2022年10月02日 07:51 弁護士ドットコム
実際の数値上はわからないが、日ごろの裁判傍聴で事件の発生件数や起こる事件に季節性を感じることはない。しかし、傍聴席という場所に限っていうと明確に感じる季節がある。
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それは夏だ。夏休みを利用して、小中学生と思しき子たちが親に連れられ、傍聴席で熱心に裁判を傍聴する姿に出くわす。今回は東京地裁にて今年8月、子どもが多く傍聴する中で行われた裁判を紹介する。(裁判ライター:普通)
40代の被告人男性は、無免許で普通自動車を運転した道路交通法違反の罪に問われている。
被告人はここ10年で交通違反歴が9件あり、罰金刑となったのも2度、1年前に運転免許の取消処分を受けていた。しかし、免許取消以降も買い物などで3日か4日に1回の頻度で車を運転していた。今回の逮捕のきっかけも、引っ越しの荷物を運ぶのには車が便利という理由で運転をしており、交差点で信号注視せず侵入したということで警官に呼び止められ発覚した。
傍聴席には10人ほどの子どもがいた。実践的な交通ルールを学ぶきっかけになって欲しいと思う反面、「意外と大人ってルール守らないのかな?」と悪影響を与えないか気になるところ。
交通違反歴が多い被告人なので、交通ルールの認識には不安があったが、弁護人からの被告人質問での受け答えはスムーズそのものだった。
弁護人「どうして運転免許が必要かわかりますか?」被告人「使い方によっては凶器になりうる車を利用するには、正しい知識と技能を持っているという証明が必要だからだと思います」 弁護人「もしあなたが、自動車事故の被害者となったらどう思いますか?」被告人「正しく処罰されて欲しいと思います」 弁護人「もしその加害者が無免許なら、どう思いますか?」被告人「犯人のことは憎く、もっと厳しく処罰されるべきと思います」 弁護人「今回、事故は起こしていませんが、あなたがその無免許だったんですよ」被告人「はい、その点は深く反省しております」
この、「なぜ、その行為は犯罪となるか?」という質問に「法律で定められているから」と答える被告人は結構多い。
その場合、「では、なぜ法律で定められていると思いますか?」と追加で聞かれると答えられなくなるケースを多く見る。それを考えると、この被告人は行為の悪質性はしっかり認識している分、再犯の防止にはその認識を強固にできるかに絞られる。
今回のような道路交通法に限らず、他の罪状でも「なぜ人のものを盗ってはいけないのか」、「なぜ違法薬物を使ってはいけないのか」という質問もよく行われる。被告人が説明できない場合は質問者が被害者や社会的な影響などを踏まえ優しく説明する。これら、どうして犯罪行為はいけないのかの説明は、子どもに聞かせて有意義なものと感じる。
その後、被告人は、無免許でも運転を続けていた理由として、仕事でお金を稼ぐためと必要性があったと主張。一方で見つからなければ大丈夫という甘い気持ちがあったなど、被告人に不利と捉えられる質問についても滞りなく答え、それらを踏まえ大いに反省していると証言した。
ただ、この「滞りなく答える」というのには実は落とし穴があるように思う。
弁護人からの質問は、事前に打ち合わせができるものなので、答えをあらかじめ用意しておけばスムーズに答えやすい。次の検察官側からの質問で淀むようなことがあると、弁護人の際の受け答えに暗記している感じが如実に出てしまい、心証はあまり良くない。
そして、今回のように違反歴が多数に及ぶ被告人が、あまりにスムーズに「はいはい」と答えてしまうのも、本当に反省しているのか疑わしく思えてしまう。
そして、その悪い予感は的中することになる。
続いて検察官からの質問。
検察官「あなたは、車で仕事をしていたのですか?」被告人「仕事?ちょっと質問の意味がわかりませんが」 検察官「仕事の際に、車で移動などしていたのですか?」被告人「いやぁ、それは・・・」 検察官「先ほど、仕事でお金を稼ぐためと言ってましたよね?」被告人「先ほどというのは、時間軸で遡ると、という意味ですか?」
難しいことを聞いているわけではないと思うが、急に言葉に詰まり始める被告人。その後も無免許で車を使っていた必要性を尋ねるが、問答にならなくなってしまった。
検察官「今回の事件をきっかけに乗っていた車はどうしましたか?」被告人「裁判の結果がわからないことには、どうにも決められないです」 検察官「でも、あなた免許がないですよね?」被告人「人に貸したりすることもダメなのですか?」 検察官「自分で持っていたら運転したくならないのですか?」被告人「正直、そうだと思います」 検察官「あなた交通ルールを守る意識はあるんですか」被告人「それはもちろんありますよ」 検察官「たくさんの違反をしているけど、たまたまがこんなに積み重なったとでも言うの?」被告人「そんな風に言われても、一つ一つの事象を覚えているわけではないので、なんとも答えられません」
まるで開き直るかのような態度になってしまった被告人。弁護人からの質問には、交通法規の意識や反省の態度を示していたが、とても真摯に向き合っているとは思えない答弁になってしまった。
ここで、さすがにこれでは終われないと弁護人が追加の質問をすることになった。
弁護人「客観的に自分の運転技術はどうだと思います?」被告人「客観的にと言われても、自分ではなんとも言えないです」 弁護人「過去の違反履歴を見てどう思いますか?」被告人「まぁ向いてないんだろうなと思います」 弁護人「私もね、あまり運転に向いていないと思うんで、今後はできるだけしない方がいいと思うんですけど、どうですか?」被告人「この判決がどうなるかわからないので、なんとも答えられません」
弁護人としては反省しているという主張から、技術のなさを痛感させ運転をさせないという方針に変えたようであった。しかし公判途中の方針変更は被告人には伝わらず、最終的には弁護人との答弁も噛み合わないまま、今後の不安が残る形で結審してしまった。
裁判が終わり、同じ法廷にいた親子との会話が耳に入った。
父「はじめての裁判どうだった?」子「うーんっとね、あの人が変な言い訳ばかりしてて面白かった」 父「そうだね。あんな人が車に乗ってたらどう思う?」子「恐いから道路をよく見ると思う」 父「だから、ちゃんと車の人に見えるように、しっかり手を上げなきゃね」子「うん」
ルール、法律を守るのは当たり前。しかし、そうでない現実があることをニュースなどで日々目にしているはずだが、どうしても他人事に思えてしまうものだ。
裁判傍聴を通じて日々どんな事件が実際に起きているのか知ることは、自らの身を守ることにもつながる。この子にとって今回の傍聴が実りあるものであって欲しいと願う。
【ライタープロフィール】 普通(ふつう):裁判ライターとして毎月約100件の裁判を傍聴。ニュースで報じられない事件を中心にYouTube、noteなどで発信。趣味の国内旅行には必ず、その地での裁判傍聴を組み合わせるなど裁判中心の生活を送っている。