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EXILE 橘ケンチ × 『魔眼の匣の殺人』今村昌弘 特別対談 人を本気で楽しませるエンタテインメントの作り方

2022年10月15日 12:01  リアルサウンド

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 『屍人荘の殺人』シリーズで、ミステリ界に新風を巻き起こした作家・今村昌弘。同シリーズの第二作目となる『魔眼の匣の殺人』が、2022年8月に待望の文庫化を果たした。閉鎖空間内で起きた事件の謎を解く〈クローズド・サークル〉ものに、大胆な特殊設定を加えた同シリーズは、ミステリファンのみならず幅広い読者を虜にしている。


参考:『屍人荘の殺人』から『魔眼の匣の殺人』へーー今村昌弘が到達した、クローズド・サークルの新境地


 EXILE / EXILE THE SECONDの橘ケンチもまた、同シリーズに魅せられた読書家の一人だ。本の紹介プロジェクト「たちばな書店」でさまざまなジャンルの本を紹介してきた橘ケンチは、『屍人荘の殺人』ならびに『魔眼の匣の殺人』をどう読んだのか。今村昌弘と橘ケンチの初対談をお届けする。(編集部)


■“謎”にページをめくらせる力があれば、それはミステリだ


橘ケンチ(以下、橘):今村さんは現在、神戸にお住まいとのことですが、東京にはよくいらっしゃいますか?


今村昌弘(以下、今村):刊行のタイミングで来て、書店訪問することが多いですね。『屍人荘の殺人』シリーズは3作目『兇人邸の殺人』まで刊行しています。今年の8月に2作目の『魔眼の匣の殺人』が文庫化しました。


橘:ここだけの話、相当売れてると思うのですが(笑)。


今村:おかげさまでシリーズ累計で120万部になりました(笑)。『屍人荘の殺人』が映画化されたのと、1作目の読者が2作目、3作目と読んでくださったのが部数が伸びた要因だと思います。普段ミステリを読まない方にも手に取ってもらって、魅力が伝わったなら嬉しいです。


橘:僕も本は好きなのですが、実はミステリはあまり読んでこなかったんです。記憶にあるのは〈ズッコケ三人組〉シリーズや〈三毛猫ホームズ〉シリーズを読んでいたことくらいで。今回の対談のお話をいただいて、久しぶりに読みましたが、ミステリの良さに改めて気付くことができました。


今村:僕も図書室にあった〈ズッコケ三人組〉シリーズや〈シャーロック・ホームズ〉シリーズ、〈アルセーヌ・ルパン〉シリーズが好きだったにも拘わらず、それほどミステリを読んでこなかったんです。「ミステリは好きな人が読むもの」とか「本当に好きじゃないとミステリは書けない」という思い込みもありました。


橘:小説はいつから書き始めたんですか?


今村:岡山大学を卒業後、放射線技師として働いていたんです。でも、働いているうちに「いずれは人を楽しませる仕事をしたい」という希望が湧き、我流で少しずつ執筆するようになりました。ライトノベルやSF、ファンタジーを読むことが多かったので、当初はそういうものを書いていたんです。


 でも僕自身の性格が理屈っぽいから登場人物もロジカルになってしまって、ファンタジーやライトノベルだと面白くならなかった。書いては新人賞に応募し続けていたのですが、29歳の時に3年間だけ本気で小説にチャレンジしようと思って放射線技師を辞めたんです。「ミステリって何なんだ?」と根を詰めて考えたのは、その時でした。


橘:なるほど。なんでミステリだったんですか?


