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京王電鉄、駅天井とエスカレーターに「琴」挟まるハプニング…鉄道会社が「長さ2メートルを超える物」の持ち込みを禁止するワケ

2022年10月28日 10:11  弁護士ドットコム

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壊れて停止したエスカレーター。ステップと天井の間に挟まっているのは、長い琴——。


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京王電鉄の仙川駅(東京都調布市)で、琴がエスカレーターと天井の間に挟まり、ステップが破損するという事故があった。事故により、翌日までエスカレーターは使用できなくなるなどの影響があった。



珍しい事故だが、他の乗客が巻き込まれていたらケガをしていた可能性もあり、京王電鉄は弁護士ドットコムニュースの取材に「大きい荷物や長い荷物を持ち込まれる際には、他のお客様に当たったり、施設に接触したりしないようご注意ください」と話している。







●「2メートルを超える荷物は持ち込めない」

京王電鉄によると、事故が起きたのは10月10日18時35分ごろ。挟まってしまった琴は当日に撤去され、翌日夕方までにはエスカレーターの修理も終えて再開したという。仙川駅では、再発防止のために、天井までの高さ(2.1メートル)を表示するなど注意を呼びかけている。



京王電鉄の旅客営業規則によると、持ち込みの荷物について次のように定めている。



「旅客は、携帯できる物品であって、列車等の状況により、運輸上支障を生ずるおそれがないと認められるときに限り、3辺の最大の和が、250センチメートル以内のもので、その重量が30キログラム以内のものを無料で車内に2個まで持ち込むことができる ただし、長さ2メートルを超える物品は車内に持ち込むことができない」



今回の琴は、通常よりも大きなサイズの種類とみられ、長さが2メートルを超えていた可能性が高いという。



また、気になるエスカレーターの修理費用だが、京王電鉄の広報担当者は、「お客様がいらっしゃるためお答えは控えさせていただければ」と話している。



万が一、持ち込んだ荷物によって他の乗客を巻き込む事故や、駅の施設を破損する事故を起こしてしまった場合、どのような法的責任に問われるのだろうか。鉄道に造詣の深い甲本晃啓弁護士に聞いた。



●一般論としては「修理費用の賠償責任ある」

——今回、取材では回答してもらえませんでしたが、一般論として、駅の施設を破損した場合、どのような責任に問われるのでしょうか。



もし設備に欠陥といえるような問題がなければ、利用者の不注意で施設を破損する事故を起こしてしまうと、民事上の不法行為(民法709条)にあたります。



法律上は、その修復費用について賠償責任が生じます。なお、不注意(過失)による器物損壊については処罰規定がないので、刑事責任に問われることはありません。



——持ち込んだ荷物が旅客営業規則が定める範囲を超えていた場合、より重い責任に問われることはありますか。



旅客営業規則は鉄道会社との輸送契約なので、制限範囲を超える物を持ち込んだ場合には、乗車利用を断られたり、下車させられたりすることがあります。



しかし、持ち込んだ物をぶつけて、駅の備品を破損する事故を起こせば、制限範囲を超えるかどうかで損害賠償責任が変わるわけではありません。なぜならば、損害賠償の額は、損害が生じさせた事情ではなく、発生した損害の内容で決まるからです。



逆に、制限範囲内であれば、賠償責任が軽減される場合もあります。例えば、今回の事故とは異なり、普段から問題なく持ち込めていた制限範囲内の長さの物をぶつけて天井を壊してしまったが、その日から工事のために駅構内の天井の高さが低い位置に変更されていたことが原因だったというようなケースを考えてみましょう。



このような場合であっても、長い物を持ち込むからには相当な注意は必要なので損害賠償責任を負うことには変わりありませんが、たとえば、注意を促す掲示などもなく「これは気付きにくいだろうな」と誰もが思うような状況での事故であれば、「過失相殺」といって、公平の観点から賠償金が減額されることがあります。





●安全上の理由から定められている「長さ」制限

——そもそも京王電鉄の旅客営業規則には「長さ2メートルを超えない」という制限がありますが、なぜ設けられているのでしょうか。



京王電鉄だけでなく、ほかの鉄道会社(JR東日本など)でも、これと同じ制限がそれぞれの会社の旅客営業規則で定められています。



規則には「車内に」とありますが、基本的には車内に持ち込めないものは、改札内・駅構内に持ち込めないのが前提ですから、駅構内の施設も、この制限をもとに設計されています。長いものほど危険で、ほかの乗客に迷惑を及ぼすことが想定されるため、どこかで制限が必要となります。



なぜこの2メートルという長さなのかというと、大きく二つの理由があります。一つは、鉄道車両のドアの高さが1メートル85センチ程度なので、2メートルというのは、携行したまま安全に乗り降りできる限界の長さであることです。



もう一つが、感電事故との関係です。電車は線路上に張られた架線から電気を取り入れて走る乗り物ですが、地域によっては2万ボルト、新幹線では2万5千ボルトの高圧電流が架線には流れています。怖いのは、架線に触れなくとも人や物がある程度の距離に近づくだけで雷のように放電がおきて、感電事故が発生することです。



面白半分で電車の屋根に上ろうとして、放電を受けて感電死するという痛ましい事故もときどき起きています。架線はホームの点字ブロックから5メートル程度は離れた位置にありますので、長すぎるものは感電事故を起こしかねない。このような安全上の理由からも、長さ2メートルという制限が設けられたと考えられます。




【取材協力弁護士】
甲本 晃啓(こうもと・あきひろ)弁護士
理系出身の弁護士・弁理士。東京大学大学院出身。丸の内に本部をおく「甲本・佐藤法律会計事務所」「伊藤・甲本国際商標特許事務所」の共同代表。専門は知的財産法で、著作権と特許・商標に明るい。鉄道に造詣が深く、関東の駅百選に選ばれた「根府川」駅近くに特許事務所の小田原オフィスを開設した。
事務所名:甲本・佐藤法律会計事務所
事務所URL:https://ksltp.com/