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Netflixドラマ『シスターズ』が描いた、姉妹とお金の物語。接続する「小さな世界」と「大きな世界」

2022年10月21日 17:01  CINRA.NET

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Text by 西森路代
Text by 後藤美波

10月9日に最終回を迎えたスタジオドラゴン製作の韓国ドラマ『シスターズ』(Netflixで配信中)。脚本を『お嬢さん』をはじめとするパク・チャヌク作品の共同脚本を務めるチョン・ソギョン、演出を『ヴィンチェンツォ』のキム・ヒウォンが手がける本作は、予想のできない展開で配信のたびに考察合戦を呼び、最終回終了後も日本のNetflixで1位(テレビ部門)、グローバルランキングでも3位(非英語、テレビ番組、ともに10月2週目)に入っている。

『若草物語』に着想を得たという本作は、韓国の現代社会を生きる貧しい3姉妹を中心にしたサスペンスドラマ。物語は『若草物語』とはまったく異なる様相を見せるが、キャラクターの設定などにはその要素が感じられる。姉妹たちの個人的な物語と、韓国社会の情勢を反映した大きな物語の接続に着目しながら、本作の見どころを紹介する。

※本記事には『シスターズ』本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。

2014年の『大丈夫、愛だ』や、2015年の『キルミー・ヒールミー』などの登場により、韓国では、個人の心の安定や、癒しを求めるヒーリングドラマがひとつのジャンルとして成長してきた。近年はコロナの影響や、BTSの伝える「自分を愛そう」というメッセージともつながったことで、さらにに新たなヒーリングドラマがかたちを少しずつ変えながらも続々とつくられてきた。

近年の特徴としては、『椿の花咲く頃』(2019年)や『海街チャチャチャ』(2021年)、『私たちのブルース』(2022年)など、舞台が田舎町であることも多くなり、自分の生活や内面をどう健やかに保つかということに向かっていたように思う。それも現代人にとっては、重要なテーマだと思える。

しかし、ドラマのテーマが癒しや個人のあり方に向かう場合、そこに社会的な背景がまったく出てこないわけではないにしても、社会の問題が自己の問題と直接的にはつながりにくくなる性質もあるだろう。そんなところに現われたドラマが『シスターズ』であった。

3姉妹の物語を描く本作は、ルイーザ・メイ・オルコットの『若草物語』の4姉妹が現代にいたら、というところから着想されたという。なぜ本作は4人でなく3人姉妹の話なのかは物語が進むなかで明らかになる。

映画『お嬢さん』をはじめとするパク・チャヌク作品の共同脚本を手掛けていることでも知られるこのドラマの脚本家チョン・ソギョンは、ドラマの公式サイトやインタビューで、「最も小さな物語と、最も大きな物語の調和」にこだわったと語り、また「社会の底に流れる最も巨大な話と、私たちの日常を漂う最も小さくて具体的な話を同時に存在させたかった」とも言っている(*1)。

これを読んで思い出したのが、『ユリイカ』特集「韓国映画の最前線」(青土社、2020年)に掲載された、映画『はちどり』(2018年)の監督、キム・ボラのインタビューだった。

彼女はそこで、「(主人公の)ウニは内面の、家庭、学校など、さまざまな『崩壊』を経験します。この個人の『崩壊』が、橋の物理的な『崩壊』(1994年に起きた聖水大橋崩落事故のこと)、つまり韓国社会自体の崩壊に、映画的にどのように結びつくのか。その構造を探り、パーソナルなことと社会的なことを混ぜ合わせる過程が難しかったです」と言っていた。

また、私と『韓国映画・ドラマ わたしたちのおしゃべりの記録2014~2020』(駒草出版、2021年)を出版したハン・トンヒョン氏も、『ユリイカ』の同特集に寄せたコラムで、「『はちどり』は、主人公である十四歳の少女、ウニが葛藤する日々の個人的な『小さな物語」を通して、大きく変わろうとしていた当時の韓国社会という『大きな物語』を体感できるような構造になっているということだと思う」と書いていて、チョン・ソギョンが『シスターズ』を語る言葉とシンクロしていた。2020年前後の韓国映画やドラマには、作家にそのような試みをしたいと思わせるなにかがあるのだろう。