今村:色々な作品を読んでみた結果、僕は「どんな作品でも、“謎”にページをめくらせる力があれば、それはミステリだ」という理解に至りました。読者はこの“謎”の正体を知りたいから、読み進める。ミステリなかでも「本格ミステリ」と呼ばれる、犯人当てや謎解きに主眼を置いた小説が、自分の理屈っぽい性格に合っていると思いました。


 実は初めて書いた本格ミステリ長編が『屍人荘の殺人』なんです。第27回鮎川哲也賞をいただきましたが、自分でも不思議でした。予選落ちばかりだったのに、自分にマッチするものを見つけた途端にここまで評価されるとは。


橘:役者さんの世界でもいわゆる“ハマり役”がありますが、それが1作目でバチンと当たったというのはすごい。


今村:ありがとうございます。デビュー1年目は夢のなかを歩いているような心地で、すべてが初めて見る景色ばかりでした。とにかく必死で駆け抜けた日々でしたね。


■ミステリ好きの読者を裏切りたくない


橘:ところで僕は、京極夏彦さんの『魍魎の匣』の舞台版に出演したのですが、それと『魔眼の匣の殺人』の「匣」という文字には関係があるのかなと気になっていたんですよ。


今村:まず『屍人荘の殺人』のような「〇〇の殺人」というタイトルは本格ミステリのシンボルですね。ベテラン作家さんたちのイメージをお借りしようという意図があって、2作目も引き継ごうと考えていました。加えて、「屍」と同じような、一般的には馴染みが薄い漢字を使おうと考えていたところ、「四角い建物が出てくるから『匣』がいいかも」と。もちろん、京極先生の作品も念頭に置いてました。


橘:『魔眼の匣の殺人』は閉じられた空間の中で殺人の予言が次々と当たっていくというパズル的な構造になっていて、京極先生が「まず物語の構造を作る」とお話していたことを連想させました。


今村:ミステリ作家は、まず設計図としてプロットを最初に作る人が多いです。最初に固めてしまうと、書きながら膨らませる余白がなくなってしまうという人もいますが、僕の場合は「このために書くんだ」ということを考えていないと面白く描けないんですよ。だから「後のストーリーにこう繋がっていくから、こう読ませたいから、こういうトリックを使って、こう書こう」と固めます。


橘:ミステリ作品では謎が進行しつつも、人間関係の軸が同時に走るじゃないですか。それが要所要所で絡み合っていくから、本当に緻密で見事だと感じました。


今村:謎と人間関係の関連は、特に時間を費やした部分です。最初に計算したストーリー、次にキャラクター同士の関係をこうしたいという構想、そして解決に向かうための合理的な描写、この3つがしっかりイメージできるまで書き出せないんです。だから書いている時間よりも、考えて成果がでない時間の方が長い。そこが苦しいところで、成果が上がらない日も多いんです。


橘:トリックもチープなものだと「これじゃダメだ」と深く考えたり?


今村:そうですね。「これくらいのトリックじゃ、ミステリ好きの読者さんは満足してくれないだろうな」と(笑)。最初に『屍人荘の殺人』を読んで話題にしてくださったミステリ好きの読者を裏切りたくない。売れた勢いだけで続編を出すのではなく、目の肥えた読者も楽しませたいという気持ちは大事にしています。


橘:個人的に『屍人荘の殺人』からは若々しさを、『魔眼の匣の殺人』からは濃密さを感じました。『屍人荘の殺人』は斬新なアイデアが物語に勢いを付けていた一方、『魔眼の匣の殺人』は「未来予知」というオカルティックな要素と本格ミステリとのせめぎ合いが読みどころになっていて、唸らされました。


今村:うれしいです。一作目は明智というキャラクターの顛末、パンデミック的な展開という、ミステリにおいては珍しいネタを入れたことで話題になりました。でも、それを続けてしまうと、今後のシリーズでそれ以外を書けなくなる可能性があるなと。だから、論理的な展開を大事にするべく、『魔眼の匣の殺人』では前作よりもミステリ濃度を上げました。


橘:なるほど。そういうユニークな着想はどこから生まれるのでしょう。


今村:僕はミステリを読み始めるのが遅かったので、普通のミステリファンなら中高生で経ているだろう「こういう斬新なアイデアがあるぞ!」という興奮を、遅れた形で詰め込めたんだと思います。『屍人荘の殺人』は僕自身もワクワクしながら書いた作品で、こんなバカバカしいアイデアをよく真剣にできたなと懐かしく思っています。


