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『おひとり様物語』は人生の伴走者だったーー連載17年、見事なフィナーレを見届けて

2022年10月21日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 あああ、谷川史子の『おひとり様物語』が、今年(2022)の9月に刊行された、第十巻で完結してしまった。コミックの名物である、あとがき漫画「告白物語」に書いてあるが、足掛け17年の連載だ。これだけの長期連載になると、雑誌に掲載されているのが当たり前になっていた。しかも基本的に一話読切りであり、ストーリー漫画のようなクライマックスを感じることもなかったから、いきなりの完結だと思ってしまったのである。なにか、世の中の楽しみが一つ減ったような気分だ。だから、もう少し作品世界に浸っていたくて、書評で取り上げることにした。


参考:【漫画】谷川史子『おひとり様物語』自分はさみしい人間 でも、ひとりならどこへだってゆけると思う主人公への共鳴


 単純に一人を意味する言葉として〝おひとり様〟は、昔から普通に使用されていた。そこに、精神的な自立などの、前向きな意味が与えられたのは、いつ頃からだったろうか。広く使われるようになったのは、2005年の新語流行語大賞の候補に〝おひとりさま〟が選出されたあたりからだろう。本作の連載が始まるのが2007年だが、第一巻の「告白物語」によると、新連載が決定したものの白紙状態で悩んでいたところ、テレビのドキュメンター「おひとりさま物語」を見て、テーマを決めたそうだ。その頃には、もうメジャーな言葉になっていたことが窺える。


 記念すべき第一話の主人公は、二十八歳の山波久里子。独身で一人暮らし。彼氏もいない。書店で働き、家に帰ると、DVDを見たり本を読んだりしている。典型的な、おひとり様だ。ある日、失敗や不幸が続き、ダウナーな気持ちになる。このときの彼女の心理を、作者は鮮やかに表現する。一人暮らしの楽しさと、淋しさを体験したことのある人なら、大いに同意してしまうはずだ。そんな久美子が、あることで気持ちをリフレッシュして、今の自分を肯定する。このストーリー展開が巧みである。本作は基本的に十六ページなのだが、どの物語にも窮屈感がない。ストーリーの組み立てが優れているからだ。


 もちろんそこには絵の力もある。たとえば第五話。主人公の白石百合子は、31歳のOLだ。登場時はお嬢様に見える。だが5ページ目に出てくる、両親と暮らす家の外観が描かれたコマ(セリフやモノローグで、半分しか見えないのだが)で、ごく普通の家の娘だと分かるのである。さらにいえば部屋を描いたコマで、可愛いもの好きらしいことも分かる。この話だけでなく、作者は部屋の絵で、そこで暮らす人物のキャラクターを表現するのが抜群に巧い。こうした絵とストーリーが組み合わさることにより、最後まで淀みなくページを捲り、いい話を読んだという満足感を得られるのである。


 ただし第一巻を読んだ時点で、この連載はそれほど長くないと思った。おひとり様という枷がある以上、それほど物語に変化を付けられないと考えたのである。だがそれは杞憂であった。「告白物語」で、「ここでいう『おひとり様』には〝独身〟〝特定のパートナーなし〟の他に〝パートナーはいるけど物理的に離れている(遠距離とか)〟〝パートナーはいるけれど心が離れている〟などなども含まれます」とあるように、おひとり様のレンジを広く取っているのだ。


 たしかに恋愛を題材にした話は多い。しかしそれだけではなく、母親と娘の関係の話や、自意識過剰なOLがマイペースな会社の先輩に振り回される話、どこかに鍵を落とした主人公が人々の善意に救われる話など、実にバラエティに富んでいるのだ。ハッピーエンドもあれば、ビターエンドもある。だけど誰もがラストには前向きに、おひとり様の自分を受け入れる。本作の読み味のよさの理由は、ここにある。


 さらに主人公は社会人の女性が中心だが、女子大生や女子高生の場合もある。男性主人公の話まで、あったりするのだ。この幅広さも本作の魅力だろう。


 しかも巻を重ねるうちに、再登場する主人公が増えていく。最多は、五度登場した文筆業の佐藤多江だろうが、二度三度登場する人も少なくない。また、ある話で脇役だった人物が、別の話で主人公を務めることもある。読み進めると、どんどん物語の世界が膨らんでいき、何人かの登場人物の人生と、ほんのわずかの間とはいえ、伴走しているような気分になってしまうのである。


 そして改めて思うのだ。私は『おひとり様物語』と、長年にわたり伴走していたのだと。尾田栄一郎の『ワンピース』を始め、長期連載の漫画は少なからずある。自分の人生の傍らに、常に特定の漫画があるという人もいることだろう。このような漫画は、まさに人生の伴走者といっていい。それが完結によって途絶える。もちろん他にも伴走している小説や漫画はたくさんあるが、淋しいものは淋しいのだ。最終話となった第七十五話で、第一話の山波久里子が38歳になって登場し、『おひとり様物語』が見事なフィナーレを迎えたことを喜びながら、もっと伴走していたかったという想いを抱いてしまうのである。


 だが、嘆くことはないだろう。作者は現在、さまざまな〝はじめて〟をテーマにした『はじめてのひと』を連載中であり、単行本も第六巻まで刊行している。一つの作品の伴走が終わっても、谷川作品との伴走は終わらない。それはとても幸せなことなのだ。