2022年11月20日 09:01 弁護士ドットコム
口裂け女、人面犬といった都市伝説が流行った時代もあったが、町で出会ったリアルな情景の方が「いいね」を集める昨今。
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今年9月、大阪地裁で「カッパ男」と呼ばれる被告人の裁判があるという、不可解な情報が駆け巡った。都市伝説ではなく、実際の裁判によるリアルな情景をお届けする。(裁判ライター:普通)
被告人は50代前半の男性。カッパというのは、決して風貌のことではなかった。見た目はいたって普通の大人しそうに見える男性である。しかし、犯行内容は驚くべきものだった。
被告人は自転車で買い物に出かけた女性が、カゴにカバンを置いたまま店内に入るのを確認して、そのカバンを窃取したなど、2件の窃盗の疑いがかけられている。事件内容自体は、よくある置き引き事案であるが、被告人が犯行を行うのは雨が降った日に限られるという特性がある。
それもそのはず。なんと被告人が狙っていたのは、財布などではなく、カバンの中に入っている、女性が着た雨ガッパだったのだ。今回、起訴されたのは2件のみであったが、自宅で押収された雨ガッパの数は300着以上に及ぶという。
起訴された2件の内、1件の事件に関しては、カバンの中には雨ガッパが入っていなかった。中には、運動後の服が入っていたというが、それには興味が持てないとのこと。あくまで雨ガッパにしか興味がないのだ。
弁護人から被告人に尋ねる。
弁護人「盗むものが雨ガッパの理由を教えてください」
被告人「女性への興味の歪みからです」
弁護人「性欲を満たす目的があった?」
被告人「はい」
弁護人「過去には下着泥棒もしているようだが、今回はなぜ雨ガッパ?」
被告人「時間がかからず、てっとり早いと思い」
過去に下着泥棒などの前科が被告人には6犯ある。下着泥棒は反省したから、次は雨ガッパということだろうか。その変遷が気になる。
弁護人「最終前科は平成22年のようですが、出所後すぐ盗みを始めたのですか?」
被告人「しばらく仕事をしていたので、いつからかはわかりません」
弁護人「盗みを再開してしまったきっかけはあるんですか?」
被告人「段々と欲求が溜まっていって、でも誰にも相談できず、誰とも接していなくて」
弁護人「自身の性癖の原因はどう認識していますか?」
被告人「自分がどう思われているか、自信のなさからと思います」
弁護人「女性が近くにいたらどう思いますか?」
被告人「すぐ目線を変えて、どう思われているのだろうと思ってしまいます」
弁護人「女性が苦手な理由はわかりますか?」
被告人「何を喋ったらいいのかわからず、話を続ける自信がありません」
質問自体には淀みなく答えているが、ちょっとした声の震えなどから、確かに人間関係に明るくないことは想像できた。
20-40代は刑務所に出たり入ったりを繰り返したものの、最後の刑から10年は犯罪を犯さず真面目に生活してきた。その中で、性的欲求は溜まっていったものの、それを解消する手立ても、相談相手もいなく歪んだ方向に進んでいってしまったということか。
しかし、なぜ雨ガッパなのかの疑問は解消されない。
弁護人「10年以上犯罪と無縁の生活で、何を得てきましたか?」
被告人「人の温かみや、どれだけ平穏な生活がありがたいか身にしみました」
弁護人「その生活を失わないためにも、もうしませんね?」
被告人「はい」
弁護人「今後、雨が降ったらどうしますか?」
被告人「いったん立ち止まって、捕まって苦しいとき、どんな人に迷惑をかけるか考えたいと思います」
「雨が降ったら」という特殊な条件はさておき、辛いときにどのように自身を律するかという手本のような回答だと感じた。当たり前と思う方も多いだろうが、若い時分を刑務所の行き来で過ごしてきた被告人にとっては、ようやく手にすることのできた貴重な社会生活だったのだろう。
検察官からは、社会復帰後の環境について質問が重ねられた。最終刑は10年以上前とはいえ、なにせ前科6犯である。犯罪傾向が戻った可能性も否定できない以上、再犯防止に向けて必要な確認であったと思う。
今後、信頼できる知人のサポートや、性癖を改善するための通院を通して、生活環境を作っていくと証言した。
最後に裁判官は次のように質問した。
裁判官「女性用の雨ガッパが欲しかったのですか?」
被告人「はい、そうです」
裁判官「男性用の雨ガッパには興味はないのですか?」
被告人「それは、いらないです」
裁判官「女性が着用しているか、男性が着用しているかはどう判別するんですか」
被告人「自転車の雰囲気で判断しました」
裁判官「あくまで目的は雨ガッパで、女性に触ろうとかそういうことをしようと思ったことはありますか?」
被告人「一切ありません」
改めて、被告人が女性の雨ガッパにのみ執着していたことがわかった。しかし、結局「なぜ、雨ガッパなのか?」という公判当初から抱いた疑問が解決することはなかった。
下された判決は、懲役2年(未決期間60日参入)、執行猶予4年であった。10年以上前とはいえ、前科6犯という犯歴から実刑が下されてもおかしくなかったと思う。恐らく法廷で語られた、被告人の社会内で真っ当に過ごそうとする姿勢を評価したのだろう。
失いかけて改めて感じた平穏な生活を守るために、被告人は再度立ち直ることができるのだろうか。不器用ながらも前を向こうとする被告人のことを、今後雨が降れば思い出し、そしてその都度、結局どうして雨ガッパだったのか? という疑問が再燃することだろう。
【ライタープロフィール】 普通(ふつう):裁判ライターとして毎月約100件の裁判を傍聴。ニュースで報じられない事件を中心にYouTube、noteなどで発信。趣味の国内旅行には必ず、その地での裁判傍聴を組み合わせるなど裁判中心の生活を送っている。