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マオリ族タトゥーの女性アナ、「見た目が悪い」との苦情を一蹴。国内外で民族的タトゥー、復興の兆し

2022年10月19日 17:00  CINRA.NET

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Text by 岩見旦
Text by ケロッピー前田

2021年12月、ニュージーランド「Newshub」の午後6時のニュース番組に、アナウンサーとして、マオリ族の女性が下顎に施す民族的なタトゥー「モコ・カウアエ」を施したオリーニ・カイパラさんが抜擢されたことは、世界的に大きなニュースとなった。歴史に残る快挙であると報じられ、世界中が彼女のマオリ族としての勇気とプライドを称賛したが、とはいえ否定的な意見がないわけではなかった。

カイパラさんさんは2022年8月、自身のInstagramで、ある視聴者から「見た目が悪い」「理解できないマオリ語を話すのをすぐにやめるべき」と侮辱的なクレームが再三にわたって送りつけてられていることを明かしたのだ。

そして、カイパラさんはこの視聴者に対して、「(下顎タトゥーは)放送基準に違反していないし、苦情を真剣に受け止めるのは難しいです」と反論を展開。「モコ(マオリ族のタトゥー)は私も含め、アオテアロア(マオリ語で「ニュージランド」)の先住民固有の古くから受け継がれた文化的なタトゥーです。私たちに害や悪意はなく、このようなひどい扱いを受ける理由はありません」と強く主張し、「このような苦情はやめてください。(クレームを入れた視聴者の)文化的無知は古き1800年代のようです」と結論づけた。

この一連の騒動について、カイパラさんは地元メディアの『NZ Herald』の取材に、非常に多くの「素敵で思慮深い」メッセージが届いていると強調したうえで、「ごく少数とはいえこの種の苦情があるという事実は、あらゆる分野でマオリ文化の擁護者がなぜもっと必要かを証明しています」とコメントした(※1)。

カイパラさんがここまでこだわるのは、1769年、キャプテン・クックの最初の航海をきっかけにヨーロッパ人が流入し、のちの植民地化とキリスト教化でマオリ文化は大きく失われてきた過去があるからだ。一時はほぼ断絶していたモコに復興の兆しが見え始めるのは1990年代になってから。それでも、本当の意味でモコが蘇るのは、2007年にワイカト地域で女性が集団で下顎タトゥー「モコ・カウアエ」を入れてからという(※2)。

2006年に亡くなったマオリ族の女王テ・アタイランギカアフの死を悼み、16名の女性が一度に下顎タトゥーを入れた。同年にさらに2度のワンガナ(マオリ文化の学びの場)が開かれ、少なくとも計44人の女性たちが下顎タトゥーを入れた。また、そのうちの1人であるナフィア・テ・アウエコトゥクが中心となって、美しいモコの写真を多数掲載した『マウ・モコ』を出版した。カイパラさんが下顎タトゥーを入れたのも、それまでに多くの人々がマオリ文化の復興に尽力してきたこととつながっている。

一方、マオリ族に関する最近のニュースでは、アップルのiPhoneの顔認証のFace IDが、マオリ族の顔のタトゥーを認識しないという問題も報告されている。2022年8月、マオリ族のパーカ・エドワーズさんは、マオリ族の男性が顔全体に施す民族的タトゥー「モコ・カノヒ」を入れているが、貯金をはたいて購入したアップルのiPhone 13 Pro Maxの顔認証が使えないと主張し、話題になった。

アップルの顔認証は、ユーザーの顔を覚えてiPhoneのロックが解除してくれる機能だ。エドワーズさんは、「Face IDの設定をしようとしたら、『顔を認識できません。顔を覆っているものを取り外してやり直してください』というメッセージが表示されたんです」と呆れた顔で説明した(※3)。

同社の顔認証技術は帽子、スカーフ、サングラスおよび眼鏡を使用している場合でも機能する。さらにパンデミックでマスクを着用する人が増えたことから、マスクをしたままでも顔認証が可能なようにアップデートされている。「技術に不具合はない」とアップルはいうが、結局、製品交換してもやはり顔認証は使えない。エドワーズさんは、自身のTikTokアカウントのフォロワーに向けて、アップルの顔認証機能を誰でも使えるものにするよう一緒に声をあげて欲しいと呼びかけている。

顔にタトゥーを入れる方が問題だと考える人もいるかもしれないが、モコはマオリ族の文化的アイデンティティーであり、それを社会的に広く受け入れてもらうことこそが、彼らの文化活動の基礎である。マオリ族の顔のタトゥーの文様自体、その人を特定する個人認証の役割もあり、出生や血筋、社会的地位や特殊な技能の取得などの情報も含んでいた。タトゥーというプリミティブなかたちのIDが最新技術の顔認証では役に立たないとは皮肉な話である。

