2022年11月12日 10:01 リアルサウンド
「虫を見たらすぐつぶしちゃう人って多いですよね。でも、そのつぶされる虫自体はとんでもなく機能的で美しいんです」
部屋の中に小さな虫が飛んでいる。いやだな、と思いパチンと手で叩き潰す。誰にでもある日常的な動作であろう。その虫が一体どんな虫なのか、ほとんどの人は考えたこともないのではないか。
電子顕微鏡一級技士の渡邊孝平さんの仕事は、電子顕微鏡を使い病気の患者さんの細胞を撮影することだ。その電子顕微鏡を見る技術を使い、肉眼ではほんの小さな点にしか見えないような、わずか数ミリサイズのミクロの虫たちを拡大し、写真に収めてきた。その初めての書籍が「電子顕微鏡で見る昆虫・奇蟲図鑑」(グラフィック社)である。
「普段の仕事では、細胞の向こうに一人の患者さんがいる。その方の病気の治療のために一生懸命撮影しています。虫を撮影するのはただ単に私自身が楽しくて、もっと見たい、電子顕微鏡でなければ見えない拡大サイズで、小さな虫にこんな大きな魅力が隠れているんだってことを、ほかの人にも見てほしいという気持ちです」
人の目の数百万倍の倍率を持つ電子顕微鏡で見る、小さな虫たちの姿。例えば口、爪といった一部分の拡大写真は、一見虫とはわからず、古代の海洋生物や植物のようにも見える。
「虫の体の構造は大きな虫でも小さな虫でも、基本的な構造はそれほど変わりません。でも大きな虫なら肉眼でわかるその構造が、小さな虫は気づいてもらえない。電子顕微鏡で見ると、頭の形、節の構造、そうした細部の美しさや機能性が一目瞭然でわかるんです。小さいものに隠れたダイナミズム、それを電子顕微鏡で引き出していく。多くの人が一瞬でつぶしてしまう虫に、こんなカッコいいディテールが隠れていたんだと」
本書の筆頭を飾るのはアカハネナガウンカ。そのあとにウスマエグロハネナガウンカ、テラウチウンカと、ウンカが3種類続く。3種類のウンカの頭部が並ぶが、肉眼でみたらおそらく気づかないだろう、その形の違いに驚かされる。
「ですよね! どの虫も、いろいろな角度から撮影してみるのですが、『え、こんなカッコいい形をしていたんだ!』と驚かされることばかりです。デザインが多彩で、いくら見ても見飽きない。身近な山や川、草むら、家の中にも、こんなすごい生き物がいるということに、本当にワクワクしますし、まだまだ見ていない虫がたくさんいるのだと思うと、興味は尽きません」
本にまとめる際も、マニアの人に向けてというよりも、こうした小さな昆虫の魅力をまだ知らない人に「こんなに美しい、かっこいい世界がある」と感じてもらえるような写真を中心に選んだそうだ。
「タイトルにある奇蟲というのは、『この虫は奇蟲、この虫は昆虫』という明解な定義があるのではなく、趣味人の、生き物好きの人たちのこだわりみたいなものです。万人受けするかっこよさや美しさがある虫じゃなくて、なんというか得体の知れなさ、よくわからない変な生き物、そんなカテゴライズでしょうか。一般的にはちょっと気持ち悪いと思われるものが多いかも。でもその得体の知れなさ、わからなさが、虫たちの奥深い魅力となっている、とでも言いましょうか……」
この本に載せた昆虫・奇蟲はどれも渡邊さんのお気に入りだが、ベスト3ショットはアカハネナガウンカの顔、ベトナムシラトゲダンゴムシの突起、バルバドスカギムシの爪だそうだ。
アカハネナガウンカ ベトナムシラトゲダンゴムシ バルバドスカギムシ
「ミツバチやミミズなど、皆さんの身近な昆虫や奇蟲も収録されています。ネコノミなんか、猫を飼っている人には害虫以外の何物でもないでしょうけれど(笑)、私からすると直感的にかっこいい!ってなっちゃうんです」
電子顕微鏡は1931年にドイツのエルンスト・ルスカが透過型電子顕微鏡をマックス・クノールと共同開発したのが始まりで、1937年にやはりドイツのマンフレート・フォン・アルデンヌが走査型電子顕微鏡を開発し、この二種類の電子顕微鏡が現在もそれぞれ進化を遂げている。
「私は日立ハイテク社製の卓上走査型電子顕微鏡を使用して、撮影を行っています。私物ではなく、使わせていただいているものです。買うとたぶん6~700万円はするんじゃないかと。養老(孟司)先生は私物で持っているってきいたことがあります。うらやましい(笑)。これが今後もっと安価になると、例えば学校などで子どもたちも使えるようになって、こうした小さな虫たちの世界に触れる機会が増えて興味を持ち、より多様な世界があることを感じてくれたら嬉しいなと思います」
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