橘:今後も葉村譲と剣崎比留子を軸に物語は展開していく予定でしょうか? 先の構想などもあれば教えてください。


今村:ひとまず『兇人邸の殺人』でふたりのコンビ関係は一旦落ち着いて、いよいよ彼らが協力して事件を解決していくシリーズにしたいと考えています。毎回そうですが、次のことは全然考えてなくて、今に集中している感じです。こういう対談で伏線になりそうな発言すると、あとで大変なんです(笑)。読者の方に「あれはどうなるんですか?」と質問されても「俺もわからん!」と答えるしかないですね。


■「新本格」というジャンルに強く影響を受けた


橘:ちなみに今村さんの出身は長崎なんですよね?


今村:母が里帰り出産だったので、生まれたのは長崎です。育ったのは神戸ですね。


橘:日本でミステリ好きが多くいる地域とかはあるんですか?


今村:読者の方は日本全国にいらっしゃいますね。作家だと、京都大学推理小説研究会出身の方が何名かいらっしゃいます。ミステリー研究会出身で編集者になる人もいるみたいです。大学時代を過ごした岡山といえば、横溝正史。彼が卒業した神戸第二中学校は現在の兵庫高校で僕の出身校なので、実は遠い先輩に当たるんです。


橘:僕は日本酒が好きなので、その辺もよく行きます。


今村:日本酒にも地域ごとに特徴があるんですか?


橘:東日本は辛口寄り、西は甘味が強いという分布が主でしたが、最近はテクノロジーの発達であまり場所に左右されることがなくなり、その酒蔵の個性によりけりという感じですね。岡山の「赤磐雄町米」という酒米は日本で一番有名な品種で、仕入れている酒蔵は多いですよ。現地で瀬戸内の肴と合わせて飲むと美味しいです。お酒は飲まれますか?


今村:お酒自体は強いと思うのですが、家で飲む習慣がないんですよ。学生の頃の「ビール以外を飲むと値が張るから怒られる」という感覚のまま大人になったからかもしれません(笑)。ただ魚を食べる時はやっぱり日本酒が一番美味しく感じます。


橘:作家の方って飲みながら書いたりするイメージがあるのですが、今村さんはそういうことはされませんか?


今村:昔に比べるとそういう方は減っていると思いますが、ハードボイルド系の先生は今も豪快なイメージがあります(笑)。


橘:そういえば、北方謙三さんはイメージ通りの人で、ウィスキーのロックを飲んで、葉巻を吸っていましたね(笑)。絵に書いたようなハードボイルド作家です。


今村:とある新人賞では二次会、三次会で大御所の方々に連れられて洗礼を受ける、という話は聞いたことがあります。


橘:佐藤究さんが京極夏彦先生を紹介してくれたんですよ。もともと僕が丸山ゴンザレスさんと知り合って、舞台の題材になる作品について相談したら「最近よく京極先生と会ってるよ」と。丸山ゴンザレスさんと京極先生という組み合わせが謎だったのですが、佐藤さんが仲介したそうで。舞台『魍魎の匣』の稽古場に来てくださったときも、着物姿で黒手袋をしていました。普段からあの格好で驚きました。京極先生も「本格ミステリ」の作家さんなんですよね。


今村:そうですね。「本格ミステリ」は最後に犯人が名乗り出て終わりではなく、伏線を張って、証拠を集めて読者も解けるようにする形式です。1987年の綾辻行人先生のデビュー以降に起こったのが、僕が強く影響を受けた「新本格」というムーブメント。京極先生もその中心にいらっしゃる方ですね。


橘:その系譜が今村さんたちだと。


今村:そうですね。ドラマやマンガでも「伏線」という言葉をよく聞きますし、伏線がが回収されていく気持ちよさが世に浸透しているように感じています。


■コロナ禍のエンタテインメント


橘:今村さんは人を楽しませたくて作家になったと仰っていました。人を“本気で楽しませたい”というエンタテイナーの感覚は、僕らEXILEとも共通するかもしれません。


今村:うれしいです。エンタメに対する意識はコロナ禍で変化したように思います。人の活動が制限された反面、サブスクなどのサービスが浸透して、消費できるコンテンツが増えていきましたよね。そこで僕は「自分のやっているエンタメって何だろう?」と改めて考えたんです。小説は人のお金だけでなく、長い時間もいただく。代償として何かを課してもらうからこそ、それに見合うクオリティを保たなくてはいけないと感じるようになりました。


