マンガ家が作品を発表するのに、経験豊富なマンガ編集者の存在は重要だ。しかし誰にでも“初めて”がある。ヒット作を輩出してきた優秀な編集者も、成功だけではない経験を経ているはず。名作を生み出す売れっ子編集者が、最初にどんな連載作品を手がけたのか──いわば「担当デビュー作」について当時を振り返りながら語ってもらい、マンガ家と編集者の関係や、編集者が作品に及ぼす影響などに迫る連載シリーズ。第8回で登場してもらったのは、集英社マンガMee編集部の池田真理子氏。別冊マーガレット編集部で長らく活躍し、椎名軽穂「君に届け」や咲坂伊緒「ストロボ・エッジ」「アオハライド」など、少女マンガの1つの黄金期的作品に携わった編集者だ。現在は、マンガアプリ・マンガMeeの運営に携っている。
【大きな画像をもっと見る】取材・文 / 的場容子
■ 「イタい中二病」だった学生時代
池田氏は2001年に新卒で集英社に入社し、別冊マーガレット(以降別マ)に配属される。「君に届け」「ストロボ・エッジ」など数々の少女マンガの金字塔的作品を世に送り出している池田氏は、学生時代さぞマンガっ子だったと思いきや、意外にもマンガとは縁遠い「中二病の学生」だったという。
「小6までりぼん(集英社)を読んでいただけで、そのあと少女マンガをほとんど通らずに大人になりました。学生だった90年代は、FBIが出てくる映画に憧れ、殺人事件に関する本を読んだり、rockin’ on(ロッキング・オン)を読んで投稿したり、なぜか健康雑誌を読んだり……完全にイタい中二病でした(笑)。
あとは映画が大好きで、中学生のときは録画した映画を1日2本観る日もありました。だから漠然と映画の仕事がしたいと思っていたんですけど、当時は日本で映画に関わる仕事がどういうものかわからず。集英社に入ってからはフィクションの部署に行ければと思ったのと、自分も新人なので若い人と一緒に作品を作れればと思い、低年齢向けマンガ誌を希望した結果、少女マンガ誌の別マに決まりました。……実は、配属されるまで別マの存在も知らなかったのですが、学生時代の友達は読んでいたようで。なぜか教えてもらえなかったようです(笑)。だから、マンガは全部入社してから勉強しました」
■ 初担当作は「恋愛カタログ」 キャラが大事な友達に
別マに配属された当時、女性編集者は池田氏だけで、あとは男性の編集部員だった。現在の編集部の男女比は半々というから、時代の変化を感じる。最初に連載を担当したのは永田正実の「恋愛カタログ」。高校生の実果と修司のカップルを中心に、さまざまな初々しい恋愛模様を描いた90年代少女マンガを代表する作品だ。1994年から連載開始し、2007年に完結。別マの中でも長寿連載となり、雑誌の顔ともなった人気作品だ。恋愛のじれじれ感がつまった作品で、筆者も学生の頃に友達とわいわいと盛り上がりながら読んだ、思い出深い作品である。池田氏が引き継いだのは22巻前後だった。
「ラブストーリーって付き合うまでの過程をメインに描くことが多いのですが、そもそも『恋カタ』って最初の1話目でカップルになるんですよね。ですが、『恋カタ』はそこからどんどんお話が展開していく。永田さんは毎回毎回本当に面白いネームをあげてくださいました。そして十数年もの間、休載が1回もなく連載されました。長期連載で、永田さんもしんどい時期があったと思いますが、どんなときでもプロフェッショナルに必ず原稿をあげてくださり減ページもないので、すごい先生だなと思います」
その後、「恋愛カタログ」は2007年に13年の歴史に幕を閉じ完結。池田氏は最終巻の34巻まで担当した。長らく担当するうちに、キャラクターとはいつの間にか特別な関係になったという。
「毎月キャラに会っていたから、連載が終わったときには『来月はもう会えないんだ……』と寂しい気持ちになりました。ずっとキャラクターたちのことを先生と一緒に考えて毎月様子を見ていたので、友達みたいな感覚になっていたんでしょうね。
当時の仕事ぶりを振り返ってみると、当時少女マンガの知識も経験もない中で担当していたので、そのときにできることや言えることを一生懸命探していましたね。ネームに対してお返事するときも、自分の中のベストパターンを考えつくして答えようと心がけていました」
