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早川書房「HAYAKAWA FACTORY」担当者が語る、攻めたSFアイテムを生み出し続ける理由

2022年10月01日 12:11  リアルサウンド

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 早川書房は、永遠の名作の商品化というコンセプトでHAYAKAWA FACTORYというブランドを展開し、好評を得ている。2018年7月に第1弾としてレイ・ブラッドベリ『華氏451度』、ジョージ・オーウェル『一九八四年』などSF関連Tシャツ9種を発売して以来、トートバッグ、マグカップ、ノート、ブックカバー、マスクなどアイテム数を増やしてきた。同社刊行のSFやミステリなどの翻訳小説をモチーフにグッズ化するだけでなく、最近では、SF作品がもたらす感動を表現した言葉「センス・オブ・ワンダー」をもじった商品「扇子・オブ・ワンダー」も評判になった。このブランドはどのように育ってきたのか、担当者の山口晶氏に話を聞いた。(円堂都司昭/9月14日取材・構成)


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■始まりは『電気羊』Tシャツから


――このプロジェクトは、いつからスタートしたんですか。


山口:HAYAKAWA FACTORYのなかでも一番売れているフィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(映画『ブレードランナー』の原作小説)のTシャツは、もともとは同作のハヤカワ文庫版のデザインを担当した土井宏明さんからの熱烈な提案があって2014年に具体化したんです。我々としても、書籍以外の商品販売をやりたいと考えていたところで、『電気羊』Tシャツは売れましたから、こういうところに鉱脈がありそうだと思いました。2017年にはスタニスワフ・レム『ソラリス』(2度映画化されている)をTシャツにしてこれもよく売れました。


 それで2018年7月下旬にブラッドベリの『華氏451度』と『火星年代記』、オーウェル『一九八四年』、ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』、「宇宙英雄ペリー・ローダン」シリーズなどのTシャツを販売し、評判がよかったので続けてやることにしました。


「TOKYO HAYAKAWA FACTORY」というロゴをちゃんと使い始めたのもこの頃からです。早川書房の本には「TOKYO HAYAKAWA BOOKS」というロゴが昔からありますし、ちょっと変えて使えば統一性もある。あと「TOKYO」と入ると、どこかブランドっぽいでしょ、「MILANO」、「PARIS」、「LONDON」みたいで(笑)。そうして始めてみたらギャグ的にもウケた感じです。


――『電気羊』Tシャツ以前は、例がなかったんですか。


山口:僕は変わったものが好きで、ポケミス手帳というものを作ったことがありました。ポケミスの愛称で知られるハヤカワ・ポケット・ミステリという新書サイズのレーベルが当社にありますが、創刊60周年の2013年にその手帳版を出したんです。これもわりと売れた記憶があったので、土井さんからの申し出もあり、次にTシャツをやろうという流れになったんです。


――HAYAKAWA FACTORYのラインナップは、出版社として従来はあつかわなかった商品ですが、販路に関しての取り組みは。


山口:最初は、やはり販路をどうしようかということはあったのですが、逆に出版取次のトーハンさんから「なにかやりましょう」と話があったのも契機になっていました。近年、取次は、書籍以外の開発品と呼ばれるものに力を入れています。やはり本だけでは収支があわないので、雑誌の付録としてトートバッグなどが箱に入っているものが、書籍流通用のISBNコードをつけるようになったりしている。その種のものは本屋さん以外でも売れますし、先日、海外で卸されて売っているのを見かけました。


 HAYAKAWA FACTORYの場合、トーハンさん以外のルートの書店やヴィレッジヴァンガードさんなどにも売りこんで、初期から50店舗以上で展開できました。今では誠品書店さんなどが大々的に展開してくれていますし、蔦屋書店さんの一部店舗でもあつかっています。あとはやっぱり、弊社サイトのハヤカワ・オンラインやアマゾンなどのネット販売が割合として多い。オンラインで商品を発売すると、それをネタにしたネット記事が増えて、記事からはアフィリエイトリンクが貼ってある。ウィンウィンだなと思います。


