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日ハムの新球場が狭かった問題 難解すぎる野球規則はどうして生まれた?

2022年11月17日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 北海道日本ハムファイターズの新本拠地「エスコンフィールド北海道」(北広島市)のグラウンドサイズが「公認野球規則」の規定に足りないことが問題となっている。


 ことの是非は経緯や事実関係がわからないので、何とも言えない。ただ、めずらしく社会で「公認野球規則」なんてものが話題になったので、ちょっと解説してみようかと思う。
 要するに野球の公式ルールブックなのだけど、その成り立ち自体が野球を考える上で、ちょっとおもしろいからだ。


■ベースボールはクーパーズタウンから生まれてない?


 最初に、野球の歴史に微妙な誤解があったところから話ははじまる。


 「野球(ベースボール)は1839年に南北戦争の英雄、ダブルデイ将軍がニューヨーク州のクーパーズタウンで考案したんだぞ!」


 20世紀前半、多くの人がそう思っていた。いろんなものには起源があり、同じくアメリカの人気スポーツであるバスケットボールなどは、「1891年にYMCA(キリスト教青年会)の体育の先生が冬に体育館でできるスポーツとして考案した」との記録がある。野球だって、そんな逸話が必要だったのだ。


 そして、その野球の輝かしい歴史を称えるために、クーパーズタウンには野球殿堂が建てられ、今も立派にそれはある。


 でも、野球は人気スポーツ。歴史や成り立ちを調べる人も出てくる。すると、矛盾が見つかってしまう。


「あの、ダブルデイ将軍って、そのころクーパーズタウンにいなかったみたいですが……」


 さらに、あちこちの歴史、特にイギリスに「野球みたいな遊び」が散見されることがわかる。500年以上前にあった、椅子にボールを投げて打者が打ち返す「スツールボール」というスポーツは、クリケットの起源っぽいし、かつ野球の起源でもありそうだ、と考えられるようになる。1700年代の本には、「ベースボール」という言葉も出てくる。


 結局、野球はダブルデイ将軍がバスケットボールのように急に考案したわけでなく、諸説あっても、いろんな人がやっていた「野球みたいな遊び」から発展したのだろうね、と考えられているのが現在だ。


■遊びの延長だった野球のルールはどうやって決められた


 ただし、そのままでは野球はあちこちで遊ばれているローカルな遊びだっただろう。


 だが、「野球みたいな遊び」をちゃんとルールを決めてやってみようぜ、という人が現れる。ニューヨークのマンハッタンで消防団をつくったアレクサンダー・カートライトだ。


 彼は消防団の体力づくりのために「ニッカポッカー・ベースボール・クラブ」という団体をつくり、「野球みたいな遊び」をやる。だが、あちこちでいちいちルール決めするのが面倒になった。そこで、1845年に紙数枚、20条程度のルールをつくった。これが、現在考えられているアメリカ野球最初のルールとなる。日本では江戸幕府で水野忠邦が天保の改革に失敗したころだ。


 このカートライトさんのルールは、「先に21点取った方が勝ち」という、今の貧打に泣くチームなら絶望するほどの内容だったが、当時の野球はどんどん点を取り合って遊ぶもので、今とは全然様子が違った。最初の1条なんかは「メンバーは決められた時間に集合すること」であり、7条は遅刻してきた人への配慮。草野球チームの決めごとみたいな感じだ。


 でも、15条の「スリーアウトでチェンジ」という基礎的なところはすでにできていたし、現在の「第3ストライクルール」(いわゆる「振り逃げ」)がこの時点で存在するなど、彼のルールがそのまま残った部分も多い。


 少し乱暴にはなるが、現在の野球ルールはカートライトさんのルールを下敷きに、不備を見つけるたびに、書き換え、書き足し続けて成り立っているともいえるのだ。


 そして、そのアメリカ版のルールブックを翻訳し、さらに毎年アメリカ側が書き加えるルールを、国内関係団体で協議し、だいたい翌年に反映する形で運営しているのが現在の日本野球のルール「公認野球規則」ということになる。


 かつては競技団体などを通すか、直接注文して購入するものだったが、2006年からは市販化され、『公認野球規則』(編:日本プロフェッショナル野球組織/全日本野球協会)として一般の書店でも買えるようになった。数年前からは、それまで縦書きだったものが横書きになり、なんとなく見やすくなった気もする。


