トップへ

なぜシトロエン? 日本人デザイナーが「C5 X」に関わるようになった理由

2022年10月11日 11:31  マイナビニュース

マイナビニュース

画像提供:マイナビニュース
シトロエンのフラッグシップモデル「C5 X」が日本でも発売となった。インテリアで目を引くのは「ダブルシェブロン」(シトロエンのマーク)を新解釈で表現したカラーマテリアルの面白さだ。そのマネージメントを担当したのは、フランスのシトロエン本社で腕を振るうデザイナーの柳沢知恵さん。そもそも、なぜシトロエンでデザイナーをしているのかも気になったので、ご本人に話を聞いてみた。


○もともとはプロダクトデザイナーになりたかった?



Q:お話を始めるにあたり、柳沢さんのお仕事であるカラーマテリアルデザイナーというのはどういうものなのかを教えてください。



ステランティス N.V. プジョー・シトロエンデザインセンターカラー&トリムデザインプロジェクトマネージャーの柳沢知恵さん(以下敬称略):おおまかにいうと、クルマのデザインは「エクステリア」「インテリア」「カラーマテリアル」の3つに分かれています。その中で私はカラーマテリアル、人が触れる素材の全てを担当しています。ボディカラーをはじめとする細かいところの色使い、内装もダッシュボードの素材からシート、天井材、ラゲッジにわたるまで、人が触れるところは全部、カラーマテリアルデザイナーとして監修しています。


Q:ではなぜカラーマテリアルのデザイナーになったのですか。



柳沢:小さい頃からモノを作ったりするのが好きで、美術系の大学に行こうかなと思っていました。美術系でもいろいろとあるんですけど、デザインの中でもプロダクトデザインに興味があったんですね。モノ作りという視点では、日本はプロダクトがすごく強いと思っています。世界で愛される量産品、プロダクトデザインがたくさん日本から生まれているということを常々感じていました。そうそう、偶然にも親戚が歯車工場を営んでいて、まさにシトロエンも歯車が始まりですから面白いですよね。もっとも、こちらはイカ釣り漁船の歯車で、日本の産業を支えています(笑)。



このようにモノ作りが身近にありましたので、日本でモノ作りに携わるのはいいなと以前から思っていました。そこで、自分が何かをするのであれば、プロダクトデザインかなと。



プロダクトデザインは企業に就職して“なんぼ”の仕事なんですけれど、大学の途中で家電系にいくか、自動車系にいくかという別れ道がくるんです。その時に、何かひとつのプロダクトを作り続ける家電メーカーではなく、自動車がいいなと思いました。自動車はすごく要素が多いでしょう。人が所有できる大きいものですし、乗り込める空間、インテリアもある。また街を彩る存在だったりもします。そういう多角的な要素がある製品に魅力を感じました。



ちょうどそのタイミングくらいからいろいろな自動車会社がインターンシップに力を入れ始めていたので、大学3年生くらいの時に、ある自動車メーカーに行ったんです。インテリアを中心とした室内空間の世界観みたいなものが好きだったので、そこを中心とした提案をしていきました。ただ、その提案の時に、形状云々よりも世界観の説明、能書きが長くなってしまったんですね。例えば日本の余白の美を表現した空間といったプレゼンをしたら、「そういう方向に進みたいのであれば、カラーマリアルデザインという仕事が君にはあっているかも」と教えてもらったんです。それがこの仕事との出会いです。


柳沢:カラーマテリアルの仕事ですが、色というのは好き嫌いで、誰でもなんでもいえてしまうんですね。ですから、選んでもらう人に、なぜその色にするのかとか、どうしてその要素が必要なのかという裏付けの説明をする必要があるわけです。それは社内での決定もそうですし、お客様にとってもそうです。選んでもらうときに、気持ちよく選べる理由とか道筋をつけるということが大事な仕事なんだというのを聞いて、とても興味を持ちました。まさにプロダクトの世界観をユーザーに伝える仕事です。

