Text by 麦倉正樹
Text by タケシタトモヒロ
Text by 生駒奨
映画を観ることは、いつだって豊かな体験だ。でも、それを提供する映画館は時代に合わせてアップデートしているだろうか? パンデミックはその勢いが収まっても、確実に人々の生活スタイルを変化させた。配信サービスの充実もあり、鑑賞スタイルは多様化している。老舗ミニシアター閉館の報せも聞こえてくるなど映画館業界への逆風は強まるばかりだが、映画館「Stranger」代表の岡村忠征は「とくにミニシアターでは、孤独に映画を観て帰るか、さもなければ映画知識の深さを競い合うかといった雰囲気が、ライトな映画ファンを遠ざけている」と語る。
「Stranger」は、今年9月に東京は墨田区菊川の地にオープンしたミニシアターだ。逆風のなか「新しいスタイルの映画館」を標榜し、映画を「知る」「観る」「語り合う」「論じる」、そして「映画で繋がる」というコンセプトのもとに立ち上げられた。オープンと同時にジャン=リュック・ゴダールの特集上映が組まれたが、その直前にゴダールが91歳で逝去するという波乱の幕開けとなり、話題を呼んだ。
それから約2か月近く経ったいま、同館はどのような状況にあるのだろうか。そのコンセプトは、どこまで映画ファンの心の響いたのだろうか。そして同館の存在で、映画業界はどう変わっていくのだろうか。「Stranger」のチーフ・ディレクターである岡村に、あらためて同館を立ち上げた経緯から、オープン後の手応えと現状、さらには「ソーシャルイシューとしての映画」という観点にいたるまで、さまざまなトピックについて率直に尋ねた。
―9月16日にオープンしてから、2か月近くが経ちました。まずは率直に、実際に営業してみて感じたことを聞かせていただけますか?
岡村忠征(以下、岡村):そもそもの立ち上げのコンセプトが、ただ映画を見るだけのための場所ではなく、「映画を知る」「映画を観る」「映画を語り合う」「映画を論じる」「映画で繋がる」という5つの映画体験を提供するというものだったのですが、「映画を観る」という部分に関しては、音響設備が素晴らしいとか、スクリーンが思ったよりも大きいとか、我々が思っていた以上の高評価をいただいているというのが、率直な印象です。
岡村忠征(おかむら ただまさ)
映画館「Stranger」チーフ・ディレクター。映画制作会社への勤務などで約10年間映画業界に身を置いたあと、デザインの領域へ。2011年にアート&サイエンス株式会社を設立し、企業のブランディングデザインなどに従事。2022年9月、映画への情熱から「Stranger」を立ち上げた。
―5つの要素を一連で提供する、というのは映画館としては新しい取り組みだと思いますが、「観る」以外の要素ではどんな取り組みをしているのですか?
岡村:「映画を知る」ということに関しては、『Stranger MAGAZINE』というZINEを発行して、映画をもっと体系的に知りたいという欲求にも応えられるようなかたちにしています。
「Stranger」が不定期で発行する映画マガジン『Stranger Magazine』。写真はオープン時の特集上映に合わせた「J=L・ゴダール 80/90年代 セレクション」
岡村:「映画を語る」、「映画で繋がる」というところでいうと、「カフェ併設」というコンセプトをお客さまにも受け入れていただいています。映画を見終わったあと、少しカウンターに留まってコーヒーを飲みながらスタッフと一緒に映画のおしゃべりをしたりとか、そこではじめて会ったお客さま同士が盛り上がって映画の話をしているという光景を見かけるので、「やっぱりそういうニーズは世の中にあったんだな」ということは、あらためて確認できました。なので、それをどれだけぼくらが環境として盛り上げていけるのかっていうのが、今後のポイントかなと思っています。
カフェを併設したStrangerの内装
ーなるほど。映画館が上映プログラムに合わせたマガジンをつくってくれるのは、映画初心者にもうれしいですね。
岡村:ありがとうございます。今後はポップアップイベントとかトークセッションも実施して、「語り合う」とか「論じ合う」という部分を、もっと充実させていきたいなと思っているところです。
―ただ、シビアな話をしてしまうと、当然収益が出ないと続けていけないですよね。集客に関しては、見込み通りに来てもらえていますか?
