マンガ家が作品を発表するのに、経験豊富なマンガ編集者の存在は重要だ。しかし誰にでも“初めて”がある。ヒット作を創出してきた優秀な編集者も、成功だけではない経験を経ているはず。名作を生み出す売れっ子編集者が、若手時代にどんな連載作品を手がけたのか、当時を振り返りながら語ってもらい、マンガ家と編集者の関係や、編集者が作品に及ぼす影響などに迫る連載シリーズ。第5回で登場してもらったのは、集英社の少年ジャンプ+の林士平氏。遠藤達哉「SPY×FAMILY」や藤本タツキ「チェンソーマン」など、今をときめく数々のヒット作品を手がける編集者だ。
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取材・文 / 的場容子
■ 少年誌と青年誌はすべて読むようにしていた学生時代
「林士平」と検索すると、Googleサジェストで「有能」という単語が続く──こんな編集者はいない、ファンの信頼が厚い。2006年に集英社に入社した林氏は高校時代、ほとんどすべての男性向けマンガ誌に目を通すようにしていたという。
「雑食でしたね。少年誌と青年誌はすべて読むようにしていて、ジャンプ、サンデー、マガジン、チャンピオン、スピリッツ、スペリオール、アフタヌーン……。あと『アカギ』は読まなきゃということで近代麻雀も。薦められたら全部読む、くらいの勢いで読んでいたので、マンガ喫茶も活用していました。極論、マンガに限らず、小説も映画もエンタメ全般読んだり観たりしていましたね。
実は中高一緒だったクラスメイトが今、週刊少年ジャンプの副編集長をやっているんですよ。僕も入社したときに初めて知ったんですけど、冷静に考えるとクラスメイト同士でジャンプの編集やっているなんて、レアな状況ですよね(笑)。そのくらい当時の友達はエンタメ好きが多かったです」
同級生でマンガ業界のトップを担っていく──まるで「バクマン。」の編集者バージョン。林氏がもともと集英社で配属を希望していたのも週刊少年ジャンプだった。
「週刊少年ジャンプで働くために入社したつもりだったんですけど、最初に配属されたのが月刊少年ジャンプだったので、そのときはちょっと残念に思っていました。だけど今思うと、その流れでジャンプスクエアの創刊に関われたことはとてもラッキーだったと思います」
■ 「SPY×FAMILY」遠藤達哉とのニューヨーク取材旅行
ジャンプスクエアは月刊少年ジャンプなどの後継誌として、2007年に創刊。そのときの連載陣にいたのが「SPY×FAMILY」の遠藤達哉だった。2002年に赤マルジャンプで読み切りデビュー後、スクエアで初の連載作「TISTA」が始まる。林氏は入社2年目だった。
「3話分くらいのネームはあったのですが、週刊少年ジャンプでは企画が成立せず。でもスクエアに向いているんじゃないかということでスクエアの編集長が創刊ラインナップに加えていました。当時、遠藤先生も若いから担当も若いやつがいいんじゃないのということで、一番若手だった僕が担当させていただいた。
遠藤さんにとって、僕は初めての年下担当だったと思うので、最初はちょっと距離がありつつ打ち合わせした記憶があります。その時点でスクエアの創刊まで半年以上時間があって、かつ『TISTA』の舞台はニューヨークなので、2人で1週間ニューヨークに取材に行ったことでかなり仲良くなりましたね。遠藤さんがニューヨークで何を見たいのかヒアリングし、僕がプランを立てて現地でガイドをつけることもあれば、2人で街を回ることもあって、それは楽しかった思い出です」
「TISTA」は抜群の狙撃能力を持つ殺し屋の少女・ティスタを主人公としたクライムサスペンス。海外が舞台、暗殺者をメインに据えた作品ということで「SPY×FAMILY」の萌芽を感じるが、児童虐待がキーになっているなど、ティスタやキャラクターたちを取り巻く状況や彼らを襲う運命は過酷で、コメディ要素も強い「SPY×FAMILY」よりもかなりダークな内容だ。
「遠藤さんの美学が詰まった作品ですが、暗い作品ではあるので、その暗さに引っ張られてネームはかなりしんどそうだった記憶はありますね。キャラクターの感情をとらえて描くのが大変そうでした」
「TISTA」はその後2008年まで連載。入社2年目で担当したこの作品について、「今ならもっとよくできるのでは」と思うことはあるのか聞いてみると、すがすがしい答えが返ってきた。
「遠藤さんの連載デビュー作ですし、作品としてちゃんと形になったので、あれでよかったんじゃないのかなと思いますね。今見てもいい絵が入っていますし」
■ 紙からアプリというターニングポイント