■ 探偵事務所にも取材した初立ち上げ作品「スイート☆ミッション」
並行してさまざまな作品を手がけていく池田氏は、初めて編集者として明確な手応えを感じた瞬間のことをこのように語る。
「初めて単行本を手がけたときのことです。新人作家さんの読み切り集だったのですが、上司に『ここで失敗すると作家さんの次回作が出にくくなるぞ』と言われて、『作家さんの人生が私のせいで終わってしまう!』と怖かったです。発売後に無事に重版かかったときには、とりあえず作家さんに申し訳なく思う必要はなくなったというか、すごくほっとしてうれしかったですね。よく考えたらそこまで怖がる必要はなかったのですが、新人すぎてびびっていた思い出です」
一方、初めてイチから立ち上げた連載作品は藤井明美の「スイート☆ミッション」。高校を舞台に、気が強くてまっすぐな灯里と、ドSで俺様キャラの生徒会長・森下が、校内で起こるさまざまな事件を解決に導くという学園ミステリーラブコメディだ。
「私の前に担当していた先輩に『藤井先生はミステリーがお好きだから、探偵ものとかをやるといいと思うよ』と言われて、そのまま藤井さんにご提案したのがきっかけでした。準備にあたり、自分で学園ミステリーものの小説を読んでみたり、先生と探偵事務所を1日体験してみたり、早稲田のミス研の方のお話を伺いに行ったりしました。
担当を引き継いですぐだったので、取材をしながら先生とも徐々にほぐれていったというか、なんとなく時を一緒に過ごしたことで、お互いにキャラがわかってよかったという思い出があります。連載準備をしながら、新人ながら『ちょっと編集者っぽい仕事してるな』って思っていました(笑)」
■ 殿堂入りイケメンキャラ・風早翔太──カッコいい男子へのこだわり
「スイート☆ミッション」は好評を博し、11巻まで単行本が刊行され、藤井のヒット作となった。その後、着々と編集者としての実力をつけていく池田氏は、2006年に椎名軽穂の「君に届け」を担当することになる。長い黒髪のせいで周囲から暗いと誤解されてしまう高校生・爽子が、クラスメイトの風早との交流をきっかけに、少しずつ学校や世界に溶け込みながら成長していく、青春ラブストーリーの代名詞だ。本作のヒーローである風早は爽やかで社交的な男子で、「少女マンガ・イケメンランキング」等ではいつも上位にランクインする、いわば殿堂入りキャラクター。少女マンガに欠かせない存在であるイケメンキャラは、いつもどのように作家と作り出しているのだろうか。
「作家さんが描きたいキャラと関係性を理解するようにしています。たとえば、風早はやや短気な所もあるのですが、そこを含めて爽子は風早のことを好きだと椎名さんに聞いたとき、爽子の“好き”の気持ちの解像度がぐぐっとあがったことがありました。短気って普通は短所ですよね。そのあたりに人物のリアリティがあるなあと思っています。生きている人間って、一面だけで判断できるものではないので、そうした多面的な視点があると、自分にとってもキャラクターがぐっと身近になるというか、リアルに感じられる──そんなキャラクター造形を目指しています」
ちなみに、これまで担当したキャラのなかで、池田氏の好みドンピシャの男の子はいるのだろうか。
「高校生が多かったですし、主人公の好きな人としては理解ができ、みんなかわいいなとは思いますが、好みという目線では見てませんでした。自分は山岸凉子先生の『白眼子』のシロさんとか、『ハイスクール!奇面組』の一堂零くんなど、優しい思いは秘めているが、感情の見えないタイプが好きですね。このようなタイプのキャラは描くのが難しいこともあるので、作家さんが描こうとしていたら、『やめたほうがいい』と言うかもしれません(笑)。でも描いてくれたらうれしいです。
それに、恋愛マンガの編集担当って、恋愛にこだわりがないとできなそうだと思われるかもしれませんが、私は人の気持ちの流れがわかるマンガが好きなんです。少女マンガは、恋愛ものでも周りの人との人間関係や、自分の気持ちを含めた気持ちの流れを描くのがメイン。そこに恋愛が絡み合うのが少女マンガ、という感じで捉えているので、人の気持ちが面白く描けていればいい作品だなと感じます」