岡村:こけら落としが、ゴダール特集だったんですけど……。
「特集:J=L・ゴダール 80/90年代 セレクション」のポスタービジュアル。ゴダールは奇しくも2022年9月13日にこの世を去った
―そのゴダール本人が、オープン直前に亡くなってしまったという出来事がありましたね。20世紀を代表する映画監督の死は、やはり大きく影響したのでしょうか?
岡村:そうですね。上映3日前に監督が亡くなるというのはぼくにとっても衝撃でした。ただ、我々としては彼の死に「乗っかった」ような企画にはしたくなかったので、「追悼」という言葉はいっさい使いませんでした。でも、やっぱりお客さまは追悼の意味を込めて、たくさんいらしていただいたところがあって。なので、オープンから非常に盛況だったというか、そこは我々が想像していた以上でした。とくに若い人たち――おそらく、Strangerがある東京の東側エリアに住んでいるわけではない、普段は渋谷とか新宿で映画を見ているような若者たちに、たくさん来ていただいた印象があって。そういう意味では、こけら落としから、上々のスタートを切れたなと思っています。
―新しい映画館を墨田区菊川につくることにした理由や経緯はどんなものだったのでしょうか。
岡村:そうですね、おそらくみなさん、「この時代にこの地域に?」と思いましたよね(笑)。なにしろ、コロナ禍で多くの映画館が集客に苦労しているし、世界的な資材不足もあって、新しくつくるなんてなかなか考えられない時代です。ただ、ぼくのなかでは、コロナ禍だからこそ、思いついたことでもあって。というのも、ぼく自身があまり渋谷、新宿、銀座とかに行かなくなったというか、一時期は気軽に街に出られないような感じになったじゃないですか。外に出られるようになってからも、わざわざ電車に乗って大きい街に行くのではなく、近所の古着屋さんに行ったり、地元にある本のセレクトショップに行ったり、個人営業のカフェに行ったりすることが多くなって。
岡村:ずっと家のなかでリモートで仕事をしていたんですけど、たまに休憩がてら散歩に出て、古着屋さんとかに行って5分、10分、世間話をする。それが、日常生活を支える、すごく豊かな行為なんだっていうことに気づいたんです。それで、そういう日常のちょっとした会話ができるような場所を、自分もつくってみたいなっていう思いが芽生え始めて……そのときに、映画館っていうのを思いついたんです。
―なるほど。たしかに、映画館は日常的というより、非日常の演出を目指しているところが多いかもしれませんね。
岡村:そうですよね。映画館って、ヘタしたら家を出て電車に乗って映画館で映画を観て電車に乗って帰る……そのあいだ、誰とも口を利かないみたいな体験になっちゃっているなと思って。古着屋さんでちょっと会話するみたいな感じで、スタッフと話したり、映画を見たあと、ちょっとだけ映画の話をして帰ったりとか、そういうことがなんでできないんだろうっていう疑問がありました。最近は本でもレコードでも服でも、小規模セレクトショップが増えて、地域でコミュニケーションが生まれている。映画館だけ、そういう動きができていない。それができれば、映画館での映画鑑賞体験が、もっと豊かなものになるし、日常的なものになるのになって思ったんです。
―たしか岡村さんは、映画館立ち上げの際に「ミュージアム型」ではない「ギャラリー型」の映画館を目指すとおっしゃっていましたね。
岡村:はい。静かに作品を鑑賞する「ミュージアム型」ではなく、スタッフから作品の背景を聞いたり、意見を交わしあったり、関係ないことでも情報交換をしあったりできる「ギャラリー型」の場所にしたい。従来の映画館の基本となっている、お客さんを大きな数字としてとらえて「マス」なコミュニケーションを打っていくスタイルではなく、「スモールギャザリング」なコミュニケーションをする映画館があってもいいんじゃないかな、と。そういう意識の変化はコロナ禍以降、社会的にあったと思いますし、ぼくのなかでもあった。だから、逆風は逆風なんですけど、ぼくやみんなの価値観が変わったタイミングがコロナ禍だったので……それこそ、コロナがなかったら、映画館をやろうとは思わなかったかもしれないです。
―そうしたビジョンがあっても、確信を持って行動に移すのは難しいのではと感じます。オープン前、映画関係者に相談したアドバイスを受けたりもされましたか?