一方で、「TISTA」からおよそ10年後、2019年に少年ジャンプ+で連載開始した「SPY×FAMILY」は、今年TVアニメ化もされ、大ヒットを記録中。連載前に林氏から遠藤に次回作是非にご一緒できたら、と実現した同作だが、ブレイクの一因は「丁寧に、ゆっくり準備できたこと」だと分析する。
「『SPY×FAMILY』に関しては、3作品の読み切りを経て、連載が決まった後も開始を急がず、物語構成や作画に関してもたっぷり時間をかけて丁寧に準備をしたことが、遠藤さんという作家と作品両方にとってよかったのだと思います。
またこの作品からは掲載媒体が少年ジャンプ+に変わったのも大きかったと思います。紙の雑誌だと掲載枠が限られているので各作品が終わるタイミングと新しい作品が始まるタイミングを合わせないといけない。だから早い段階で連載開始時期が決まっちゃうんですよね。その点、ジャンプ+は融通がきくので、作家さんとしっかり準備してスタートできるんです」
紙からアプリへ。掲載媒体の変更がそこまで作品に大きな影響をもたらすことがあったとは。林氏いわく、作品によっては、アプリやWeb媒体での掲載は、時に作品・作家ファーストにシフトできるきっかけになり得るという。
「紙媒体担当だった頃は、締め切りが最優先になるので作家さんの体調や状況を無視せざるを得ないこともかなりあって、編集としては心苦しい瞬間がいっぱいありました。本来であればお身体が一番重要だし、病気なのに無理に載せる必要もないので、ジャンプ+になってからはバランスが取れるようになりましたね。もちろん読者を待たせすぎると心が離れちゃうので、それは避けないといけません。だけど、作品にとってのメリットとしては、均衡を整えて作品のクオリティを上げられること。僕も紙とアプリの両方を経験しているので、アプリのメリットは感じています」
■ アーニャの能力を決める前に作った「超能力リスト」
「SPY×FAMILY」で核となるキャラクターは、国際的なスパイ“黄昏”ことロイド・フォージャー、彼の養子となる超能力少女・アーニャ、そしてロイドの偽装結婚の相手となる殺し屋で、“いばら姫”ことヨル。それぞれに秘密と利害関係を抱えた“3すくみ”の家族の物語だ。アーニャの「他者の心が読める」という超能力は、後から決まったのだそう。
「プロット段階では超能力者という設定しかしていませんでした。そのあとで、『どういう能力ならハマるのか?』ということで、超能力リストを作って一番しっくりくるものはどれかを決める打ち合わせをしました。ロイドというスパイにとって、一番クリティカルな弱点は心を読まれることだよね、ということで、アーニャの能力も固まりました」
遠藤にはスタイリッシュな裏社会もの、藤本タツキには型破りな悪魔との闘い、龍幸伸には都市伝説、加藤和恵には悪魔祓い──林氏が手がける作品は、いつも作家とテーマとのマッチングの絶妙さにうならされる。作家とはいつもどんな打ち合わせをしているのだろう。
「基本的には作家さんが描きたいものを聞き、まずは読み切りでトライしてもらったりします。同時に、僕が興味あることや、世界の現状を観察して、今、何が面白そうだという話でいくつかボールを投げてみてキャッチボールし、描きたいものを増やしてもらったり掘り下げてもらったりもします。世界のいろんなニュースやエンタメの話をして、そもそも作家さんが描きたいものの話もして、ああじゃないこうじゃないっていうボールを投げ合い続ける感じですね」
林氏の世界に向けた幅広い視点が個々の作品にも息づいているのが改めて感じられる。最近打ち合わせで盛り上がった話題は、第167回芥川賞を受賞した高瀬隼子「おいしいごはんが食べられますように」に関するものだったという。
「こういうタイトルの本なのに、視点に置かれている男性キャラクターは、忙しいからご飯をちゃんと食べたくない人なんです。食事に対してこだわっている人にむしろヘイトを持ってるキャラクター。それで蘇ったのは、僕が1年目の頃に同期とランチしたとき、その子の食生活が荒れていると聞いたので『ちゃんとしたほうがいいよ』って言ったら怒られた思い出でした。『なんで貴方にそんなこと言われなきゃいけないのよ!』って(笑)。それが僕の中に強く記憶として残っているんですね。そのことを思い出して。
その小説では、主人公は朝から晩まで働いて夜遅くに帰ってくる生活で、『俺の1日は23時に帰ったらあと2時間とか3時間しかなくて、簡単なものでも自炊してたら1時間以上かかるのに、それをなんで食事にさかないといけないんだ。俺の人生はどうなるんだ!』ってキレてるのを見て、あの頃の僕の想像力は足りなかったのかもしれないなと、10何年前の自分に対して思いました(笑)。何に優先順位を置くかは人それぞれ自由なのに、僕が踏み入って諭すのはおこがましいことだったんだなと。それで僕の行動が大きく変わったわけでもないんですが、最近、目の前の席で新入社員が昼間のランチでカップラーメンを食べているのを見て、昔だったらきっと僕はこういうときに一言、言ってしまっていたのだろうなと思って……。