『シスターズ』の物語は、母親と3姉妹の食事のシーンから始まる。4人は、急な坂道を上ったところにある、お世辞にも裕福だとは思えない家(『パラサイト』は、坂の下にある半地下に家があったが、韓国の貧困層は、むしろ坂の上に多く存在する)で、質素な食事をとっていた。食事中、社会人である長女のインジュ(キム・ゴウン)と次女インギョン(ナム・ジヒョン)が、末っ子のイネ(パク・ジフ)のヨーロッパへの修学旅行のために貯めていたお金を渡そうとすると、母親は、なぜかイネにだけそんな贅沢はさせられないと反対をする。そして、母は翌朝、そのお金を持ち逃げしてしまった。

姉たちが再びイネのためのお金を工面しようとするなかで、姉妹の日常が見えてくる。インギョンは、テレビ局の記者をしているが、弱きものたちの現実をレポートしようとすると感情が溢れてしまう。その裏には緊張をやわらげるためにお酒に頼っていた事実があった。

インジュは建設会社で経理として働いているものの、短大卒である経歴や経済的な事情から周りと打ち解けられていない。ただひとり同じ境遇であった経理部のチン・ファヨン先輩(チュ・ジャヒョン)とだけは仲がよかったが、そのファヨンが自室で赤い靴を履いて謎の死を遂げたところを目撃してしまう。

後日、ファヨンは会社のお金700億ウォンを横領していたことが発覚。インジュは彼女からその裏金の一部である20億ウォンを託され、一瞬にしてお金持ちになってしまった。一方、インギョンが仕事で追っている弁護士のパク・ジェサン(オム・ギジュン)は、次期市長選に出馬するとも噂されていたが、彼が弁護した4人もの人物が、謎の自殺でなくなっていたことが発覚する。

また2話では、偶然にもその市長候補のジェサンの娘のヒョリン(チョン・チェウン)とイネが仲が良くなり、なにかと彼女の家で過ごすようになる。

こうして、姉妹は事件の渦中に放り込まれるのであるが、1話ごとに、怒涛の展開が詰め込まれており、ミステリーとしても、毎回、ハラハラドキドキしながら見ることができた。

そのなかでも、深い印象を残したのが、ジェサンの妻のウォン・サンア(オム・ジウォン)である。サンアは『ミス・コリア』出身で、ベトナム戦争で活躍したウォン・ギソン将軍(イ・ドヨプ)の娘。現在は美術館や奨学財団を運営している。彼女は数々の謎を残すが、オム・ジウォンが悪役を神秘的に演じきったことも、このドラマに惹きつけられる要因のひとつといえるだろう。

彼女が家のなかで育てる青い蘭や「閉ざされた部屋」などの、幻想的な要素や美術(こちらも、パク・チャヌク作品に関わっている美術監督リュ・ソンヒが参加)も魅力的で、これらの要素があったからこそ、少々、強引にも思えるところもあるミステリー展開にも引き込まれたのかもしれない。

しかし、このドラマで最も惹かれたのは、現代に生きる人々のリアルな問題を神秘的なミステリーのなかで同時に描いているところである。

2022年に放送された韓国ドラマには『アンナ』という作品もあったが、『シスターズ』にも、『アンナ』にも市長選と候補者の不正、そして格差社会が出てくる。これは偶然ではないだろう。

というのも、韓国では2020年に当時のソウル市長のセクハラ疑惑が明るみになり、その後自殺。補欠の選挙が2021年に行なわれるが、与党が敗退した。不動産バブルにあるソウルでは、マンションの価格高騰が続いており、選挙前に、土地住宅公社の職員や、大統領の側近が不動産スキャンダルを起こしたことも関係していると見られる。こうした話題が、人々の関心事となっており、おのずとドラマに「市長選」を登場させることとなったのではないだろうか。

