2022年10月28日 17:11 弁護士ドットコム
俳優の今泉佑唯さんが10月26日、自身のブログを更新。「記者の方の待ち伏せやつきまとい行為があり、精神的にもう耐えることができませんでした」と芸能界引退を発表した。
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今泉さんは2021年1月、人気YouTuberの男性との結婚・妊娠を発表。その後、男性は未成年の女性にわいせつ写真を送るよう要求していたとして、逮捕・略式起訴されていた。
今泉さんは「週刊誌の記事で生活のたった一部を切り取ってそれが全てかのように書かれてしまうこと、事実ではないことが拡散され続けることが多く、悩まされていました」と告白。
「数か月前から週刊誌の方だと思われる車が自宅前に停まっていたり、車や徒歩でついてこられたりすることが多く、気の抜けない毎日がストレスになり突発性難聴を患いました」など記者の待ち伏せやつきまといが耐えられないと説明した。
産婦人科の入り口付近で、男性が何度も院内を確認し待っていたり、そのまま自宅までついてこられたりすることもあったという。
「実家も特定され、大切な家族まで巻き込まれて怖い思いをしています」と話し、家族を巻き込まないために引退を決意したという今泉さん。過度な取材が違法になるケースはあるのだろうか。芸能問題にくわしい河西邦剛弁護士に聞いた。
——どのような場合、芸能人に対する取材が違法になるのでしょうか。
取材行為そのものを直接規制する法律はありませんので、記者の取材行為についても一般的な刑事・民事の法律で考えることになります。
例えば、勝手にマンション内に立ち入れば建造物侵入罪や不退去罪になる可能性がありますし、民事については、例えば、家の中まで望遠レンズで撮影すればプライバシー権侵害で損害賠償の対象になります。
——今泉さんは記者から双眼鏡やカメラを向けられ、恐怖を感じ警察に相談したものの、「記者も仕事だからどうすることもできない」と言われたと書いています
今泉さんが主張していることを前提にすれば、記者が四六時中付け回すことは「ストーカーと同じじゃないか」と思われる方もいらっしゃるとは思います。
ただ、ストーカー規制法は恋愛感情に基づくつきまとい行為等を規制しているので、記者の取材は対象外になります。警察の真意は定かではありませんが、「記者も仕事だから」という発言は、恋愛感情に基づくものではないのでストーカー規制法の対象外ということを意図しているのかもしれません。
——過去に芸能人に対する取材が違法になったケースはあるのでしょうか
過去に芸能人に対する取材行為の違法性やプライバシー権が問題になった裁判として「ブブカスペシャル事件」(平成18年4月26日東京高裁判決)があります。
この裁判の判決では、私服姿で路上を通行中の写真、制服姿で通学中の写真、実家の所在地を示唆する写真、芸能人になる前の写真などの掲載について、プライバシー権侵害が認められました。
この判決を前提にすれば、今泉さんの実家が特定されるような情報を掲載したことについても、違法と判断される可能性は十分にあります。
また、判決では、実家に関する写真について駅ビル名など背景の一部が黒塗りされていたとしても、駅前の風景等からどこの駅かは容易に特定できるという理論構成をしています。そうすると一部をモザイク加工していたとしても、掲載内容から実家が特定されるような掲載内容であればプライバシー権侵害となるといえるでしょう。
さらに、産婦人科に通っているという情報は、自己の病気や身体的特徴に関することであり、他人には特に知られたくないプライバシーの最たる情報です。写真がなくても、通院情報の暴露はプライバシー権侵害になる可能性は十分にあり得ます。
これは記者だけでなく個人のSNSや暴露系YouTuberにもいえることで、芸能人の日常生活を隠し撮りしそれをSNSにアップすればプライバシー権侵害となり、民事上の損害賠償義務が生じる可能性は同じようにあります。
——今泉さんは「表に立つお仕事をしている以上、こういうことにも耐えなくてはいけないと思っていました」と告白しています。芸能人と一般人とで、判断基準は異なるのでしょうか
「芸能人だからしょうがないんじゃないの?」といういわゆる「有名税」理論もあるかもしれません。しかし、「ブブカスペシャル事件」の判決では、芸能人にも公私の区別があり、芸能人だからといって不利益な取り扱いはなされない、芸能人だから仕方ないというのは「論理の飛躍」であるとされています。
——最近は暴露系YouTuberの動画も人気を集めています
取材する側は「表現の自由」「取材の自由」を声高に主張し、真実の追及として芸能人のプライバシーに踏み込んできます。そして今や、記者だけでなく暴露系YouTuberが登場したことで、芸能人のプライバシー権侵害のリスクは上がる一方です。
こうした社会的状況の変化のなかで、記事公開に至らなくても、その前段階である取材行為についても、民事上の損害賠償責任が認められる可能性は十分にあり得ます。そして、その記者の所属を特定していけば、記者本人だけでなく所属する会社に対しても使用者責任を追及することも可能です。
今泉さんは「週刊誌の記事で生活のたった一部を切り取ってそれが全てかのように書かれてしまうこと、事実ではないことが拡散され続けることが多い」と訴えています。
芸能人のプライバシー権侵害の特徴として、本来は記事には記載されていない憶測や噂まで含めて真実かのようにSNSで雪だるま式に拡大していくという特徴があります。こういった根拠のない噂や憶測をSNS上で投稿したり拡散する行為も、名誉毀損に該当する可能性があります。
【取材協力弁護士】
河西 邦剛(かさい・くにたか)弁護士
「レイ法律事務所」、芸能・エンターテイメント分野の統括パートナー。多数の芸能トラブル案件を扱うとともに著作権、商標権等の知的財産分野に詳しい。日本エンターテイナーライツ協会(ERA)共同代表理事。「清く楽しく美しい推し活 ~推しから愛される術(東京法令出版)」著者。
事務所名:レイ法律事務所
事務所URL:http://rei-law.com/