つまり何が言いたいかと言うと、この本では『人生で何を大事にするか』というテーマの描き方が面白かったし、エンディングも秀逸だったんですけど、『果たしてこれで合っているのか!?』という議論を、僕の経験も織り交ぜて話しながらいろんな作家としました。いつもそんな感じの話をよくしていますね」
■ 「才能のある新人の特徴がわかる」と言ってるやつは詐欺
最近のエンタメも自らの経験も同じ俎上に出してきて、作家と解体・分析する──林氏との打ち合わせはものすごく楽しそうだ。さて、たくさんの新人作家を発掘し、大ヒット作家に押し上げている林氏に、どうしても聞きたいことがある。「才能のある新人の特徴は?」これに対しては、「ない!」という一刀両断の答えが返ってきた。
「わからないというのが本当に正直な気持ちで、いっぱい才能を見逃していると思います。めちゃくちゃ絵がうまかったり、ネームが面白かったりするのも才能ですが、最初からそんな人はほぼいない。いたとしたら、もう担当がついてデビューしている。だから僕らが見極めないといけないのは、もっと手前にいる人です。だけど“これからめちゃくちゃうまくなる人”は本当にわからないので、ほぼ直観なんですよ。自分の感覚で、『この人のセリフが好き』『絵が好き』、『話をしてみて面白いからとりあえずネームはめちゃくちゃだけど、いっちょやってみるか!』みたいな。もし才能のあるなしが最初からわかるなら、僕は人生もっとうまく過ごしているはずです(笑)」
林氏ほどの経験豊富なヒットメーカーでも、未来のヒット作家を見極めるのは難しいという。
「わかるって言ってる人は詐欺師だと思いますね(笑)。もしくは、すごく狭い観測範囲における局所的な成功体験を“わかる”と言い換えているだけであって、もし本当にその人がヒット作家やヒット作品の条件がわかるのであれば、なぜ今抱えている作品が全部ヒットしていないのか? と僕は言うと思うんです。だって、わかるのにやらないって手抜きじゃないですか。つまるところ、わかってないんじゃないんですか? という結論になってしまう。あんまり言うと嫌われるので突っ込みすぎないようにしているんですけど(笑)、ただ僕なりに真摯に答えるなら、『なるべく可能性を上げるために全力を尽くし続けて、幸運にもそれが届いたら売れる』。そう思ってやっていますね」
また光るものがあっても、その後の努力で能力を伸ばせるかどうかも重要ではある。
「編集が『努力してください』と言うのは簡単だけど、コントロールまではできないですよね。だから難しいですよ。もちろんアドバイスもじっくり話もするけど、花開くかどうかはわからない。丁寧に作家と向き合い続けたとしても、2~3年ではわからないし、もっと時間がかかってしまう。なので、最近はめっちゃ気長にやるしかないなって思っていますね。今付き合っている人のヒット作を、5年後10年後に自分の担当作として出せたらいいなという感覚です」
もう一歩踏み込みたい。編集として「ヒット作を出すうえで一番重要なこと」はなんだろう。言葉を尽くしたうえで林氏から出てきた回答は、「しいて言うなら、時代を正しく感じて考えること」。
「マンガの作り方って、作品・作家によって違いすぎてしまうんで、基本的には『ヒット作に共通する方程式』ってないと思うんです。例えば、『鬼滅の刃』の1話や『呪術廻戦』の1話、はたまた『宇宙兄弟』『のだめカンタービレ』の1話は今後も果たして“正解”なのかというと、誰にもわからないというか、難しいじゃないですか。僕は、物語的な正解とは描く作家さん、描く時代によって変わると思っております。
『のだめ』で言うと、最近新装版が刊行されていますが、作者の二ノ宮知子さん自身が、当時の描写で今の時代に合わない部分もあると感じられて、今回の新装版では丁寧に修正を入れられています。僕の感覚では、『のだめ』ってつい最近の作品なのに、作者さんご自身がそういう判断をされて直されるのは興味深く感じていて。つまり、それくらい時代の空気感とか文化って思ったよりも早く移りゆくもの、変化していくものなんですよね。最近だと、コロナ前と後で僕らの感覚って全然違うと思う。なのでしいて挙げるならば、ヒットのためには編集者が『時代を正しく感じて考えること』は大事だと思います。そして、それを作家さんに共有していくことも大切かなと」
■ 林士平の“面白い”の根幹