○「日本と欧米」ではなく「米と日欧」



Q:最初は日産に就職されたんですね。



柳沢:はい、ちょうど日産から「マーチ」や「フェアレディZ」が出て勢いがありました。そこにご縁がありまして入社に至りました。



Q:日産に入られて何年間かしてからルノーに出向されますよね。



柳沢:実はルノーに行ってみて初めてわかったのですが、日産とすごく似てたんですよ。日産はすごく楽しい会社で、みんなすごく仲が良くて家族みたいな雰囲気なんですね。それがルノーも似た感じだったんです。2012年から2014年までだったので、ローレンス・ヴァン・デン・アッカーさん(現ルノーのデザイントップ)が来てしばらく経った頃で、いろいろな組織改革が一段落して新しいチームができたという空気感のところに赴任させてもらいました。もうほんとうに楽しくて。その時点でアライアンスが10年くらい経っていて、日産とルノーは似ている会社だからこんなに長くアライアンスが続いていたんだなと思いました。匙加減や塩梅も同じ具合だし、日本人とフランス人ってすごく似ているんだなと思いました。



Q:どんなところが似ていると思ったのですか。



柳沢:日産はロンドンや北米、中国などの海外拠点と結構やり取りをするんですね。当時の私にとって欧米の人たちは、みんなスティーブ・ジョブスばりにプレゼンが上手で、主張や押しが強くて、すごく笑顔で格好いいという全部一緒くたのイメージしかなかったんですが、いまから思えば、それは北米の方のイメージで、いまから思えば欧州と北米の差がわかっていなかったんです。



フランスに行ったら、欧米の人は主張が強いというこれまでのイメージとは違って、もうちょっとみんな不器用なんですよ。自己主張が強い人はやっぱりちょっと煙たがられるし、日本人のような謙虚さや気遣いがあったりとか。感覚もすごく繊細で、色彩に関しても微妙な色合いへのこだわりとか、そのあたりが日本人と仕事しているときの感覚と近いなと感じました。それまではフランスの人と働いたことがなかったので驚きました。ですので、色彩感覚も含めて私の中では、欧米と日本というよりも、米と欧日。ヨーロッパの人は日本人に近いのかなという感覚があります。

○デザイナーはブランドに似る?



Q:それから日本に戻られた後、シトロエンに入社されますね。そもそもシトロエンのどういったところに惹かれていたのですか。

柳沢:ルノーでの仕事が終わり、帰国する前にパリモーターショーに行ったんです。そこで「C4カクタス」が発表されていて、それに衝撃を受けたんです。色や素材で遊びまくっているんですね。挑戦的な素材使いで、パープルやイエローの難しい色を量産車として採用していて、自分でも新車で欲しいと思ったほどです。結局、シトロエンに入社してすぐに購入しました。


Q:どういうきっかけでシトロエンに入られたのでしょう。そして、シトロエンの印象はいかがですか。



柳沢:日本に戻ってしばらくしたころ、シトロエンから声をかけていただいて入社しました。そこで感じたのは、デザイナー同士でブランドイメージの共有がすごくしっかりされていることでした。これってシトロエンぽいよね、ぽくないよねみたいなのが、みんなの頭の中にあるんです。それと、価値観が似ている人が多かったのも印象的でした。どうやらシトロエンぽい人が採用されているんですね。例えば”服かぶり”が結構起こるんです。「あれ、その服あそこのブランドのじゃないの、私も持ってるよ」みたいなことがすごく多い。そのレベルから(価値観が)似ている。



これはちょっと余談なんですけれど、出張に行くとそのあたりのブランドカラーが出ることが多いんです。シトロエンの場合、出張の際にはお昼ご飯の上限はいくらと会社で決まっているんですが、私たちはそこからはみ出してもいいからおいしいものを食べようよという空気になるんです。



実はイタリアのミラノサローネに出張で行った時なんですが、会期の途中で別のブランドのカラーデザインチームとちょうど一緒になったので、せっかくだからご飯をみんなで食べに行ったんです。そうしたら、出張費の上限はいくらか知ってるかとか、それ以下に抑えないとお金が返ってこないよとかいうんですよ。もちろん、これでブランドを語ってはいけないのですが、カラーデザイナーレベルでも、このくらいキャラクターが違うんですね。



