2022年10月22日 09:11 弁護士ドットコム
声を出したら殺すぞーー。8歳の千恵ちゃんは黙って涙を流していた。見知らぬ男に押し倒され、背中には草のひんやりした感覚があった。
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大分県の工藤千恵さん(50歳)は、塾帰りの道で見知らぬ男に誘拐され、性暴力を受けた。同級生に被害がばれるのが怖くて不安定になり、体調を崩しがちに。一生、被害者のレッテルを貼られて生きることが嫌になり、自暴自棄になった。
アルコールやセックスに依存した過去もありのままに話し、実名で講演活動をするのは、被害者の現実を、自分の生き方で証明したいとの思いがある。 10月14日に都内で開かれた全国被害者支援フォーラムの講演では、こう語った。
「完全に元の状態に戻れないのも現実です。 苦しみがゼロになることもない。過去と共に一生生きていかなければいけません。 だからといって、でも人生は終わりじゃないというふうに今思っています」
工藤さんを襲った加害者は逮捕されたが、それは終わりではなく、長く続く回復への始まりだった。
翌朝、新聞には匿名の記事が載った。しかし、同級生は皆知っていた。
「A子って千恵ちゃんなんでしょ?」「暴行って書いてあったけど、けがしてないやん」
ショックは大きく、保健室に通いがちになった。家では父親が酒を飲むと、加害者への憎悪をむき出しにした。温厚な父が変わってしまったようで、つらかった。
中学に行ってからも、影響は続いた。2年生の時、友人が「子供のとき、誘拐事件あったよね。あれは千恵ちゃんなんでしょ?」と言ったのだ。
こうやってレッテルを貼られたまま生きるしかないのかと自暴自棄になり、非行に走った。お酒を飲んだり、夜の街を出歩いたり。バイクに乗せてもらって「このまま死ねたらいいのに」と思ったこともある。
「自分は嫌い、自分は汚れている、私はやらしい、こんな私が幸せにはなれるはずがないとずっと思っていました」
高校を卒業して上京したものの、体を壊した。子宮の病気にもなった。体調不良が被害とつながっているとは思っていなかった。心も体もボロボロとなり、夢を諦めて地元へ帰った。
「性暴力被害は、その人の尊厳を踏みにじります。何十年にもわたって人生に影響を及ぼすこともあります」
回復の道のりはスムーズにはいかず、さまざまな依存症の傾向が出た。洋服店で試着して褒められれば、いい気持ちになり、ボーナスを全部使ってしまう。 たくさん酒を飲めることがカッコイイと思い、毎日のように朝まで飲む。自分を物のように扱った加害者への復讐の気持ちもあったのかセックスにおぼれた。
そんな日々を越え、高校の同級生だった男性と結婚して子どもに恵まれた。パニックになっても受け入れてくれる家族とともに歩んでいた40歳を迎えたころ、大きな転機があった。当事者同士の会合に行ったことだ。
「過去を振り返りながら、明るく共感し合える時間が私の心を動かしました。 みんなで食事して、その別れ際にハグをしたんですが、『今まで生きていてくれて、会いに来てくれてありがとう』と言われて、涙が止まりませんでした」
死にたいと望んでいたころから、彼女たちに会うために生きてきたんだと思えた。被害者支援ボランティアの研修を受け、2014年の春に初めて被害経験を語った。
それ以降、講演で登壇する時は、赤やオレンジなど明るい色の服と決めている。「被害者は暗い色の服を着て、かわいそうな人」という被害者像に抗うためだ。別世界のことではなく現実のことだと知ってもらおうと、実名にこだわっている。
本当につらかった被害者が実名で話せるはずがない、うそをついているとSNSで中傷を受けたこともあった。それでも声を上げ続けるのは、過去と向き合うことが自分の回復につながるとの思いからだという。
工藤さんは今年、夢だった自分のフルーツ専門店をオープンさせた。
「自分が望めば、トラウマや苦しみを持ったままでも、心から笑える日を迎えられる。回復の先には、光があるんだってことも合わせて伝えていきたい。いつからでも夢を叶えることができる、そのことも、私は証明したいと思っています」