林氏と話していて、非常に合理的で明晰な考えの持ち主だということがわかってきた。興味の源泉がどこにあるのか知りたい。社会人になる前、つまり大学ではどんなことに取り組んでいたのか聞いてみた。
「卒業研究はニュースサイトの現在と未来をテーマにしていました。その手前では、ICタグを使って新しいビジネスの形を作れないかという研究でしたね。その前にはユーザーインターフェースの研究。就職もIT系に行こうと思っていたんです。結局、好きだからやっていたんですよね。別に学問だからじゃなくて、調べたら面白いから、研究という形にしたら論文になるだけであって。マンガも同じスタンスです。好きだから、より面白いものが生まれたらもっと面白いから、というだけで」
IT系の進路を目指していた中で、唯一受けた出版社が集英社だった。
「記念受験というか社会科見学みたいな感じで、『自分の趣味趣向に触れている会社を一社くらい受けておくか』くらいのメンタリティでした。なので、マンガの作り方も知らなかったし、入社してからこの世界がどんなふうに成り立ってるか学びながら、自分なりに工夫をして仕事をするようになりました」
就活において、マンガ業界は傍流だった。思ってもみない人生だ。
「結果的に、好きなものに携われてハッピーだったと思います。僕がもし興味のない業界に入っていたらと考えると、ここまで楽しんで日々を送れていただろうか?と考えることがありますが、現在マンガを読んで、打ち合せをしている限りでは基本的には何もストレスではないので、よかったなと思います(笑)。大学の頃は楽しかったし、今も楽しい──結局、『人として何も成長してないんじゃないか』と言われるかもしれないですが(笑)、すべては自分が楽しいからやっています」
マンガも小説も好き、ニュースサイトもインターフェイスも好き。結局、林氏にとっての“面白い”は、“人間”そのものなのだろうか。そう聞くと、「見たことないものが面白い」のだと答えてくれた。
「作家さんと打ち合わせで話していることって、まだ世の中に出ていないことじゃないですか。つまり、『見たことない、めっちゃ面白いもの』を最前列で見られるわけで。それはすごく刺激的だなと思っています。ただ、『新しければ必ず面白い』というわけではなく、それが絶対条件ではまったくなくて、すごく難しいんですけど。知っている表現だらけなのに面白いものもあったりして、結局“組み合わせ”が大事な気がします。
1コマでできあがっているマンガってないし、『演出は面白いけどドラマはベタだな』と思うことも山ほどある。導入だけ面白い映画もたくさんあるし、意外と音楽だけよくても心に入ってくる。だから面白さの定義って、ジャンルによって、作品の目指している“面白い”によって変わるんじゃないかな。ホラーだったら“怖くて面白い”。サスペンスなら“続きが気になって面白い”、恋愛なら“キュンキュンするから面白い”。だけど、僕に刺さっているものはほかの人には刺さらない可能性もあるわけで、やっぱり“面白い”は定義ができないことですね」
■ 林氏を取り囲む数々の“天才”
林氏の担当作家には、地獄のミサワや藤本タツキなど、天才肌の作家が多いと感じている。仕事中、日々「天才!」と叫ぶ毎日だという。
「僕は自分が担当した人のことをみんな天才だなと思ってしまうんで、たとえ売れていなかったとしても、『この人は今たまたま売れてないだけの天才だな』という感覚なんです。なので、天才を感じる瞬間としては、『この表情よく描けたな、天才!』とか、『こんなセリフ描けるんだ、嘘でしょ!?』など、さまざまですね。僕は『全部ぶっ壊す』という作品を担当しているんですけど、今日の朝一でめっちゃくちゃ面白いネームが来て、『すげえもの受け取っちゃった!』という気持ちで読みました。この作品も、『まじかよこれで売れないのか? 天才だぞ』って僕は思っています(笑)」
秀逸なネームを受け取って、ボルテージが爆上がりする。仕事をしていて最高の瞬間だ。
「『ダンダダン』でも、68話で大仏がロボットになっていく瞬間を描いた原稿を深夜に自宅で受け取って、でかいMacの画面で見ていたんですけど、もう大爆笑しました(笑)。ネームで読んでるのに作画が上がってきてまた大爆笑して。『今俺、誰も見たことないもの読んでるな。俺は歴史に名を刻んでいるのではないか』『「SLAM DUNK」の担当編集ってこんな気持ちだったんだろうな』って(笑)。そういう感じで、日々幸せに原稿を受け取っています」
最大限の賛辞を贈ってくれる編集者と仕事できるのは、作家も幸せなことだと思う。
「僕こそ幸せをいただいている感じですね。面白いものを創り出せる作家さんたちにありがとうって思いながら仕事しています」
■ 編集者に大事なのは“量”!
