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「本当は逮捕したくない」公務執行妨害罪めぐる警察官の意外なホンネ

2022年11月13日 09:31  弁護士ドットコム

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どんなに気に入らないことがあっても、警察官の胸ぐらをつかんだり、警察官に殴りかかったりする人はほとんどいません。なぜなら、警察官は「公務執行妨害罪」という鎧をまとっているからです。


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彼らの身体に少しでも触れようものなら「公務執行妨害罪だ!」という難癖をつけられて逮捕されるイメージが広く浸透しています。しかし、当の警察官自身は公務執行妨害罪で逮捕することを「恥ずかしい」と思っていることはあまり知られていないでしょう。元警察官の目線で、公務執行妨害をめぐる警察官の本音をお伝えしたいと思います。(ライター・鷹橋公宣)



● 公務執行妨害罪とは

公務執行妨害罪は、刑法第95条1項に定められている犯罪です。公務員が職務を執行するにあたり、これに対して暴行または脅迫を加えた者を罰するもので、3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金が科せられます。



本罪が適用される典型的なケースは、やはり警察官に対する暴行です。ここでいう「暴行」は、直接的なものだけでなく、間接的なものも含まれます。



任意同行を求められて抵抗する際に警察官を突き飛ばした、交通取り締まりに納得できず警察官が持っていた違反切符を破った、飲酒運転の発覚をおそれて検知管を割ったといった行為は、すべて公務執行妨害罪の処罰対象です。



令和3年版の犯罪白書によると、令和2年中に警察が認知した公務執行妨害事件は全国で2118件で、うち2072件が検挙されています。 公務執行妨害罪が対象とする公務員は警察官だけではありませんが、それでも検挙率97.8%という極めて高い数字を記録しているのは、やはり警察官への暴行で現行犯逮捕といったセオリーどおりの事例が大多数を占めているからでしょう。



● 問題視される「転び公妨」や「当たり公妨」

公務執行妨害罪は、不当逮捕や別件逮捕、ひいてはえん罪の温床になっているという指摘が多いのは事実です。



軽い接触があっただけで大げさに転倒してみせて暴行を主張する「転び公妨」や、警察官がみずから対象者に接触して暴行だとでっちあげる「当たり公妨」という用語まで存在するほどで、とくにデモ活動の規制や政治団体に対する捜査では組織的にこのような不正がおこなわれていたという疑いもあります。



ドラマや小説などフィクションの世界では、警察による不当捜査の象徴として転び公妨・当たり公妨のような行為や、ごく軽い身体接触をとらえて公務執行妨害罪を適用するシーンがたびたび描かれており、これが「警察官に触れただけで逮捕」というイメージに繋がっているのかもしれません。



また、令和4年10月には、沖縄県那覇市で公務執行妨害事件の容疑者に対して警察官が髪の毛をつかんだり馬乗りになったりする様子が、SNSで拡散されて大きな話題になりました。ネット上では「やり過ぎだ」という意見が多く、情報番組でもコメンテーターが「警察は襟を正すべき」と厳しい意見を述べており、制圧を理由とした暴行が問題視されています。



このような背景があるので、市中で見かける警察官は「少しでも抵抗したり、身体に触れてきたりすればいろんな意味で『痛い目』に遭わせてやる!」と意気込んでいるのだと感じるかもしれませんが、それは間違いです。



● 公務執行妨害は警察官にとって「恥」でしかない

全国すべての警察官が同じ考えを持っているとは断言できませんが、大部分の警察官は「いざとなれば公務執行妨害罪で逮捕すればいい」といった考えを持ってはいません。むしろ、公務執行妨害を受けることを「恥ずかしい」と感じています。



たとえば、職務質問の対象者に任意同行を求めたところ抵抗されて殴られたといった王道パターンでは、警察署内で「十分に納得させられなかった話術に問題があるのでは?」「避けたり防いだりできなかったなんて、軟弱だな」と後ろ指をさされるのがオチです。



違反切符を破られたり飲酒検知管を壊されたりしたケースも「注意力が足りない」「スキがあったんじゃない?」と白い目で見られてしまうでしょう。無線でいきなり「公妨!公妨!」と叫ぶ声が聞こえたら、まず捜査部門の刑事たちは「お粗末な職務執行で余計な仕事が増えた」とがっくり肩を落とします。



こんな評価なので「これ、どうしても公務執行妨害にしなくちゃダメなの?」と消極的な姿勢をみせる捜査幹部も少なくありません。



筆者にも、一般的に見れば明らかに公務執行妨害にあたる暴行を受けながら、逮捕はおろか事件化さえしていない経験が多々あります。



実際に、錯乱状態で暴れている人に殴られながら取り押さえたときも、刑事課長から「まさか公妨にするとか言わないよね?」と、まるで労災を隠したい雇用主のようにプレッシャーをかけられたことがありました。鼻っ柱を殴られてジンジン痛かったし、口の中を少し切って血の味がしていましたが、上司や先輩方からは「次の柔道訓練で鍛えなおしてやるよ」と笑われただけです。



こういった実例をみれば、現場警察官だけでなく捜査幹部までもが「公務執行妨害なんてまっぴらごめんだ」と考えていることが理解できるでしょう。



YouTubeなどでは、職務質問を受けている最中に公務執行妨害の疑いをかけられないように胸の前で腕組みをしたり後ろ手を組んだりする様子が見受けられますが、そこまで警戒する必要はありません。



