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沖縄・高校生失明事件 「二重の意味で違法だった」元警察官の弁護士が指摘

2022年11月05日 08:01  弁護士ドットコム

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今年1月、男子高校生が警棒を持った警察官と接触し、失明する事件が沖縄市内の路上で発生した。これを受け、沖縄県警は11月2日、男性警察官を特別公務員暴行陵虐致傷の疑いで書類送検した。


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琉球新報などの報道によれば、事件当日、バイクが暴走しているとの通報を受けた警察官が警戒中、警棒を持って男子校高校生を制止しようとした際に接触したとみられる。



特別公務員暴行陵虐致傷とはどのような罪なのだろうか。また警察官はどのように行動するべきだったのか。元警察官僚で警視庁刑事の経験も有する澤井康生弁護士に聞いた。



●Q.特別公務員暴行陵虐致傷罪とは何か?

特別公務員暴行陵虐罪(刑法195条)は裁判、検察、警察の職務を行いまたはこれを補助する者が、その職務を行うにあたり、刑事被告人その他の者(証人、参考人も含まれます)に対し暴行を加えることによって成立する犯罪です。



この犯罪は被害者の生命・身体を守るためだけではなく、国家の司法・行政作用の適正を担保するために特別に制定された犯罪類型です。



そのため一般の暴行罪(刑法208条、2年以下の懲役)と異なり法定刑が7年以下の懲役、とかなり重くなっています。



沖縄県警が発表した事実関係を前提とすると、本件では警察官が職務質問を行うためにバイクを停止させようと警棒を把持した状態で高校生につかみかかるなどの暴行を加えたことから、特別公務員暴行陵虐罪が成立し、さらに結果として目を失明させるという傷害を負わせたことから特別公務員暴行陵虐致傷罪(刑法196条)が成立します。



●Q.正当行為として違法性が阻却されることはないのか?

警察官は暴走バイクの通報があったことからこれに対応するために現場をパトロールしており、走行中のバイクを発見したことから職務質問を行うためにこのバイクを停止させようとしたものと思われます。その際に警棒を把持した状態で高校生につかみかかるなどの有形力を行使したことが問題となります。



まず職務質問は強制処分ではなく、あくまで相手方の承諾を得て行う任意捜査です。職務質問を行うために相手方を停止させるのも、相手方の承諾や協力を得た上で任意捜査として行う必要があります。



ただし、一切の有形力の行為が認められないわけではなく、強制処分にわたらない程度であれば個別の事案ごとに諸事情を考慮し、一定の有形力行使が認められる場合もあります。



この点、本件では走行してくるバイクに対し、高校生につかみかかるなどの暴行を加えて無理矢理バイクを停止させようとしたことから、もはや任意捜査の限界を超えた違法な有形力の行使と言わざるを得ません。



以上より、職務質問のための停止行為だったとしても違法であり、正当行為(刑法35条)として違法性が阻却されることにはならないと思います。



●Q.警棒の使用も違法なのか?

警察官の警棒使用については「警察官職務執行法」及び「警察官等警棒等使用及び取扱い規範」に規定されています。



警察官職務執行法7条は「警察官は、犯人の逮捕若しくは逃走の防止、自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる」と規定しています。



ただし、人に危害を加えるためには正当防衛が認められる状況や凶悪犯人が抵抗してきた場合など、一定の場合に限定されています。逆にいうと例外的な場合にあたらない限り、武器(警棒)を使用して人に危害を加えることは許されないということになります。「警察官等警棒等使用及び取扱い規範」4条もほぼ同様の規定を置いています。



本件ではバイクを運転していた高校生は凶悪犯人ではないし、バイクが停止しなかったというだけでは正当防衛が認められる状況でもありません。警察官が警棒を使用して人に危害を加えることは許されず、警察官職務執行法7条にも違反する行為だったと思われます。



したがって、警棒使用の点も警察官職務執行法7条違反と言わざるを得ず、この点からも正当行為(刑法35条)として違法性が阻却されることにはならないと思います。



●結論「二重の意味で違法であり、県警の措置は適正」

以上より、本件は(1)職務質問で停止させるために高校生につかみかかるなどの暴行を加えて無理矢理停止させた点で違法であり、(2)凶悪犯人が抵抗してきた場合や正当防衛が認められる状況ではないにもかかわらず警棒を使用して高校生に怪我をさせた点でも違法です。



したがって、高校生に失明という重篤な傷害を負わせた事実も考慮し、厳重処罰の意見を付けて送検した沖縄県警の措置は適正だったと評価できます。



●Q.警察官としてはどのように行動すべきだったのか?

報道によればこの警察官はつかみかかったことについて「とっさのことだった」と供述しているそうです。



おそらくこの警察官も悪意があってやったわけではなく、暴走バイクの通報を受けて現場に向かったところ、前方からバイクが走行してきたので停止させて職務質問しようとしたのでしょう。その際、受傷事故防止のために警棒を把持した状態だったのでしょう。



バイクが停止しないでそのまま通過しようとしたことから、なんとか停止させなければと思い「とっさに」高校生につかみかかるなどの有形力を行使してしまった、そして右手に警棒を把持した状態だったことから警棒が高校生の目にあたってしまったということではないでしょうか。



弁護士や裁判官は後から確定した客観的事実を前提として冷静に判断することができますが、現場の警察官は刻一刻と変化する流動的な事象に対応してその場その場で適切な判断が求められます。その意味ではかなり難しい判断を即断することが求められる場合もあります。



本件のような場合、無理矢理バイクを停止させるのは相手にとっても警察官にとっても極めて危険な行為です。任意に停止させることができなければ、ナンバーや人相を記録して無線でパトカーに応援を求めるべきでした。



現場でとっさであっても正しい判断をできるようにするためには、こういう場合にはこういうふうに対応する、というケーススタディを学ぶとともに先輩警察官に同行して場数を踏んで経験値を増やすしかありません。



私の立場から現場の警察官にアドバイスするとしたら、職務質問は犯罪検挙の端緒となることが多いので積極的に実行してもらう必要がありますが、あくまで任意が原則なので、少し難しいシチュエーションだと思ったら一人で無理しないで応援を求めて組織で対応するようにすべきだということになります。




【取材協力弁護士】
澤井 康生(さわい・やすお)弁護士
警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する。ファイナンスMBAを取得し、企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士試験や金融コンプライアンスオフィサー1級試験にも合格、企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。陸上自衛隊予備自衛官の資格も有する。現在、朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。毎月ラジオNIKKEIにもゲスト出演中。新宿区西早稲田の秋法律事務所のパートナー弁護士。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。
事務所名:秋法律事務所
事務所URL:https://www.bengo4.com/tokyo/a_13104/l_127519/