すぐれた作家と作品への愛溢れる林氏が思う「編集者として大事なこと」。それは“量”だという。
「ものを見る量や付き合う人間の量が大事だなと思います。作品の数を見ていないと幅が広がっていかないし、たくさんの作家さんとお付き合いしたほうが、経験値が増えていくから話せることも増える。ただ、こんなご時世なのでオーバーワークがあんまりよろしくないじゃないですか。僕個人としては、1年目の頃にひたすら仕事をするか酒を飲むかみたいな、昭和の編集者の常軌を逸したような生き様を経験させてもらったことはよかったけど、それを若い世代に強要するのは違うなとも思うし。なので、そうした横暴な強制労働的な働き方の余波を食らった最後の世代かもしれないですね(笑)。言い方を変えると、編集者はある程度効率よく仕事の量や経験値を積み重ねないとよくないと感じています」
一にも二にも経験値が大切。ある種、統計主義的な考え方といえるだろう。
「単純に知識量がものを言う商売であり、コミュニケーションも知識の1つなんですよね。いろんな局面でどんなふうにコミュニケーションをとるとよいのかは、経験によってわかってくるので必要なことだと思います。時間という制約のある中で『量が大事』と言っちゃっているわけですが、僕自身は誰かに強要されてやってきたわけではなく、楽しいからそういうふうに働いてきました」
■ 目下担当中の9作品、現在地
そんな林氏は現在、たくさんの連載を抱えている。目下愛し、力を注いでいる担当作について一気に語ってもらった。
「『SPY×FAMILY』から話します。アニメ第2期の放送が10月に迫っていて、単行本はその頃ついに10巻にたどり着く。遠藤さんにとって初めての10巻ですし、この作品が単なる一過性のブームで終わるのか、長く愛されるタイトルになるのかはむしろここからが勝負。もちろん遠藤さんとより長く作品を連載し続けるのは大前提で、作品のグレードが上がり、人気が出たことで宣伝などに関してもできることが増えました。なので、できることを全部探して1つずつ丁寧にやり、お客様に長く愛される作品にしようと決断しているタイトルです。
『チェンソーマン』もアニメが10月に始まります。この機会をいかに原作に跳ね返らせるかが重要だし、アニメのプロジェクト自体も全世界にちゃんと届くものになるように、クオリティ高いものにしたい。そうした思いで、プロジェクト全体の打ち合わせに宣伝の打ち合わせ、アフレコ、グッズの監修も含めて、鋭意進めています。
『HEART GEAR』は、作家さんのお身体の都合で2年ほど休んでいたんですが、8月18日に連載再開できました。単行本は4巻を発売したところ。タカキ(ツヨシ)さんは『BLACK TORCH』に続く2作目ですが、僕はデビュー作から担当していて、彼も天才の1人だと思います。こんなにカッコいいアクションが描けて、こんなにキャラの見得をカッコよく描ける人はなかなかいないので、『HEART GEAR』も丁寧に連載を続けていって売れたらいいなと思っていますし、今後全世界に名前が轟くように一緒に仕事していきたいなと思っています。
『ダンダダン』最新7巻が10月発売予定です。まだメディア展開はしておらず、原作の力だけで素晴らしい部数を稼いでくれているタイトル。ジャンプ+の柱というか、毎週こんなにエネルギッシュな連載をしている方はいないので、宝物のような作家さんだと思っています。龍さんはこんなにハードワークしながらも本当に楽しんで描いてくれているので、その気持ちがより豊かになるようにサポートしながらより面白くして、『チェンソーマン』『SPY×FAMILY』に負けないくらいのビッグタイトルになるように引き続き一緒に戦略を練っていきます。引き合いに出した2作とも自分の担当作ですが、同時にライバルという感覚なので、彼らに負けないようにこの作品も育ってほしいなと思っています。
