2022年10月18日 11:01 弁護士ドットコム
非公開の弁論準備手続を、被告である国の指定代理人が録音した「盗聴騒動」をめぐり、弁護士から非難の声があがっている。
【関連記事:私の婚約者を奪った「妹」が妊娠、結婚式の招待が来た・・・妹と「絶縁」できる?】
録音機は国の退席後もオンになっており、発覚しなければ、裁判所が原告側に個別聴取するシーンも筒抜けになっていた。この事件では和解に向けた協議が進んでおり、相手方には伝えられないセンシティブな話が出ていた可能性もある。
試験におけるカンニングやスポーツのサイン盗みにも等しい行為で、弁護士ドットコムニュースが実施した緊急のオピニオン募集にも、「裁判所への信頼や紛争解決機能を根底から揺るがす」「まとまる話もまとまらなくなってしまう」など厳しい声が寄せられている。
問題が起きたのは、横浜地裁横須賀支部で10月11日に実施された弁論準備手続。米軍基地で働いていた女性が、国を相手に起こした労働裁判でのことだった。
国側が退席した直後、原告側代理人の笠置裕亮弁護士が、国の指定代理人の書類ファイルの下にスマートフォンに隠れるような形で置かれた録音機を発見した。
国や地方自治体がかかわる裁判では、弁護士でない行政庁の職員が指定代理人になることができる。この事件でも、録音していたのは防衛省の職員だったことがわかっている。
浜田靖一防衛相は、10月13日の参院外交防衛委員会で、弁護士でもある山添拓議員(共産党)の質問に答えて、「誠に遺憾だ」と発言。「事実関係を調査しており、確認した上で適切に対応したい」としている。
この件について、弁護士ドットコムニュースは会員弁護士に匿名・実名の選択式でオピニオンを求めた。
民事訴訟規則は、裁判長の許可なしでの録音を禁じている。国の指定代理人は許可をとっておらず、規則違反は明白だ。
「怒りの一言。たまたま発見されただけというのも恐ろしい」
「弁準はそもそも率直な話ができるようにすべき場面(だから書記官にも立ち会わせない裁判官もいる)の上、相手方が退席した状態でも録音されているリスクがあったら、まとまる話もまとまらなくなってしまう」
「これを契機に、手荷物検査などされても面倒ですし、裁判所としても困ると思います。対立当事者とはいえ、裁判所も含めてある程度の信頼関係で各種の手続をしています。今回の行為は、そういった信頼関係を全て破壊しうるものであって、およそ許されるものではないと思います」
ただし、原告・被告が同席している時の録音については、深刻な問題ではあるものの、片方が退席したあとの録音に比べると、その度合いは低いと考える弁護士が少なくないようだ。
たとえば、舛田正弁護士はこの2つを明確にわけて、以下のように指摘している。
「裁判のルール違反という点では問題だ。もっとも、双方同席時の不正録音の方は手控えと実質的には異ならないし、電話の全件自動録音やオンライン会議の録画もある現代においてルール自体が時代遅れの感もある。他方、個別聴取の無断録音(と言うより盗聴)はスパイ行為であり絶対に許されない。よりにもよって法令を最も厳守すべき国が行ったことは大変な問題である」
このほか、別の弁護士からも以下のような意見が寄せられている。弁護士の中でも「録音の解禁はするべきではない」という意見と、双方在席時なら問題ないのではないかという意見の両方があるようだ。
「弁論準備などの席で、メモ代わりに録音するのはアリだと思います。むしろ言った言わないの不毛な争いのほうが良くないです。現代の録音禁止という風潮の方が、根拠が不明だと思っています。これに対して、個別聴取の無断録音は極めて重大で許されざる事です。両者は厳然と区別した方がよいと思います」
今回、録音機を発見した笠置弁護士によると、裁判所に問われた国側は当初、事前の打ち合わせから録音しており、電源を切り忘れていたなどと「うっかり」を強調したという。一方で、「本日だけ」「内々の打ち合わせでしか利用していない」などと矛盾する発言もしていた。
実際に裁判所が調べたところ、過去2回の弁論準備手続の録音ファイルが見つかっており、故意である可能性が濃厚と言えるだろう。
河野邦広弁護士は、「個別聴取の場合に事件のファイルを置いて出ていくことはあり得ないので、故意の録音であることが明らか」と厳しい。
同様の見立てをする弁護士は多く、録音がどう使われていたかや、ほかの裁判でも録音されていないかなどを調査すべきとの声が出ている。
「他の国賠でも録音していたのではないかとの疑いが生じます」
「組織的におこなわれ、訟務検事も盗聴の事実を承知していたと考えるのが自然」
「盗聴については、誰がどのように関与したのか、そのことを知っていたのは誰かまで個人を特定して徹底的に調査されるべき。その上で厳正に処分する。法曹関係者であればしかるべき懲戒処分を受けるべき」
また、「個別事件の処理としては、録音していることが確認できる期日以降の、国側の主張立証は、全て民訴法の信義則に反するものとして、排斥すべき」との意見もあった。
再発防止に向けては、裁判所の指示が重要との声が多くみられた。一方で、河端武史弁護士は録音機器の進化に懸念を示している。
「裁判官が退出の際に荷物類などを全て持ち出すよう注意することが必要である。しかし、盗聴機器が進化している昨今それだけでは対策は困難である」
実際、笠置弁護士も10月12日の記者会見で、「スマートフォンで録音されていたら、裁判所が中身を確認するのもなかなか難しく、気づかなかった可能性がある」と話していた。
河端弁護士は抑止力として、「弁護士は懲戒があるため自重する部分はあるが、当事者にはそういったものがない。やはり法廷侮辱罪など訴訟遂行の誠実性を担保するための法改正が必要である」と提案する。
法的に何らかのペナルティを与えるべきという点では、ほかの弁護士からも複数の意見が寄せられた。実際にどこまで可能かという問題はあるとしても、弁護士の怒りが見てとれる。
「今回の盗聴も最初から盗聴するつもりであったと考えられるので、裁判所は当該職員を含む関係者を建造物侵入で告訴すべき」
「本件を原因とした国賠請求をし、高額な賠償額を裁判所が認定することが必要」
また、「法曹資格を持たない公務員を指定代理人にすることの是非も検討されるべき」との意見もあった。