――在庫管理はどうしているんですか。


山口:本の自社倉庫があるのでその一画を使っています。本ほどの膨大なアイテム数はないし、Tシャツなどはそれほどかさばらないのでなんとかなっています。


――HAYAKAWA FACTORYに関する社内の体制は。


山口:ブランドが本格化してから事業開発部ができたんですけど、それまでは編集部と営業部のやりたい人がやっている状態でした。


――有志をつのる形ですか。


山口:そうです。やろうよ、みたいな感じ。その後、新規事業の部署を立ち上げて僕を含め編集兼務が2人、営業経験者が1人。今でも、基本的に3人でやっています。以前は趣味的にやっていたことを、もう少しビジネスとして成長させることができないかと考えています。


■Tシャツには、自分がどう見られたいかという主張がある


――これまで商品にどんな反応がありましたか。


山口:一番人気はフィリップ・K・ディックなんですが、SFファンのアイデンティティというか、自分をアピールするためにTシャツはSF系が売れるみたいです。一方、言論が抑圧されるディストピアを描いた『一九八四年』には政治的意味あいがありますし、焚書を題材にした『華氏451度』Tシャツの方をデモのなかに見かけましたけど、それは僕としても望んだ着られかたでした。Tシャツでは、自己主張の方向性に応じてSF的なもの、政治的なものに反響がありました。


 最近、外にいると他人のTシャツを見てしまうんですけど、単純にファッションというだけでなく、自分がどう見られたいかという主張がありますよね。それも意識して、仕事しています。


 一方、ミステリ系は、そこまで着てもらえないんです。「MURDER」、「DEATH」とか物騒なことが書かれているからなのか。「DEATH」はメタル・ファンなら着るかもしれないけど、アガサ・クリスティーのグッズは、着るものではなく、どちらかというとトートバッグやマグカップの方が人気です。


 トートバッグを作る時は、編集者はみんなゲラを持ち歩くので社内ではマチのないやつは作るなといわれました。クリスティーのマグカップについては、積み重ねることができる形になっているので、1つではなく2つ以上買ってもらいたい(笑)。これなら場所をとらないし、僕としては、ミステリ的なイメージを打ち出している喫茶店などに納めたいと思っています。


――いろいろ形状にも配慮しているわけですね。ディック作品や『ソラリス』新装版など、文庫のカバーとTシャツのデザインがいずれも土井さんで共通しているものもありますが、HAYAKAWA FACTORYの商品は、オリジナル・デザインが多い印象です。


山口:Tシャツは4色印刷もできなくはないですけど、印刷のしかたによってはベタついた感じになるんです。やはり1色、2色でやったほうがカッコいいというか、文庫のデザインそのままで使えるものとそうではないものがある。


――海外作品の商品化にあたっては、著作権の難しさがあるのでは。


山口:僕は編集をやりながら長年、版権も担当してきているので、HAYAKAWA FACTORYでの商品化の交渉も自分でしています。もちろん、断られることもありますが、書店で売るし本の販促にもなるからと、聞いてみたら意外とOKしてくれることが多かったです。『電気羊』は、本のカバーには『ブレードランナー』原作と英語で入れていますけど、映画関係は権利が複雑だったりするのでTシャツではだめかなと危ぶんでいたら、権利者から「むしろ入れてほしい」といわれ、得したというか(笑)。


 僕がこの種のTシャツをいいなと思った最初は、Out of Printという海外の文学グッズサイトなんです。今では日本サイトもあって、もちろんオフィシャルで作っている。当社のカート・ヴォネガット作品の表紙になっている和田誠さんの絵をそこへ1回ライセンスしたことがあって気になっていました。ただ、日本向けのデザインではない。アメリカのマニアの人って、分厚い生地のもっさりしたTシャツを着ているんです。ギークTシャツというか、あれを日本のデザイナーさんと当社が組んでやれば、面白いものができるかもしれないと思いました。


――出版社がいろいろな形でグッズ制作に乗り出していますけど、早川書房の場合、映画化とはべつに小説自体をもとにしてというという形ですね。


山口:出版社のグッズ制作というと、アニメをもとにしたものがすぐ浮かびますけど、当社は翻訳小説が多い。考えてみると、ガルシア・マルケスという作家名を使ったブランドがあるくらいだし、フィリップ・K・ディックとかアガサ・クリスティーとか、作家の名前ってなんかファッション・ブランドっぽいなと感じたりします。当社の刊行リストから、作家の名前が知られていて、作品名が覚えられているものをデザインしたら付加価値になるかもしれない。そう考えてやっています。例えば、『一九八四年』だったら「BIG BROTHER IS WATCHING YOU」とか、作品にああいう決めフレーズがあるとスマートな感じに作れそうです。


