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公務員もパワハラでクビに?最高裁が市の免職処分を「適法」と判断した理由

2022年10月11日 10:11  弁護士ドットコム

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職場でトラブルに遭遇しても、対処法がわからない人も多いでしょう。そこで、いざという時に備えて、ぜひ知って欲しい法律知識を笠置裕亮弁護士がお届けします。


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連載の第21回は「公務員もパワハラでクビになる?」です。同僚らにパワハラやセクハラを繰り返したとして免職の処分を受けた元消防士が、処分の取り消しを求めていた裁判について解説します。



最高裁は9月13日、「処分は重すぎる」と判断した一審の山口地裁と二審の広島高裁の判断をひっくり返し、「処分は適法である」と判断しました。



世間では「公務員はクビにならない」と言われることもありますが、どのような時に免職処分が適法と判断されるのか。問題となったパワハラの内容についても、詳しく紹介します。



●「殺すぞ」、「お前が辞めたほうが市民のためや」

これは山口県内の消防職員が、2008年4月から2017年7月までの間、同僚らに対して多数回にわたるパワハラやセクハラ行為を繰り返していたことを理由に、分限免職処分を受けたことについて、処分を受けた職員が、その処分が違法であると主張して裁判所で争っていた事件です。



その職員が行ったという行為は、裁判所において認定されている限りでも、下記の通り極めて悪質なものであるうえ、一部の行為については暴行罪に当たるとして有罪判決も受けていたため、社会的に高い注目を集めました。



(1)訓練中に蹴ったり叩いたりする、羽交い絞めにして太ももを強く膝で蹴る、顔面を手拳で10回程度殴打する、約2㎏の重りを放り投げて頭で受け止めさせるなどの暴行 (2)「殺すぞ」、「お前が辞めたほうが市民のためや」、「クズが遺伝子を残すな」、「殴り殺してやる」などの暴言 (3)トレーニング中に陰部を見せるよう申し向けるなどの卑わいな言動 (4)携帯電話に保存されていたプライバシーに関わる情報を強いて閲覧した上で「お前の弱みを握った」と発言したり、プライバシーに関わる事項を無理に聞き出したりする行為 (5)加害者を恐れる趣旨の発言などをした者らに対し、土下座を強要したり、加害者の行為を上司らに報告する者がいた場合を念頭に「そいつの人生を潰してやる」と発言したり、「同じ班になったら覚えちょけよ」などと発言したりする報復の示唆



一審と二審は、パワハラやセクハラ行為は悪質であるとしながらも、市が加害者本人に対して適切な教育をしていなかったことや、消防組織では公私にわたり職員の間で濃密な人間関係が形成され、開放的な雰囲気が従前から醸成されていたほか、職務柄上司が部下に対して厳しく接する傾向にあったことを考慮し、分限免職処分は重すぎると判断していました。



ところが2022年9月13日、最高裁(第三小法廷)はこれまでの判断を覆し、処分は適法であると裁判官全員一致で判断しました。



●最高裁が「処分は適法」と判断した理由は?

最高裁は、これまでの判断を覆す理由として、下記のような事情を挙げています。



前提として、最高裁は、分限免職処分は公務員としての身分を失わせることにつながるため、処分の有効性を判断するにあたっては特に厳密、慎重であることが要求されるとしています。



その上でもまず、最高裁は、今回の事例の特徴として(1)パワハラやセクハラが5年を超えて繰り返され、約80件に上るものであるうえ、被害を受けた消防職員も約30人と多数であり、消防職員全体の人数の半数近くを占めること、(2)加害行為の内容は、刑事罰を科されたものを含む暴行、暴言、極めて卑わいな言動、プライバシーを侵害した上に相手を不安に陥れる言動など、多岐にわたることを指摘しました。



これらに関しては、長期間にわたる悪質で社会常識を欠く一連の行為に表れた加害者の粗野な性格に基づき、「公務員である消防職員として要求される一般的な適格性を欠くとみることが不合理であるとはいえない」と判断しました。