■ 推しの話で盛り上がる「好きの因数分解」
「アオハライド」「思い、思われ、ふり、ふられ」などの代表作がある咲坂伊緒との付き合いも長い池田氏は、2007年から連載開始となった「ストロボ・エッジ」から担当となった。高校生・仁菜子が恋という感情を知る過程を丁寧に追った少女マンガで、これこそ池田氏の言う“気持ちの流れ”を精緻に描いた作品であると感じる。
「咲坂先生の2回目の連載作品ですが、読者の反応がどんどん熱く、よくなっていくのを目の当たりにしました。単行本が売れたときは、本当にうれしかったです」
それにしても、「ストロボ・エッジ」然り、「アオハライド」然り、咲坂作品の「ちょっと不思議なカタカナタイトル」はどのようにして生まれるのか、気になるところだ。
「『アオハライド』というタイトルを先生から初めて聞いたときは、耳慣れな過ぎて、電話口で『え?』って聞き返しました。だけど、少し考えてみると『確かにいいかも』と。慣れないから少しドキドキしましたが、先生に確信があるしいいだろうと思い、このままいきました。咲坂さんはポエティックな感情を想起させる言葉遣いがとてもうまいと思います」
入社以来、担当する作家は100%女性作家だという池田氏。お互いの“推し”の話で盛り上がることも多いという。
「作家さんには、私が好きな人のことを一方的に話して聞いてもらうことが多いですね。特にそれで先生方もその人のことを好きになってくれることはないですし、お互い推しの話をしていても、みんな一方通行です(笑)。ただ、『私の推しはこうで……』みたいな話をお互いキャッキャして話していると、どの作家さんも冷静に『こういうところが魅力なのね』と分析はしてくれます。あと推しの絵を描いて送ってきてくれたり、先生の推しのCDを布教用としてもらうことも多いです」
“推し”を中心に据えた作家と編集の交歓── “好き”のプロ同士の会話はさぞ熱量が高そうだ。
「“好き”の因数分解をしている感じですね。私はよく芸能人同士で、一見接点がないような不可解なカップルが付き合っていると、『この人たちって、なぜ付き合っていると思いますか?』と作家さんに聞いて考察してもらうんです。『よくよく考えたら、彼女は彼のこういうところが実はツボなんじゃ?』みたいな人間観察のプロによる洞察を聞いて、『なるほど、そういうふうにこのカップルを見てるのか!』と感心したりします」
■ 作家に自分の“恥ずかしいところ”を見せることを恐れない
編集者歴20年を超えるベテランだが、等身大の語り口と柔らかい雰囲気で、まったく威圧感を感じさせない池田氏は「自分よりも作家さんの言うことのほうが面白い」からと、常に作家の考えを優先し、作家に合わせることを信条としている。作家との関係性では、気遣いと先回り、そしてもう1つ大事にしていることがあるという。
「言葉や形になっていないときでも、作家さんが描きたいことをできるだけ察知できるようにしたいと思っています。編集者は、マンガの文法的なものや、流行っているものについての知識も必要だと思いますが、それよりもなるべく作家さんが持っていきたい方向性の作品になることを優先したい。先を想像し、その方向性に合わせた提案ができないとせっかくのアイデアもつぶれちゃうと思うので、編集者である自分が完成形をイメージできるようにしたいなと思いますね。
あとは、作家さんに対してついカッコつけたくなってしまい、本当はわかっていないのに、わかったふりをしちゃいそうな瞬間もあります。だけどそこは繕わず、そもそもわかっていないことや、『こんなことしか思いついてないんです』とさらけ出すようにしています。ネームに対してうまく言葉にできないときも、『ちょっと変な感じがします』というレベルの返ししかできなくても、カッコつけないで伝えたほうがいいと思っています」
繕わない、カッコつけない。そんな“普段着感覚”の正直さや真摯さが、池田氏が作家に厚く信頼されるゆえんなのかもしれない。
