2022年11月06日 09:41 弁護士ドットコム
客からの暴言や暴行、不当要求などで働く人の就業環境を害するカスタマーハラスメント(カスハラ)。クレームに対するお詫びとして多量の菓子を渡す慣習を断ち切り、業界全体のルールづくりに取り組むのが菓子業界だ。
【関連記事:花嫁に水ぶっかけ、「きれいじゃねえ」と暴言…結婚式ぶち壊しの招待客に慰謝料請求したい!】
菓子業界の消費者対応を行う「日本菓子BB協会」は2017年、菓子の現物がなければかわりの商品を送らないという共通ルールを決めた。カルビーでお客様相談室長を務めた経験もある、日本菓子BB協会のアドバイザー・天野泰守さんに悪質クレームの実態や取り組みを聞いた。(ライター・国分瑠衣子)
――業界の共通ルールを決める前は、悪質クレームにどう対応していたのでしょうか。
クレームがあった商品のお詫びとして、たくさんの商品の詰め合わせを渡す慣行がありました。
工業製品と違い、お菓子は焼いたり揚げたりする過程でどうしても形にばらつきが出ます。お客さまの主観による「欠けている」とか「味が合わない」などの要望を全部受け入れてしまっていたんです。
本来なら現物を送ってもらって原因究明・再発防止策を行うべきなのに、現物がなくても商品を送っていました。「たくさんの商品をあげればお客さまが喜ぶ」とか、「顧客創造のため」という理由をつけてエスカレートしていったのです。菓子は非常に多くの種類があり単価が安いです。単価の安さから安易な理不尽なクレームに対しても強く言えなかった面があったと思います。
緊急性を要しない案件でも「取りに来い」と言ってきて、手土産を持ちお客さまのところへお詫びに行く場合、手土産代や交通費、人件費を考えると100~300円のお菓子が1万円以上になるケースもあります。
フリーダイヤルもそうです。20年ほど前に「お客さまのために」と各社が右へならえで一斉にフリーダイヤルを導入しました。企業がフリーダイヤル費用を負担するのは、原因究明や再発防止という意識からではなく、お客様が喜ぶカスタマーサクセスのためだと勘違いしていたと思います。
いまだにフリーダイヤルを貫いている会社もありますが、セーフティーネット的な役割は電話だけでなくなりました。料金の安いナビダイヤルに切り替えた会社も多いです。
――長く続いた慣習を変えたきっかけは何だったのですか。
カルビーから日本菓子BB協会に出向した2015年、あることに気付いたからです。菓子業界は業界全体の売上高の約8割を大手30社ほどで占めています。が、中小企業もたくさんあります。中小の菓子メーカーが大手の過剰なクレーム対応で大変な思いをしていました。
中小企業には営業マンが全国に3、4人ほどの会社もあります。大手がやっているような対応はとてもできません。大手がクレームに過剰対応することで「あの会社ではこれぐらいやってくれたのに、おたくはやってくれないのか」と言われていたのです。理不尽な要求を断ることができなくなってきた企業側の非もあります。
そこで業界全体で統一した対応をしようと2017年に「現物がなければ、かわりの商品は送りません」とルールを決めました。スタートしてから今年で5年ですが定着してきました。
――リスク管理と顧客創造(マーケティング)を分けて考えたほうがいいということでしょうか。
そう思います。企業に良くなってほしいという気持ちから電話をかけてくる人は、昔と比べて減りました。
カルビー時代に経験しましたが、特定の商品が好きな人は本当に毎日同じ商品を食べているんですよ。あるカップ入りスナック菓子が以前に比べ、開けにくくなったというクレームが2件続いたことがあります。
3件目のクレームで原因を調べてみたら、カップを製造する特定の業者が接着剤を変えていたことが分かりました。毎日食べている人だから分かることだったと思います。ただ、今はそういう人は非常に少ないです。
クレームに丁寧な対応をしてファンになってもらう時代ではなくなった気がします。マーケティングはSNSでもできる時代になりましたし、私はリスク管理とマーケティングを切り離して考えてもいいのではと思います。
――協会で新たに取り組んでいることはありますか。
今年から協会が中心になり、各企業がカスハラのガイドラインを作り始めています。扱う商品やサービスへの考え方は企業ごとに異なるので、自社に合った対応マニュアルを作る必要があります。本当にお客さまが言っていることがまっとうなら対応は必要だし、過剰要求や虚偽なら拒否しなければなりません。
――クレームがカスハラにあたるかどうかの見極めは難しそうです。
難しいですが、悪質化するクレーマーが発するアラートはいくつかあります。私が講演で話すアラートは、名前や連絡先を言わなかったり、「誠意を示してほしい」とは言うけれど具体的にどうしてほしいか言わなかったり、上司や社長を出せなどとしつこく迫ったりなどです。
対応した人の人格否定やセクハラといった即時に拒否する判断基準をつくることも大事です。応対者のメンタルを壊すような行為も見受けられます。社会状況の変化と思いますが、客も何か言えば企業から何らかの物がもらえるような悪習慣が増えてきました。
――海外ではクレームにどう対応しているのでしょうか。
不備があれば買ったお店で交換することが定着しています。交換した商品の代金は店舗がメーカーに請求します。協会として海外研修を行っていますがヨーロッパで「日本のメーカーでは年間何十件ものクレームがくる」と言うと驚かれます。
――「お客さまは神様」の考え方が日本には根強いのかもしれませんね。
それもありますが、差別化を図ろうとした大手企業の「歪んだCS(顧客満足)」があったのだと思います。
もちろん菓子メーカーとして誤飲や誤食、アレルギー対応については最重要課題として取り組まなければなりません。ただ、やる必要があることと、やらなくてもいいのにやっていたことが混在していました。
顧客への「神対応」がほめられた時代もあり、私もカルビー時代は「神対応」だとネットに書かれたことがありました。今はそれが間違っていたなと反省している面もあるんです。
本来は全ての顧客に同じ対応をすることが誠意なはず。特定の人に特別な対応をしてそれがSNSで拡散されれば、業界は自分の首をしめることになってしまいます。
厚生労働省が企業向けのカスハラ対策ガイドラインをつくりましたが、業界の成り立ちやビジネスモデルなどがそれぞれ違うため、業界ごとのガイドライン策定やそれに沿った自社の対応マニュアルへの落とし込みが必要だと思います。
昔は顧客対応は担当の部署でやれという雰囲気がありました。しかし、消費者や社会が変わってきている今、会社や業界全体で自分たちを守る鎧(よろい)を作らなければなりません。