そもそも、腕組みをしていても、警察官を肩で強く押したり体当たりをしていたりすれば「暴行」の成立は否定されないので、公務執行妨害罪の適用を避けるための対策としては無意味です。



● 公務執行妨害を防ぐために現場警察官は自己防衛を尽くしている

できる限り公務執行妨害に遭いたくないという思考は、現場警察官の服装や装備にもあらわれています。



たとえば、制服の警察官が着けているネクタイは通常のもののほかにワンタッチ式のものがありますが、ネクタイを引っ張られてしまう事態を想定して、署外での活動ではワンタッチ式のものが推奨されています。



ワンタッチ式なら引っ張れば勝手に外れるし、転倒して攻撃されたり、身動きを制されてしまったりすることはありません。



警察官自身の受傷事故を防ぐという目的もありますが「たかがネクタイを引っ張っただけ」で公務執行妨害になるような事態を防ぐためにも効果的です。



また、荒れた現場では警察官だと気づかれずに暴行を受けてしまうケースも少なくありません。



私服で勤務する刑事でも、ケンカなど荒れた現場に出向く際は「捜査」と書かれた腕章を身につけたり、警察の名入りの上着や階級章を装着できるブルゾンを着たりといった対応を取ります。



捜査の際は警察の名入りのキャップを被ることもありますが、警察の名前や徽章がはっきり見えるようにつばを前にして被るのが鉄則です。



●「恥」だと思っているのに年間2000件も検挙しているのはなぜか?

当の警察官自身が「公務執行妨害なんて恥ずかしい」と感じているなら、なぜ年間で2000件以上の検挙があるのか、不思議になるのも無理はありません。



検挙数だけでいえば、いわゆる露出狂などに適用される公然わいせつ罪の1784件よりも多い数字です。



警察の組織力をもってすれば「なかったこと」にするのは容易いはずなのに、これだけの検挙数があると、やはり警察に抵抗したことを懲らしめて、見せしめにしているようにもとらえられるでしょう。



なぜこれだけの検挙数があるのか、まず考えられる理由は、公務執行妨害罪を伝家の宝刀のように考えている警察官が一定数存在していることが挙げられます。



残念ながら、警察官のなかには、公的な権力が与えられていることを自分の特権だと勘違いし、相手を煽るだけ煽っておいて抵抗すれば公務執行妨害罪で逮捕するという人がいるのは事実です。



もうひとつの理由は、市民の目に対する警察のメンツです。



たとえば、酔って暴れている人がいるという通報を受けて警察官が駆けつけたところ、気が大きくなっている相手はひるむどころか暴力をもって立ち向かってきたとします。



当然、自分は攻撃をかわしつつ、相手にも必要以上のダメージを与えずに制圧するのが理想的ですが、現実はそう簡単ではありません。もみ合いになる中で、やはり何発かはパンチ・キックを受けることになるでしょう。



すると、その様子を見ていた周囲の人からは「警察官に攻撃を加えたのだから、公務執行妨害罪だ」「これは逮捕されるな」という視線が注がれます。こんな市民の視線を浴びながら、まさかお咎めなしというわけにはいきません。



逮捕の要件に警察のメンツは含まれないのは当然ですが、要件に合致する状況があれば強い姿勢を見せる必要もあるので、逮捕・検挙せざるを得ないという寸法です。



●公務執行妨害は「誰得」でもない

犯罪になるとわかっていても、相手のことをどうしても許せなくて暴力を振るうことがあれば、生活費が足りなくて食品を盗むこともあるでしょう。相手を殴れば怒りに満ちた感情が少し落ち着くかもしれないし、盗みが成功すれば空腹を満たせるかもしれないと思えば、罪を犯すのは自分の利益のためだといえます。



もちろん、相応の罰を受けることになりますが、それだけ思いつめ、追いつめられる事情を抱えている人も少なくないのが現実です。



しかし、公務執行妨害罪にあたる行為には、当事者にとって何のプラスもありません。公権力に対抗したいという感情が原動力だったとしても、ほぼ確実に検挙されるのだからそれに見合うだけの満足は得られないでしょう。



一方で、警察官にとっても「公務執行妨害で逮捕した」という事実は胸を張って言えるものではありません。わざわざ「私には相手を落ち着かせて現場を丸く収める話術も、襲われたときに安全に制圧するスキルもありません」とみずから恥をさらすだけです。



沖縄の事例のように逮捕の様子がSNSに投稿・拡散されて事実関係の調査やマスコミ対応に追われるのも、組織としては望まない展開でしょう。



何度も公務執行妨害に遭っていると、職務執行に問題があるのではないかと上層部から疑いの目を向けられることにもなります。どんなに公務執行妨害罪の容疑で逮捕・検挙してもプラスの評価は得られないので、警察官にとっても得はありません。



まさに「誰得でもない」のが公務執行妨害罪。あらぬ疑いや言いがかりをつけられてしまう危険がないとも断言できませんが、警察側も積極的に適用したいわけではないという事実を知れば、必要以上の警戒は無用です。



【プロフィール】 鷹橋公宣(ライター):元警察官。1978年、広島県生まれ。2006年、大分県警察官を拝命し、在職中は刑事として主に詐欺・横領・選挙・贈収賄などの知能犯事件の捜査に従事。退職後はWebライターとして法律事務所のコンテンツ執筆のほか、詐欺被害者を救済するサイトのアドバイザーなども務めている。