個人の偏見の問題ばかりでなく、顔認証の技術開発者が顔のタトゥーを想定していなかったことをはっきりと指摘することも民族文化を擁護しようという人たちには重要なことである。カイパラさんがいうように、あらゆる分野にそれぞれに精通した擁護者がいなければ、真の意味でのマオリ族の文化復興は達成し得ないのだろう。

ニュージーランドのマオリ族ばかりでなく、失われつつある民族的なタトゥーの文化を復興しようというムーブメントは世界中で動き始めている。

2021年12月、ファッション雑誌『ELLE』の表紙をアメリカ先住民のファッションモデル、クアナ・チェイシングホースが飾った。見ての通り、彼女の下顎と左右の目尻に刻まれた黒いラインは民族的なタトゥーである(※4)。

チェイシングホースは、アラスカのヘン・グウィッチン族の母とサウスダコタのシチャング・オグララ・ラコタ族の父との間に生まれた。彼女の母親ジョディ・ポッツ-ジョセフは長年先住民文化の復興に尽力してきた活動家であった。

14歳のとき、チェイシングホースはヘン・グウィッチン族の下顎のタトゥー「イディルトゥ」を入れた。それは子どもから大人になるための通過儀礼で、彼女の母親ポッツ-ジョセフが施術したという。このタトゥー施術は、ポッツ-ジョセフにとって初めてであり、その後民族的なタトゥー専門の彫師として活躍するようになった。

2020年12月、チェイシングホースは大手モデル事務所IMG Modelsと契約し、2021年5月にはファッション雑誌『Vogue Mexico(ヴォーグ・メキシコ)』の表紙を飾った。

『Vogue』のインタビューで、彼女は「ずっとファッションモデルをやりたかったけど、その業界で先住民出身のモデルを見たことがありませんでした。先住民に対する否定的な印象のため、自分には自信が持てませんでした。でも、それは変化しています。今日、若い世代は雑誌の表紙で先住民の素晴らしさを目の当たりできます」とコメントしている(※6)。

現在は20歳となったチェイシングホースには、もともと環境活動家としての一面もあり、北極圏での化石燃料採掘に反対してきた。それはアラスカで生活する彼女たちにとって、自分たちの聖なる土地である北極圏の大自然を守ることもまた、彼らの民族文化を守っていくために必要なことであり、同時に人類全体にとっても真摯に対応すべき問題だからである(※7)。

世界の先住民女性たちによる民族的なタトゥー文化の復興は、日本の沖縄出身の若い女性たちも大いに刺激している(※8)。

父親が沖縄県出身の平敷萌子(へしきもえこ)さんは、いまは断絶した琉球の民族的なタトゥー「ハジチ」に触発され、自分の手にタトゥーを入れた。その後、プロの彫師のもとでタトゥーを学び、彼女自身もハンドポークと呼ばれる原始的な手彫りで「ハジチ」のデザインを施すハジチャー(ハジチ専門の彫師)として、沖縄と東京を拠点に活動している(※9)。

平敷さんの曽祖母もハジチを入れていたそうで、そんな彼女の活動は海外メディアからも注目され、米国の『The Washington Post』でも紹介された。そこでは、沖縄出身の日系人がハジチにアイデンティティーを求めるケースなども具体的に語られ、また手にタトゥーすると隠しにくいために隠せる部位に入れたり、特殊なインクを使った一時的なペイントで試してみるなど、他の施術者の事例を含め、現実的なかたちでハジチのデザインを身体に施す方法も模索されている(※10)。

ハジチとは琉球王国であった奄美諸島以南の島々で、成女儀礼や魔除けとして手の甲や指背、手首などに彫られていた民族的なタトゥーである。1899年、ハジチは琉球を併合した日本政府によって禁止され、その後の日本同化政策のなかで野蛮な行為とみなされ、戦後に禁止令が解除されても新たにハジチを入れる人はほとんどいなかった。1990年代でもそれを施しているのは高齢女性ばかりであったという。

ハジチという琉球固有のタトゥー文化が完全に失われてしまうギリギリのタイミングでリバイバルへと動き始めていることは貴重である。いまだ堂々巡りのタトゥー議論に陥りがちの日本においても、そろそろ変化の兆しが見え始めている。

この時代の閉塞感を突破するためにも世界各地に残る民族的なタトゥー文化の復興が求められている。まずは世界で動き始めているタトゥーカルチャーの新しい動向に注目して欲しい。