橘:僕もコロナ禍以降、意識に変化があったと思います。以前は自分たちが良いと思ったコンテンツ――言ってしまえばエゴを発信しても、ファンの方々には喜んでもらえると感じていました。でも、ライブができなくなって考えたのは「こうなってしまうと自分たちにはやることがないな」ということ。それで、今まで守っていた変なプライドみたいなものはどうでもよくなりました。こだわりがなくなったわけではないけれど、どんな形でも人々に喜んでもらえるなら何でもしようと思えました。


今村:すごくわかります。例えばサイン会などのイベントは、どうしても大都市が優先だったんです。でもコロナ禍になって、オンラインイベントが増えた結果、直接会えない寂しさはありつつも、全国の人が参加できるようになった。そうした経験を経て、大都市以外でもエンタメを身近に感じてもらう工夫はした方がいいという考えにシフトしました。


橘:ライブだったら直でファンの方から反応をもらえますが、原稿を書いた達成感はひとりで味わうものですから、僕らと作家さんとでは決定的に違いますよね。以前は喜びを分かち合えないのは寂しいのではないかと考えていたのですが、今はそういうエンタメのあり方にも興味を持っています。というのも、北方謙三さんがEXILEのライブを観た後に「橘ケンチの陰を見てみたい」と言ってくださったんです。華やかなステージの陽ではなく、内面の葛藤とか悲しみ、苦しみに興味を抱いてくださったんでしょうね。最近、そのことを思い出すんです。ポジティブな面だけじゃ人の魅力は測りきれないのかなと。


今村:小説は負の部分が面白く描けますからね。小説家としての5年間で、この業界は他のエンタメと比べると本当に特殊だなと感じるようになりました。EXILEさんの歌やダンスはテレビや動画配信サイトなどで見たり聴いたりして、「カッコいい」とわかっていて音楽を買ったり、ライブに行くじゃないですか。でも小説は中身がわからないまま買わなくてはいけない。だから消費者に冒険を強いるジャンルなんだなと。さらに作者が顔を隠していると本当に謎だらけの商品になる(笑)。僕の場合は宣伝だと理解して顔も出して、イベントも積極的に参加しています。


橘:自分の言葉で伝えていくことって大事ですよね。いくら良い作品でも読む人がいなかったら意味がない。


今村:そう思います。中には「これまで本を一冊を読み通したことがなかったのに、初めて読み通した」と言ってくれた高校生もいて、びっくりしたけれどすごく嬉しかったです。結構ややこしいこと書いてあるのに、よく読んでくださったなと(笑)。長年「活字離れ」や「小説離れ」が進んでいるとは言われていますが、きちんと届けば楽しんでもらえるはずなんです。だから伝え方や届け方は大事だなと思います。ちなみに橘さんは普段、どのように本を選ばれるんですか?


橘:ジャンルを問わず何でも読むので、書店に行ってその時の気分で手に取ったものを買う感じです。そういう体験が好きですね。


今村:書店って本好きにとっては宝箱みたいな空間で面白いですよね。


橘:いつか本屋を開けたらいいなという夢があります。


今村:素敵な夢ですね。書店で手に取ってしまうのは偶然じゃないんですよ。本は届けるべき人に届けようという書店の意思があって陳列されています。そういう魅力がもっと伝わるといいな。


橘:僕は本屋に行くことを「心の健康診断」と呼んでいます。その時に自分が選ぶ本の直感って結構当たりますよね。ページをめくって「そうそう、こういうのが読みたかった」となることは多い。


今村:不思議なことに自分に合わないものはあまり手に取らないんですよね。手に取るということは、それなりに自分に響くものということなのかな。もし書店で僕の本を見てピンときたら、きっと楽しんでもらえると思うので、ぜひ手に取っていただきたいです。