次に、市が加害者に対して指導をしていなかったという点について、最高裁は、「本件各行為の頻度なども考慮すると、上記性格を簡単に矯正することはできず、指導の機会を設けるなどしても改善の余地がないとみることにも不合理な点は見当たらない」と判断しています。



さらに最高裁は、加害行為が繰り返されることで、職場環境が悪化することは、公務の能率を維持する観点から看過しがたいものであり、特に消防組織においては、職員間で緊密な意思疎通を図ることが、消防職員や住民の生命や身体の安全を確保するために重要であるため、職場への悪影響を重視することも合理的であるといえるとも述べています。



その上で、加害行為の中には、加害者の行為を上司らに報告する者への報復を示唆する発言なども含まれており、現に報復を懸念する消防職員が相当数に上ることなどからしても、加害者を消防組織内に配置しつつ、その組織としての適正な運営を確保することは困難であるといえるとも述べています。  



●10年にわたって続いた加害行為

この事案は、加害行為の内容があまりに悪質であり、かつ約10年にわたって多くの職員を標的に続けられてきたという点で、特徴的な事案です。一方で、これだけの被害が続く中で、使用者である市や消防署が被害に気が付かないはずがありません。



通常の使用者であれば、どこかの段階で適切に指導をしたり、懲戒処分を下すはずであると思いますが、そのような措置が取られていないことにも驚かされます。



一審と二審は、この点を重く見たわけですが、最高裁は加害行為のあまりの悪質さを重視し、指導も困難だったのではないかと述べているわけです。この点が判断を分けたものと思われます。



●処分の無効・有効を分けるものは?

一般的には、ハラスメントの加害者に対し処分を下すためには、加害行為の悪質さに比例した処分を下さなければならず、重い処分を下すためには、その前により軽い処分ないし指導を検討しなければなりません。このような対応があくまでも原則です。そのような観点から、処分が重すぎるとして無効と判断された事例は数多くあります。



一方で、今回のように、あまりにも悪質な加害行為が繰り返されてきたという場合には、使用者がきちんと指導をしていなかったとしても、例外的に処分は有効と判断されてきました。



今回の事例以外の事件ですと、例えば、男性管理職が女性従業員に対して1年あまりにわたって露骨で卑猥な言動を繰り返してきたという事案で、最高裁は下級審の判断を覆して処分(出勤停止処分と降格処分)を有効と判断したものがあります(最高裁平成27年2月26日判決)。



とはいえ、職場環境を良好に保つためには、何よりも一次予防が大切です。今回の事案では、加害者があまりにも粗野な性格であったとはいえ、約10年間加害行為が野放しにされ、嫌な思いをされる被害者の方が次々に生まれてしまう前に、使用者である自治体として何もできなかったのかという点はぜひ反省材料として検討されるべきです。



私自身、地方公共団体内部のハラスメント事案の経験がありますが、公務職場の場合、ハラスメントへの対応が民間と比べて遅く、被害防止・回復が迅速に図られないという事例が散見されます。



これは、使用者の監視機関である人事委員会などが十分に機能していない上、公務員労働組合の力が弱い地域では監視機能が働いていないという構造的な問題も背後に存在します。公務職場こそ、民間の模範になるべきとの意識を強く持ち、労働組合もしっかりとハラスメントを予防するための取り組みを進め、被害が生じた場合には被害救済をきちんと図るということを徹底していただきたいものです。



(笠置裕亮弁護士の連載コラム「知っておいて損はない!労働豆知識」では、笠置弁護士の元に寄せられる労働相談などから、働くすべての人に知っておいてもらいたい知識、いざというときに役立つ情報をお届けします。)




【取材協力弁護士】
笠置 裕亮(かさぎ・ゆうすけ)弁護士
開成高校、東京大学法学部、東京大学法科大学院卒。日本労働弁護団本部事務局次長、同常任幹事。民事・刑事・家事事件に加え、働く人の権利を守るための取り組みを行っている。共著に「こども労働法」(日本法令)、「新労働相談実践マニュアル」「働く人のための労働時間マニュアルVer.2」(日本労働弁護団)などの他、単著にて多数の論文を執筆。
事務所名:横浜法律事務所
事務所URL:https://yokohamalawoffice.com/