岡村:そうですね。まずは、アテネ・フランセ文化センターの堀三郎さんという劇場設計をしてくださった方に話を聞きました。堀さんは日本でも指折りの劇場設計コンサルタントです。もう20館ぐらいミニシアターをつくっているんじゃないかな。「ちゃんとしたミニシアターをつくるんだったら、まずは堀さんに相談しろ」といわれているような方です。あとは、「ユーロスペース」支配人の北條誠人さんとか、「ポレポレ東中野」代表の大槻貴宏さんにも、いろいろと話を聞いて……。「なかなか大変だよ。特徴を出さないと、やっていけないよ」というのは、ずっといわれていましたけど(笑)。
―(笑)。
岡村:ただ、そこでぼくが少し感じたのは、既存の映画館をやっている方々は、やっぱり立地と上映設備と入場料、そして作品を中心に考えるんですよね。さっきいったようなコミュニケーションについて話す人って、ひとりもいなかったんです。なので、内心ぼくは「コミュニケーション重視の映画館がつくれたら、少なくとも新しいスタイルの映画館ができるな」と、逆に確信したところがあって。まあ、そこにニーズがない可能性もあるというか、誰ひとりとしてそういう話をしないのは、不安要素でもありましたけど(笑)。ただ、ぼくはいけると思ったんですよね。
―「いける」と感じた裏には、先ほどおっしゃった本やレコードのお店と映画館との対比以外にも理由があるのでしょうか?
岡村:そう、それはとくにミニシアターにおけるコミュニケーションで、解決できる部分があるなと思っていて。ミニシアターって、場所によっては、ちょっと殺伐としている感じがあるじゃないですか。ロビーでお客さん全員が押し黙って、うつむいたまま整理番号を呼ばれるのを待っている雰囲気だったり、肩や足が少し触れてしまっただけで舌打ちをされたりとか。お互いを牽制し合うような、謎の緊迫感というか(笑)。若い人たちが監督や作品に素直に関心を持っても、ちょっと気軽に感想を言ったり好きと言ったりできない雰囲気というか。そもそも、ミニシアターに来て楽しそうにしている人があまりいないなと感じていて。そのへんに関しては強い問題意識があります。Strangerはそうではなく、オープンでフレンドリーな雰囲気にしたい。だからスタッフには、「ちょっと目が合ったお客さんには、『映画、いかがでした?』とか『お近くにお住まいですか?』とか、積極的に話しかけるようにしよう」といっています。というか、アパレルとか飲食の世界では、もはやそれが当たり前じゃないですか。
岡村:たとえば、ブルーボトルコーヒーとかアップルストアに行くと、お客さんとスタッフが、同じものを愛する仲間同士みたいな感じがある。コーヒーが好きなお客さんと店員、アップル製品が好きなお客さんと店員が、ある種の仲間意識を持って、そこでの会話を楽しんでいる。そういうアップデートされた映画館にしたいというのが、じつはStrangerの大きなコンセプトのひとつなんですよね。
―ここまで、Strangerの映画館としての新しさやその裏にあるビジョンをうかがってきました。一方で、映画業界全体の改善には、Strangerとしてどうアプローチできると考えていますか?
