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「好き」のために狡猾に生きる。エリックサウス総料理長・稲田俊輔が語る、現実的な仕事論

2022年09月30日 12:00  CINRA.NET

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Text by 辻本力
Text by 吉田薫
Text by kazuo yoshida

2011年、東京駅八重洲地下街にオープンした「エリックサウス」は、当時まだまだマイナーだった南インド料理をオーバーグラウンドへと押し上げるのに大きな貢献を果たした名店だ。「本格的なインド料理=カレー+ナン」という認識がまだまだ主流だった時代に、ミールスやビリヤニといったマニアックな料理をスタンドカレー的な気楽さで食べられる同店の登場は、カレー好きたちに衝撃と歓喜をもって迎えられた。

以来、順風満帆に成長を続けてきたエリックサウスだが、オープン前は社内的に期待値も低く、スタッフからも「もっと普通のカレーを出した方がいいのでは」という声も上がっていたというから驚きだ。そうした逆境を乗り越え、押しも押されぬ人気店へと成長できた背景には何があったのか? 

多様なキャリアの選択肢がある現代において、豊かに働くためのヒントを探すための連載「その仕事、やめる?やめない?」最新回では、レシピ本の出版に文筆業など、近年活動の幅をより広げつつあるエリックサウスの総料理長・稲田俊輔さんにこれまでの料理人生を振り返ってもらいつつ、「やりたいこと」を実現するためのシビアで現実的な仕事観に迫った。

食い道楽の家庭に育ち、自身も子どもの頃から「食」への関心が強かったという稲田さんだが、「仕事」にすることを考えはじめたのは、じつはそれほど早くはなかったという。

しかし、堅実なライフプランを念頭に就職活動を続けるなかで、思いがけないかたちで「食」というキーワードが蘇ってくる。

その頃任されていたのは、新入社員の通過儀礼であるところの営業職だった。この仕事を通して、思っていたのとは違うかたちで、たくさんの「現場」を目にすることになる。そして、これが稲田さんを料理の道へと後押しする契機となった。

こうして、飲食の世界へと一歩踏み出した稲田さんに声をかけたのが、友人であり、現在所属する「円相フードサービス」の社長でもある武藤洋照氏だった。

そして2002年、円相フードとして4軒目となる店が、稲田さんにカレーを「仕事」として手掛ける契機をもたらす。

エリックカレーは、円相フードが一から立ち上げた店ではない。いわば、コンサル的なスタンスで介入したが、とあるトラブルをきっかけに、全面的に経営に参画することになったイレギュラーなケースだったという。

その後、見事再生させたエリックカレーの好調を受けて、稲田さんはさらに支店の出店を手掛けることになる。

時は、2000年代半ば。カレーファンである筆者も、確かにその頃から徐々に南インド料理がメディアに注目されはじめ、新たなムーブメントとして盛り上がを見せつつあったのを記憶している。

そんなある日、デベロッパーから「東京駅八重洲地下街で、エリックカレーみたいな店をやってもらえないか」という打診があったという。これが、いまや南インド料理の大人気店「エリックサウス」誕生のきっかけだ。しかし、ここでひとつ疑問が浮かんでくる。エリックカレーは「カレー」のテイクアウト専門であり、エリックサウスのように「南インド料理」を全面に押し出してはいなかったはずだ。

本格的なカレーといえば、「濃厚な北インドカレー+ナン」というイメージがまだまだ主流だった当時、粘度の少ないシャバシャバの液体を、カレーに類するものとして認識できる人はたしかに少数派だったと思う。いまやエリックサウス監修で、コンビニ商品化されるほどポピュラリティを獲得したビリヤニに至っては、いわずもがなだ。

しかし、不安は杞憂に終わる。八重洲のエリックサウスは、序盤から好評をもって迎えられ、その後の南インド料理ブームや、カレーのファン層の拡大を追い風に人気店へと上り詰めていった。現在では、支店を含め全国に10店舗構えるに至る。まさに「先見の明」という言葉が似つかわしいが、実際のところ、どの程度「これから来る」という打算があったのだろうか。

そして、これまでの料理人生を振り返り、「結局、いつもそうなんですよ」と笑う。

しかしこれは、正確に言えば「なんとなく好きなことをやっていたらうまくいっちゃった」という話ではない。

稲田さんのご著書『おいしいものでできている』(リトルモア / 公式サイトで見る)

人は往々にして、仕事を「やりたい仕事(でも、あまりお金につながらない)」「やりたくない仕事(でも、お金につながる)」という具合に分けて考えがちだ。そして、二者択一的に、そのどちらを選ぶかに悩む。稲田さんは、こうした傾向に対して「並行して、どちらもやればいいのでは」と提案する。

ここまでの話から、用意してあった「いまの仕事をやめたいと思ったことはありますか?」という質問をすべきか、逡巡した。仕事を楽しめるように仕向けていくのが稲田さんの流儀なのだとしたら、答えは自ずと「ないです」に違いないからだ。でも、敢えて投げかけてみると、華やかさと現実との狭間にある、飲食業者の「本音」が見えてきた。

そうした挫折系の「やめる」もあれば、ステップアップのため、自身のやりたいことを追求するための「やめる」も、またある。料理長として、店を統括する立場ともなると、ともに働く仲間が去るのを見送らなければならない局面も多々あるのではないか。