これはちょっと笑い話ですが、私はすごく象徴的だなと思いました。この人たちはきっと、こういう風に日々仕事をしているんだなというのを強く感じたんです。たぶん、採用の段階で人の採り方が違うんでしょうね。そういう意味で、シトロエンは似た人がいる。出張だからおいしいものを食べちゃおうよという意見に、いいねいいねとみんなが賛同する。多分、これが別のブランドでしたら、いや、出張費の上限はいくらだよというきっちりとしたお母さんがいっぱいいるんでしょう。そこはもう、ほんとうに価値観の差ですよね。



Q:シトロエンのブランドイメージがデザイナー同士で共有されていると仰いましたが、それを言葉にするとなんでしょう。



柳沢:会社の公式的な標語ではないんですけれども、「ビー・ユニーク、ビー・ディファレント」、つまり他社とは違うということはよくいっています。あとは、「コンフォート」というのは常々いっていることです。また、私たちがよくフランス語でいっているのは「デ・キャレ」ということ。キャレというのは四角く整っているという意味なんですけれど、デと付けるとそれが否定形になるので、ずれているという意味になります。また、「オゼ」という言葉もあり、これは大胆という意味なんですけど、大胆とかずれているみたいな言葉は、オフィシャル用語じゃないのですがよく使っています。

○シトロエンの新しいアイコンをカラーマテリアルで



Q:シトロエンが久々のフラッグシップ「C5 X」を開発するにあたり、どのようなことを考えてカラーマテリアルのデザインをしたのでしょう。



柳沢:C5 Xはフラッグシップですので、シトロエンの新しいデザインアイコンをカラーマテリアルで表現するという目標・目的、そしてゴールがあると考えていました。乗り込んだ時のコンフォート感や居心地の良さ、上質感はもちろん、このクルマで表現したデザインアイコンがシトロエンの新世代のアイコンになり、他のクルマにも波及していく、その皮切りになったらいいと思っていました。



そこで始めに、チームとして上質なシトロエンとは何かというワークショップを開いたのです。シトロエンには「コンセルヴァトワール」という博物館があり、そこでドローイングなどをやったところ、シトロエンのダブルシェブロンで遊ぶ人がたくさん出てきたんです。つまり、シトロエンはやはりダブルシェブロンのロゴだということなんですね。では、そういったものを素材に入れていくのはどうだろうというのが始まりでした。その結果、全部で5つ要素ができあがりました。


柳沢:具体的には、シートには3つあります。ひとつはまるで一筆書きのようなダブルシェブロンのステッチ。その下にもダブルシェブロンがあしらわれたアクセントクロスがあり、触ると日本の印伝のような凹凸が感じられます。これらは横方向に延びていますので、シトロエンがインテリアデザインで訴求している水平基調のデザインをアピールする効果もあります。また、シートのパーフォレーションをうまく使ってダブルシェブロンを表現しました。


それからダッシュボードのシボにもダブルシェブロンがあしらわれていますし、そのダッシュボードやドアなどの木目パネルにもダブルシェブロンが表現されています。ちなみに線画状態のこの木目パネルから、陰影をつけて凸凹にしたのがシボ。そしてその凸凹を陰影にしたのがパーフォレーションという関係があり、これら3つは同じ柄で、縮尺だけが異なっています。なので、データで縮尺をそろえるときちんと重ね合わせることが可能なんですよ。


ある質問をすると、その先まで見越して答えてくれる柳沢さん。その聡明さは、カラーマテリアルデザインの世界でもいかんなく発揮されているようだ。C5 Xはシトロエンのフラッグシップとしてデビューし、そのマテリアルにはシトロエンの新しいデザインアイコンがちりばめられている。きっとそのために、得意なプレゼンテーションで、自分たちが目指す世界観を見事に表現したことだろう。



今回はシックな表現だったが、今後、どのようなカラーマテリアルをシトロエンブランドで表現してくれるのか。シトロエンっぽいという価値観を十分に感性で理解しきっている柳沢さんたちだからこそ、シトロエンファンならずとも大いに期待したいと感じた。



内田俊一 うちだしゅんいち 1966年生まれ。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験をいかしてデザイン、マーケティングなどの視点を含めた新車記事を執筆。また、クラシックカーの分野も得意としている。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員、日本クラシックカークラブ(CCCJ)会員。 この著者の記事一覧はこちら(内田俊一)