岡村:映画業界はいま、非常に厳しい状況にあると思っています。もちろん、営業的にも厳しいんですけど、それ以上に映画業界そのものの倫理感とか労務問題――セクハラ、パワハラ問題など、問題が山積しています。なので、Strangerのスタッフについては、副業がある人以外は基本的に正社員で雇うとか、一日8時間勤務で週休二日、残業も一日2時間以内とか、そのへんをクリアにしたかたちでやっています。あと、ぼく自身がちょっと興味を持っているのは、「キャンセルカルチャー」ってあるじゃないですか。
―不祥事を起こした監督や俳優の関連作品をどう取り扱うか。昨今、いろいろと話題になっているというか、その是非が各方面で議論されている問題ですよね。
岡村:そう。それに、どう対峙したらいいかって、自分はその答えを明確に持っていません。敢えて具体名を挙げるなら、ロマン・ポランスキーとかウディ・アレンとか……。
―亡くなっていますが、キム・ギドクやベルナルド・ベルトルッチなども。
岡村:あと、最近だと、アッバス・キアロスタミも告発を受けました。「作品に罪はない」という考えは、もう通用しないと思うんです。いくら作品が素晴らしくても、作家の倫理性や作品の成り立ちに問題があれば、その作品自体に問題があると考えるべきです。かつて名作と評価されたが問題があるとわかった作品を、今後はどう取り扱えばいいのか。作品をキャンセルすればそれでいいのか。多分それは、すぐには答えが出ない問題だと思うんですけど、だからこそ、ぼくらはもうちょっと活発に、それについて議論したり話し合ったりしながら、その作品と向き合うべきなんじゃないかと思っていて。ただ、そういう場所って、どこになるのっていうと、いまはTwitterといったSNSになっちゃうじゃないですか。
―そうですね。
岡村:そうではなく、実際に我々が抱えている問題意識とか課題意識について語り合う場所を、映画館が積極的に用意するようにしないといけないという危機感を持っています。何がどう問題で、どんな立場の人がいるのかを考えるリアルの場に、映画館をしていけたらと考えています。
―パワハラ、セクハラ、やりがい搾取……たしかに、いまの映画業界は、ソーシャルイシューのデパートのようになっているところがありますよね。
岡村:そうなんですよ。まさに、映画をソーシャルイシューとしてとらえる「場所」が、いまはなかなかないと思うんです。ネット上での殺伐としたやり取りだけでいいのかというと、そうではないと思っていて。そういうことを、映画館という場所で、観客同士で問題意識を共有しながら議論していくみたいなことも、いまは必要になってきているんじゃないかと。
―映画を上映するだけではなく、なぜこの映画を上映するのか、そこでどういう問題を提起しているのかも含めて、観客と語り合えるような場所にしたいと。
岡村:そうですね。だから、ぼくらがやろうとしていることは、そういう開かれた議論ができる場所を、お客さんと一緒につくっていくというか、どういう背景とか、どういう考え方をもって、いまこの作品をやっているのか、そういうことを語り合うことをやっていきたいんです。
現代の感覚で過去の作品を見ると、たとえば女性や人種的なマイノリティー、性的マイノリティーが信じられない扱われ方をしているものがたくさんある。でも、それを全部観せないようにしようというのではなく、どうしてそういう表現になったかも含めて問題点を議論することが可能になるべきじゃないかと。それは、冒頭に挙げた「映画を語り合う」というコンセプトにも繋がってくるんですけど、「語り合う」というのは、単に映画の感想を語り合うだけではなく、いまこの作品を上映する意義とか意味、あるいは課題とか問題点を語り合うことでもあるんですよね。
―なるほど。いつでも開かれていて、日常会話から映画にまつわる社会問題まで語り合える新しい映画館。それがStrangerなんですね。
岡村:はい。まだまだ開業後の業務に追われてすぐにはそういった場づくりに手がつけられていませんが、実現していきたいと思います。加えていうと、ぼく自身はいわゆる「シネフィル」ではないと思っています。映画が好きで、いろんな映画を見たい、知りたいけれど、日常でいろいろな制約があって「映画狂」までなりきれていない。全然未熟なんです。だからこそ、自分と同じように、映画好き以上シネフィル未満の人たちと一緒に、映画についてもっといろんなことを知りながら、映画をもっと好きになっていきたいという思い、意気込みでやっているんですよね。ぼくをはじめとするスタッフが面白いと思っていて、いま映画館で見たいと思ったものは、何でもやるんだっていう。そういう雑食性みたいなものが、じつはStrangerの真骨頂かなって思っているんですよね。