイメージだったのは確かです。関連イベントが少ない件は今後検討していく必要があるかと思っています」
と担当者。これからの方針については、市議会本会議での報告などを踏まえて、話し合っていくとのことだった。
前述の市長の「問題提起」発言についても訊ねたところ、隣の部屋で傍聴していたという担当者は「まあ、確かにそういう発言は……」と言葉を濁し、突然話題を変えて「ところで、佐藤さんは元気でしたか?」と尋ねてきた。あえてそれ以上突っ込まなかったが、市役所の方もいろいろあるのだろう。
さて、今回結果的に話題を呼んだことで、邪神ちゃんXの富良野編を視た人も増えただろう。では実際、どれぐらいのアニメファンが富良野市を訪れるのか? そして、アニメファンの観光客が増えることは、富良野市にとって長期的にどういう影響があるのか? そのうち見えてくるだろう結果が、いまから楽しみだ。