――これまでで苦労した点は。


山口:どれがウケるのか、難しい。小栗虫太郎『黒死館殺人事件』を受注生産で作ったんですけど、ニッチすぎたのか、期待したほどではなく……。SF系でTシャツ、ミステリ系でトートバッグというように作るものを変えた方がいいかもしれないとはわかってきましたけど。


■商品から生まれる読者との交流


――最近の商品といえば……。


山口:「扇子・オブ・ワンダー」ですね。僕たちはファッションや雑貨の見本市は行くようにしていて、扇子を見かけた時に「扇子・オブ・ワンダー」を作ってみようとネットに書いたらすごくバズって記事にもなったりしたんです。そんなちょっとした冗談に乗ってくれる早川書房ファン、SFファンは多いのでありがたいですね。新作を出すたびに「おお、それかー」とSNSで反応してくれる。クリスティーのマグカップの場合、『ナイルに死す』には名探偵エルキュール・ポワロが出てくるから、トレードマークのヒゲのデザインを入れたけど、『そして誰もいなくなった』は登場しないからクリスティーのサインを入れました。そのようにミステリやSFの文脈があるとファンは楽しみやすいし、「しかたないから買ってあげよう、ポチるか」(笑)なんていってくださる。読者と交流できるし、楽しんでもらえたらいいですね。


――もう一つの新しい商品、ブックカバーについては。


山口:Tシャツは生地にこだわってはいますが、元の型自体を作っているわけではありません。でも、新しいブックカバーは、HAYAKAWA FACTORYとしてゼロから設計して、デザイナーの井上頌夫さんとああでもないこうでもないといいながら作りました。井上さんはシド・ミードとも提携したことがあるSF好きの人で、いろいろアイデアを出してくれました。以前にも、当社でブックカバーを作ったことはあったんです。でも、今回は本格的なものにしようということで、本だけを入れるのではなく、パスポート、カード、お薬手帳や予約券も入れられて、これだけを持っていれば病院へ行ける作りにしました。


――なるほど、お薬手帳という発想はありませんでした。


山口:病院ってけっこう待たされますから、そこでSFやミステリを読む人もいるでしょう。ファスナータイプとホックタイプの両方を用意しています。こだわりとしては、ハヤカワ文庫は他社の文庫より少し縦長なのは知られていますが、分厚いものが多いのでそれに対応しました。ホックタイプでは700ページまで、ファスナータイプは650ページまで推奨です。


――今後、考えていることは。


山口:今年は、カート・ヴォネガットの生誕100周年。当社では「SFマガジン」次号でも特集するので、間にあえばヴォネガットのトートバッグをやりたいですね。「SO IT GOES」というよく知られたフレーズを引用して。


――村上春樹が初期に小説中で多用した「そういうものだ」の元になったといわれるフレーズですね。


ミステリ系で今後、とりあげる候補はどうでしょうか。


山口:エラリイ・クイーンは、売れそうな気がします。たくさんの人が読んでいるものもいいんですけど、範囲は狭くても濃く好きな人がいっぱいいる作家や作品が、たぶん売れるんですよ。HAYAKAWA FACTORYの一番人気はフィリップ・K・ディックですが、『ブレードランナー』の映画のファンはいっぱいいても、原作のディックのファンは、すごくいっぱいいるわけではありません。でも、ディックの商品が出るなら買わざるをえないと考えるようなファンに向けて作っていく。そういうブランドです。


――それが、HAYAKAWA FACTORYの特徴ですね。「SFマガジン」2014年10月号でPKD総選挙の特集を組んだことがありました。当時話題だったAKB総選挙をもじって、ディック作品の人気投票を行った企画。ファンとしてはやるなら参加しないわけにはいかないというあの感じですね。


山口:そうです。熱があるところに、商品を投げ入れたい。自分のために作られたっていう感じがあると売れると思います。「扇子・オブ・ワンダー」というネーミングをみてニヤニヤしてくれたなら、我々のお客さんです。これを出す時、最初は大コケしたらどうしようと思ったんですけど、増産がかかったからよかったです。


--山口さんと同じ部署の小野寺真央さんは「キャッキャ言いながら作ってる」と話されていました。


山口:アイデアを出していると自然とそうなるんです。これならウケる! とか。展開のタイミングもだんだんわかってきましたし、夏にTシャツの人は冬にパーカー率が高いんじゃないかということで、今度は冬にパーカーも出したいと思っています。