次は和風ファンタジーバトルマンガ『神のまにまに』。猗笠(怜司)さんのデビュー作なので、まずはしっかり作家さんの描きたいところまでたどり着くことをゴールにしています。出会って1年くらいで連載がトントン拍子で取れてしまった作家さんで、初の週刊連載で右も左もわからずひたすら全力で走っている状態で大変だったと思うのですが、作家として急激に成長しているのは横で見てるので、この作品でも次の作品でもめちゃくちゃ面白いもの描くのでは、と期待しています。
『全部ぶっ壊す』の作画の山岸(菜)さんは『ムーンランド』という体操マンガでデビューされ、もともと『青の祓魔師』の加藤さんのところでメインアシスタントやっていた方で、めちゃくちゃ絵がうまいんです。遠藤さんの前作『月華美刃』や、アミューさんの『この音とまれ!』というお箏マンガでもアシスタントに入ってくれていて、いろんな現場で重宝される、すごくいい線を描かれる方。僕もめちゃくちゃお世話になっているので、次は山岸さんが売れないとなと思っています。恩返しというか、山岸さんが売れることは僕の人生にとってすごく大事なことだと思ってるので。原作のへじていとさんは、これがデビュー作なのが信じられないくらい、とてつもないネームを生み出す人だと思っていて、この先たくさん作品ご一緒できるのをめちゃくちゃ楽しみにしています。
『アンテン様の腹の中』も夜諏河樹さんのデビュー作です。出会って4、5年経っていますが、デビュー作をご一緒できてうれしいです。『願い事を叶えてあげるけど、その代わり大事なものを食べちゃうよ』『でも、君が死んだらその願い事は全部なかったことになるよ』という不気味な神様をめぐるお話で、ちょっと特殊な『笑ゥせぇるすまん』、昔で言えば『アウターゾーン』や『不思議な少年』などの物語構造に近い作品。心配りが隅々まで行き届いた、丁寧なネームを描かれる作家さんです。今後、多くの人に見つかったら夜趣河さんのハイレベルな創作はすごく話題になるのではと思っています。丁寧な打ち合わせを心がけています。
『宇宙のたまご』はSFで、短期集中連載で2巻完結を予定している作品ですが、こちらも程野(力丸)さんのデビュー作。SFで過酷な世界観を描かれる方で、もう最終話までの打ち合わせが終わっています。最後まで読んだら『この作品、よかったな』と満足してもらえるものになっているので、ぜひ読んでほしいです。すごく若い作家さんなので、次何を描くのかも楽しみです。
最後は『ベイビーブルーパー』。ホラーが大好きな女の子が高校の映画部に入部する青春コメディドラマです。はるにわ(かえる)くんとも出会って3年くらいなのですが、これが初連載。全ページにこれでもか、と笑いを詰め込むスタイルが、癖になる作風です。いつか売れる作家になると信じています……と、こんな感じで担当作は初連載だらけなので、作家さんには連載やマンガ作りについて知っていただいて、さらに売れてくれたらいいなと思いながら一緒にお仕事している日々です」
■ チャレンジし続けないとすぐにつまらない人間になる
一気呵成に9作品について語ってくれた林氏。編集者としての今後の野望を聞いてみた。
「トライするのが好きなので、いろんな挑戦をしていきたいです。今、マンガのネームが作れるWorld Makerというアプリを作っています。これは僕自身のチャレンジであり、編集者をやりながら創作支援アプリを作るって面白いなって思っていて、実際、チャレンジしたことによって知り合う人が増えて、人生がちょっと広がったんですね。
例えば今この瞬間から『僕はやーめた!』とろくに仕事もせず、あぐらをかくことも簡単だと思うんです。日々飲みに出るのが、仕事、みたいな。ただ、僕としてはそんなの全然楽しくないと思う。だから、何歳になっても、チャレンジするメンタリティは大事にしていこうと思っています。野望というか、心の置き所ですね。チャレンジし続けないと老いるし、すぐにつまらない人間になってしまうので」
■ 林士平(リンシヘイ)
2006年、集英社に入社。月刊少年ジャンプ、ジャンプスクエアの編集部を経て、現在は少年ジャンプ+に在籍。現在の担当作品に「チェンソーマン」「SPY×FAMILY」「HEART GEAR」「ダンダダン」などがある。