「もっと言えば、『あほなところ、恥ずかしいところを見せるのを恐れない』。自分が間抜けなことも作家さんにはバレてると思うので、できるだけ正直に伝えようとしています。どんなことでも、あきらめないで言えるようにしたいなと思いますね」
そんな池田氏にとって、“面白い”とはどんなふうに定義できるのだろうか。とてもユニークで、納得のいく答えが返ってきた。
「よくよく考えると、自分が面白いと思う作品って、『自分1人に届いているような気がする』ものなんですよね。ヒット作だったり、媒体に掲載されて多くの人が読んでいるはずなのに、なぜか『これ、私に向けて描かれてるの?』って思うものが多い。個人的なようでいて同時に多くの人の心にも届いているというのが、実はみんな同じ空の下にいるのを感じて、そこもうれしく思える。
少女マンガや女性向けマンガも同じで、すごく個人的なことを扱っているのに、たくさんの人が共感できるところがすごくいいなと思います」
■ 一生懸命描いてくれたネームは自分もベストの状態で読む
池田氏が心から作品を愛し、編集者として日々生き生き仕事している様子が伝わってきた。そんな氏が、編集者を志す人にアドバイスをするとしたら? とても実務的な回答をくれた。
「編集者って基本的に、作品ができる1から10までの過程を見ることができるので、とても楽しい仕事だと思います。これから編集者になる人にアドバイスがあるとすれば、自分が面白いと思っていることでも、知識の偏りとかズレがあるとほかの人とは重ならない部分も出てきて『えっ?』と思われることもあるので、自分の好みとか考え方のクセをできるだけ客観視するといいかもしれません。
それから、私は変な判断をしてしまうのがこわく、作家さんが一生懸命描いてくださったネームは自分もベストの状態で読まなければ失礼だと思っていたので、体調を整えるようにしていました。自分の体調が悪いせいで変な返事をしてしまったら申し訳なく、また作家さんのネームはどんなときにでも来るので。でも、この話を河原和音さんにしたら、『体調が悪いときに読んでも面白いネームを描きたいですね』とおっしゃっていて、さすがだなと思いました。作家さんはそのように考えてネームを描いているので、実は私の心配は無用なのだと思います(笑)」
雨にも負けず風にも負けず、毎日ネームや原稿と向き合って来た編集者らしい実感のこもった言葉が聞けた。
「あとは作家さんが思い詰めてがんばっているときに、自分まで辛気臭くならないことですね。辛気臭いタイプの方も面白がってもらえるならいいかもしれませんが(笑)、私はいつでも『絶対どうにかなりますよ!』って思っているタイプです。通常なら編集者は“励まし係”“世に出し係”みたいな役割なので、こちらは思い詰めたりしないほうが、作家さんにとっても作品にとってもいいと思います」
■ 紙とアプリ、編集者の役割はどう違う?
現在はマンガアプリ・マンガMeeの仕事がメインだという池田氏。長年紙媒体を作ってきた立場から、紙とアプリの違いや、現在の仕事内容を語ってくれた。
「今私がいるのは編集部機能もある部署なので、一般的な編集部みたいに作家さんのネームを見たり、あとはデータの分析をしたりしています。アプリ外に広告を出稿してそこから見に来てくれたユーザーや、アプリの仕組みを変えて使い勝手をよくしたり。そうしたデータを編集部目線でマンガにどう活かしていくか判断しています。
マンガMeeには集英社の少女・女性向けの作品──りぼん、クッキー、マーガレット、ザ・マーガレット、別冊マーガレット、ココハナ等に掲載された作品とマンガMeeオリジナル作品を載せていて、そうした作品をアプリではどう見せていくかというところも考えています。集英社のいろんな少女マンガが読めるアプリなので、ぜひたくさんの人にのぞいてほしいですね」
■ 池田真理子(イケダマリコ)
2001年に集英社に入社し、入社後は別冊マーガレット編集部、ココハナ編集部に配属。主な担当作品に椎名軽穂「君に届け」、咲坂伊緒「ストロボ・エッジ」「アオハライド」、いくえみ綾「1日2回」など多数。現在は集英社のマンガアプリ・マンガMee編集部所属。