■難解すぎた『公認野球規則』


 ただし、正直言って、この本ほど難解な書物はなかったと思う。


「なんだ、この変な本?」


 はじめて真剣に読んだときの感想はそうだった。とにかく、古い条文に新しい附則や注が所かまわず、大盛りに加えられた構成で、現在、自分が何を読んでいるのか、迷子になる感覚さえあった。


 だが、2015年(日本版は2016年)にグチャグチャだった条文の構成をアメリカ側で整理した経緯があり、現在はかなりマシにはなっている。


 比較的丁寧な目次が付くようになったので、該当箇所を見つけるのに四苦八苦することは減った。以前はルール上難解で少年野球の親御さんたちが混乱する「ボーク(反則投球)」を調べるにも、目次にある「投手」という大雑把な項目から必死に探すか、不親切すぎる索引から探すか、という異様な構成だったのだ。


 それを考えれば、ずいぶん進歩したと思う。でも、やはり、野球のルールはわかりにくい。


 ひとつには日本で使っているそれが翻訳であることもあるだろう。実はカートライトさんの時点で、「投球(ピッチ)」と「送球(スロー)」は明確に分けられている。相手に打たせるために投げるのがピッチャーであり、打てるところにピッチャーが投げているのにバッターが振らないから、「お前、打てよっ!(ストライク(攻撃)せいよ!)」とコールされるゲームだったのだ。


 でも、日本語で言うとどっちも「投げる」になる。違いがあいまいになるので、反則投球(送球ではない)であるボークの理解が困難になる、という感じだ。


■ローカライズ化がわかりにくさを助長


 さらに、野球の持つ民主性というか、ローカリズムみたいなところがわかりにくさを助長している。カートライトさんもそうだったのだが、野球は互いに試合場にやってきて、その試合場の都合に合わせてローカルルールをつくり、できる範囲で楽しむ部分が多い。


 河原で少年野球の試合をするとき、「その線から向こうはボールデッドね(観客席にボールが入ったファウルなどと同じ状況)」と決めて遊ぶのが、ある種の野球らしさだ。プロ野球でも「ドーム球場の屋根に打球が当たったら?」という規定がそれぞれの球場で違うのも、このローカルルールによる。


 最たるものは、ボストン・レッドソックスの本拠地、フェンウェイ・パークだろう。20世紀初頭の早い時期に、限られた土地に建てられたため、グラウンドがとてもいびつな形になっている。特にレフト側が浅すぎるのでグリーンモンスターと呼ばれる巨大な壁を設置して本塁打を防いでいるのだ。歴史など知らずに普通に考えれば、「さすがにそれはないだろう」と思う。


 でも、そこで世界最高峰とされるメジャーリーグの試合をするのが野球なのだ。日本のプロの球場だって、ルールを満たしている球場は少ない。


 そう考えると、冒頭のエスコンフィールドの件も、アメリカ側のルールで「推奨」レベルだったファウルグラウンドの広さを「60フィート必要」「最小限60フィート」(2カ所記載がある)と強めの表現になったのも翻訳を介した日本の「公認野球規則」らしいといえる。
 それをローカリズムのひとつとして、ローカルルールで解決するのも、野球の歴史を鑑みれば、別に問題はないだろう。ホームベースが近い分、お客さんがプレーの迫力を感じやすいというのも、現在的にいい視点だと思う。


■何のためのルールなのか


 ただし、「公認野球規則」というのは、お給料をもらっている職業選手だけでなく、アマチュア野球にも適用されるもの。選手の健康と安全という視点は絶対に忘れてはいけないはずだ。お客さんが近いのはいいけど、もし、それで一生懸命のプレーが危険になるなら意味がない。実際、「公認野球規則」では、1958年以降にプロ球団が建造する球場は両翼325フィート(99.085m)、センター400フィート(121.918m)が必要とされているが、ファウルグラウンドの記載はなく、どんどん狭くなっている。


 もちろん、アマチュアの球場でそんな広大なグラウンドはなかなか得られないけど、安全性という視点で「60フィート」という誰が決めたのかわからない数字が、どんな理由で推奨なのか、もしくは必要なのか、を検討する必要はあると思う。その議論や検証がムダになることもない。狭い球場であっても、注意喚起のポイントはわかるだろう。それが、選手の健康と安全を守る。


 カートライトさんがつくったルールは、やってみると、おもしろかったそうだ。なんか、適当な広い場所さえあればなんとかなって、一生懸命になれて、危なくなくて、みんなで盛り上がって、楽しかったんだろう。


 だから、野球はこんなに発展したんじゃないのかなあ。その臨機応変さと、守るべきものを忘れない姿勢は、大切だと思う。


文=新宮聡