逮捕されたり、暴言を吐いたりといったトンデモ経営者のニュースは枚挙に暇がないが、ヤバい社長の中には「思想が偏りすぎている」というタイプもいる。都内在住の男性(40代・会社員・手取り25万円程度)が新卒で入社した企業にも、そんなワンマン社長がいたという。
「当時は社会経験も少なかったので、とんでもない会社に入ってしまったと後悔しました」
男性はこう語る。というのも、会社の創業者でもある「社長」が、めっちゃくちゃ右翼っぽい人物だったからだという。(取材・文:昼間たかし)
朝礼で流れる社歌は軍歌風。そして始まる社長の演説
よりによって、なぜ、そんな会社に入ってしまったのか。そこには深刻な時代背景がある。男性が大学を卒業したのはちょうど2001年。就職氷河期の真っ只中で、当時の「就活」はメチャクチャ厳しかった。ネット就活もまだ始まっていなくて、エントリーシートは手書きの時代。大量の学生が少ないポジションを巡って、争っていた時代だった。
男性もそんな厳冬期の就活に苦しんでいたところ、知り合いを介してこの会社のことを知ったという。
「大学時代にとった、とある専門的な資格の保有者を各地の企業に派遣している企業と紹介されました。なんでも正社員で採用してくれるということで、その話に飛びついたのですが……」
ちょうど、その会社も有資格者を求めていたそうで、トントン拍子に採用が決まった。
「呼び出された本社があるのは新宿のオフィスビルです。見た感じは普通の会社だったんですが、社長室だけなぜか和風で茶室みたいなつくりになっていました。出てきた社長もちょっとコワモテな雰囲気でしたが、よくいる戦国武将とかに憧れている人かな、くらいに思っていたんですが……」
違う独特の雰囲気に気づいたのは入社初日のことであった。仕事は9時からと聞いていたのに、8時30分に出社すると、すでに全員が業務中。
そして、時計が9時になると、唐突にオフィスの全社員が立ち上がり、朝礼が始まった。
当時はzoomなどもなく、電話で各支店とを繋いで持ち回りで、挨拶を行うスタイル。電話口の向こうからきこえてくるのは「本日は○○支店、××が務めます!!」という応援団みたいな絶叫だった。そして、スピーカーから昔のラジオみたいにノイズの混じった、割れたような音楽が流れ出す。軍歌かと思ったら社歌だったそうだ。
「社長の訓示もあったのですが、内容は中国政府の批判とか、日本の若者を憂うとか……街宣車の演説みたいなのが続いたんです」
業務にはほとんど関係なさそうだ……。いったい、どういう方針なんだ。
社内ではサークル活動が盛んなのだが、あるのは柔道・空手・トライアスロンなど体育会系のものばかり。
「運よく、すぐに地方の企業に派遣されることが決まったのでサークルには入らずにすみましたけど、全社をあげて行う災害訓練とかよくわからない催しに参加を強制されました」
ミリオタだと思っていたら……
それでも、「一風変わった会社」程度に考えていた男性だが、真のヤバさに気づいたのは数年後のこと。たまたま社長の名前をネットで検索した時である。
「見つけたサイトでは、ある有名な右翼活動家の弟子として紹介されていたんです。それどころか、内戦が起きている某国に義勇兵を派遣しているなんて話も……それまでは、単なるミリオタかなにかと思っていたんですよね」
それでも、せっかく始めた仕事だし、自分が右翼活動に勧誘されるのでなければいいかと思っていたそうだが、最後には退職した。ちなみに、決定打は社長の思想ではなかったそうだ。
「3年経っても給料はまったく変わりません。地方に長期派遣される時はアパートを借りてくれるとはいえ、出張手当は月に1万円。おまけに3年目で、そろそろ有給休暇を取ろうとしたら<うちの会社には、そんな制度はない>というんです」
3年も有給を取得せずに「我慢」していたら、実は「そんな制度なかった」というオチ。いや、「正社員で有給なし」は、ルール上認められない(労働基準法39条)はずだが、そんな社長の会社だから実質的には無法地帯だったのだろう。絶対に揉めたくないよね。
そんな会社だから、すんなり「辞めさせてくれる」かどうか心配していたのだが、幸い「退職引き留め」もなかったそうだ。よかった。
男性は「社会をどうのという前に、自分の会社の改革のほうが必要ですよね」と語っていた。
ちなみに会社自体は今も存続していて、新宿の一等地に自社ビルを構えているという。2000年代と違って、いまはいろいろな形で情報集めがやりやすくなっている。入社前でも入社後でも、職場に違和感を覚えたらいろいろと調べてみるのがいいかもしれない。