そして、このドラマで「お金」は重要な意味を持つ。

物語の終盤ですべての罪を被せられ逮捕されたインジュは、偶然に手にした20億はほとんど返したと主張する。彼女がそのお金を使って買ったのは、アイスクリームやリップグロス、クシ、スリッパ、車用のディフューザー、冬用のコートなど。これらはインジュにとって贅沢品で、それまで気軽に買えなかったものだ。そんな些細なものすらも、日々のなかでは簡単には手を出しにくかったのだということがわかり、人々の生活にも接続している感覚が得られる。

弁護士の言う「世間はあなたにひどく腹を立てている。韓国の平均年収を4000万ウォンとすると、1万7500年分を違法に得たわけです。『法感情』ですよ。法は世間をなだめるようにつくられている」というセリフを聞いて納得した。彼女がやったことの裏で、ジェサンやサンアがどんなに卑劣なことをしていようと、どれだけ大きなお金が動いていようと、人は身近な人間が少し得をしたという感情で批判をしがちであるということはどこも同じなのだなと思い知った。

10月2週目時点で、『シスターズ』は日本を含む世界24か国のNetflix(テレビ番組部門)でトップ10に入っている

それに対して、インジュは公判で「私はスーパーでもらえるポイントにもこだわるので、(20億という)そのお金を無視できませんでした」と言っている。韓国の小説を読むと、この「ポイント」にまつわる描写から、いかに人々が苦しくギリギリの生活をしているかという描写に出くわすことがある。

チャン・リュジンの『仕事の喜びと哀しみ』(クオン、2020年)には、いやがらせで給料をポイントで支給されてしまう社員の話があり、現代における「ポイント」、そして「お金」の意味を考えさせられたし、クォン・ヨソンの『まだまだという言葉』(河出書房新社、2021年)のなかの「爪」という短編には、母の残した借金を返し、ギリギリの生活をしている主人公が、インターネットに張り付いて、ログインしただけでポイントが貯まるサイトや、半額クーポンで日用品を購入したり、ロトアプリでくじを引いたりする様子が描かれている。

『シスターズ』でも、姉妹たち──特にインジュのそのような爪に火を点すような日常が「小さな世界」として描かれ、20億を手に入れたことで、「大きな世界」と接続していた。

ドラマを最後まで見ても、やはり「お金」は重要なものであった。それは、「お金なんかなくても、個人の工夫と気の持ちようで、豊かに暮らせる」という自己責任的なこととは対局である。自身が困窮していることを認め、原因は個人ではなく、社会の構造にもあると描き、その構造に抗う人々の姿を描くことでも、「大きな物語」と接続した話になったのだと感じる。

また、最終的に姉妹がどのような道を歩むのかという結末にも納得させられた。インジュは念願の自分だけの家を手に入れる。それは、生きていくための支柱となるようなものであった。インギョンは、愛する人と歩むことを決意する。イネは姉に頼らず自分が目指す芸術の道を進み、またインジュが自分だけの家を手に入れることを祝福している。

この作品では、サンアの家に大きな蘭の木がそびえたっていた。それは、脚本家のチョン・ソギョンが共同脚本を手がけたパク・チャヌクの『お嬢さん』に出てくる、大きな木にも通ずるところがあり、家父長制度や、父という権力を示していることがうかがえる。

しかし、その木は『シスターズ』のなかでは、あることにより枯れてしまう。同時に、姉妹たちは、「家」というものでつながるのではなく、それぞれがバラバラに生きていくことが示唆されるが、それでも、姉妹の気持ちがバラバラに離れてしまったのではなく、「家」や「血」をかならずしも介さずとも、新たな隣人を得ながら、緩やかにつながって生きていくということが感じられた。

昨今は『パラサイト』や『はちどり』、多くの韓国エッセイなどに触れてみても、経済至上主義によって競争に参加させられた結果、疲弊した人々が、一度立ち止まって無理やり「成長」を煽られてきた現実に目を向け、冷静に振り返ろうとしている空気があり、そのことが冒頭でも書いたヒーリングドラマの人気にもつながったのだと思われる。

しかし、『シスターズ』(や、『アンナ』など)を見ると、単に立ち止まっているだけではさらに社会に振り回されてしまうことにも気づかされる。だからこそ、緩やかに連帯しながらも、タフに現実に立ち向かわなくてはという力強さを主人公たちから感じたのだった。