Text by 辰巳JUNK
Text by 後藤美波
※本記事には映画『NOPE/ノープ』本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
2022年のヒット作『NOPE/ノープ』は、たくさんの謎を呼ぶ映画だ。なかでも多様な解釈ができる存在は、元子役、リッキー・“ジュープ”・パクだろう。韓国系アメリカ人俳優スティーヴン・ユァンが演じたこの役の背後には、ハリウッドにおけるアジア系のステレオタイプ、搾取の歴史が広がっている。
スティーヴン・スピルバーグ監督作などの名作引用も多いSFホラー『NOPE』。テーマとするのは、映画やメディアを取り巻く「スペクタクル(見せもの)」文化だ。主人公は「歴史上初の映画に映され、存在を忘れられた黒人」の末裔を名乗る主人公、OJ&エメラルド・ヘイウッド兄妹。彼らがUFOのような存在の撮影をくわだて一攫千金をもくろむストーリーは「見る / 見られる」、「まなざす / まなざされる」といった、マジョリティーとマイノリティー、強者と弱者のあいだの搾取や格差の構造も想起させる。
『NOPE/ノープ』ポスタービジュアル ©2021 UNIVERSAL STUDIOS
「見せもの」文化に取り憑かれているキャラクターこそ「忘れられたアジア系子役」とも言うべきジュープである。映画業界から「使い捨て」された彼が運営しているのは、子役時代のヒット映画『キッド・シェリフ(子供保安官)』を模したような西部劇風テーマパーク。出演中に悲惨な事故が起こったシットコム『ゴーディ 家に帰る』の展覧スペースまで併設している。
ユァンの解釈によると、ジュープは、件の事件をかならずしもトラウマだとは思っていない。コメディー番組でパロディーされたことも影響し、事件に対する認知は混濁した状態のようだ(*1)。
ジュープは大衆の期待に応えなければいけなかった子役時代から抜け出せていないため、大人になっても「まなざし」を意識してステレオタイプ的な「見せもの」かのように振る舞いながら、注目を追い求めている(*2)。白人の妻はいるものの、安心できる家庭環境ではないため、どんどん壊れていき、UFOを利用しようとする。
もともと、ジュープは、アジア系俳優が想定された役ではなかったという。一説には、スケジュール都合で降板した白人俳優ジェシー・プレモンスが演じる予定だったとも言われている。そのため、ユァンは、ジョーダン・ピール監督と協議し、アジア系キャラクターとしての再開発を行なっていったそうだ。
ユァンがまず行なった提言は『インディ・ジョーンズ』風の劇中劇『キッド・シェリフ』において、アジア系であるジュープが「主演であるはずがない」こと、つまり助演格への設定変更だった(前掲*1)。
じつは、ジュープの存在から現地の観客が想起し、ユァンも「大きな一例」として認めた、実在の「忘れられたアジア系子役」がいる。スピルバーグ監督による1984年作『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』に出演したベトナム生まれの中国系アメリカ人、キー・ホイ・クァンである(一時ジョナサン・キーとしても活動)。当時、人気子役となったクァンは『グーニーズ』やシットコムに出演していった。しかし、10代後半に入ると、ハリウッドでの出演機会はほぼ消滅したという。俳優業を断念し、東アジア映画の制作側に移行したクァンは、このように振り返っている。
「ハリウッドにおいて、スムーズに大人の演者へ移行できる子役はごくわずかです。ほとんどの子役にとって至難の業です。しかし、アジア系の場合、その100倍、1,000倍、難しいでしょう」(*3)
ジュープというキャラクターの背景には、アメリカの映画やテレビ業界で「使い捨て」のようにされてきたアジア系子役の存在がある。
こうした人種問題を表しているのが、『NOPE』の劇中でエメラルドがジュープに放った「『キッド・シェリフ』のアジア系の子だ!」というセリフである。自身も「(出演した人気ドラマ)『ウォーキング・デッド』のアジア人だ!」と声をかけられつづけたというユァンは、人種のみで存在を定義され、「非人間化(dehumanization)」される孤独感こそ、ジュープが秘めているものだと語る。「本当の自分自身の存在すら信じられないのなら、他者とつながれるはずがありません」(前掲*1)。
『NOPE/ノープ』 ©2021 UNIVERSAL STUDIOS
ピール監督は、ユァンについて「奇抜になりがちなキャラクターを大げさにしすぎず、リアリティをもって演じてくれた」と称賛している。
実際、ジュープの振る舞いのほとんどは、奇抜かつ大袈裟で、道化のようなコミカルさがある。子役時代に強いられた「大衆の期待の反映」を反射的に行なっている設定を踏まえれば、あのようなパフォーマンスは「嘲笑われる東アジア系」ステレオタイプの反映なのかもしれない。その根源は、白人家族の養子と思われる役を演じた『ゴーディ 家に帰る』の不気味な雰囲気からもうかがえる。
「嘲笑われる東アジア系」のステレオタイプを定着させたのは、ジョン・ヒューズ監督の1984年作『すてきな片想い』だと論じられている。このロマンスコメディーで日系俳優ゲディ・ワタナベが演じた中国人留学生ロン・ドク・ドンは、現在では「悪しきステレオタイプのよせ集め」とも呼ばれている(*4)。性的魅力のない「オタク」男性、英語や米国文化に無知な「外国人」、馬鹿にされても反抗しない「モデルマイノリティー」といった、おもに東アジア系に向けられる人種差別的イメージを強調するようなキャラなのだ。
このドンは、登場するたび「出オチ」になる「ギャグ要員」として演出されている。これこそ、悪名高き「存在し行動するだけで滑稽なアジア人」描写によって観客を笑わせる構造だ。映画のヒット以降、米国では、ドンのモノマネをして侮辱するアジア系いじめが広がったと証言されている。
個人の存在そのものをジョークにするような表現は、いまだなくなっていない。
2021年調査「I Am Not a Fetish or Model Minority」によると、2010年から2019年のあいだのアメリカ国内興行収入トップ10映画において、アジア・太平洋諸島系アメリカ人のキャラクターの半分近くが観客の笑いを誘発する存在にされていたそうだ(*5)。NBCによる同調査の解説記事のなかで、人種差別的表現が存続する理由には、一度うまくいったことを繰り返す業界の特性がある、と社会学者のナンシー・ワン・イェンは語る。「ハリウッドは、自己複製するだけですから」(*6)。
ハリウッドの「自己複製」を突破しようとした大作こそ『NOPE』だった。ピール監督は「5年前ならありえなかった」非白人の監督、主演によるオリジナル超大作を意図したという(本作パンフレット掲載のインタビューより)。この映画の存在そのものが、チャンスを与えられてこなかった人々のための道を示すものなのだ。実際、本作でUFOによって大志を叶えようとするメインキャラクターは、黒人、セクシュアルマイノリティー、ラテン系、そしてアジア系という、アメリカ映画史において搾取、排斥されてきた属性となっている。
『NOPE/ノープ』 ©2021 UNIVERSAL STUDIOS
UFOを利用しようとしたジュープは「見せもの」文化に呑まれるかのように終わってしまう。しかし、この映画が公開された2022年のハリウッドでは、まったく逆のことが起きていた。前出の元アジア系子役、キー・ホイ・クァンが、50代にして華々しいカムバックを決めたのだ。
彼が出演した映画は『EVERYTHING EVERYWHERE ALL AT ONCE(原題)』(2023年3月日本公開予定)。主演ミシェル・ヨーの夫役探しが難航した際『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』の画像を見た監督が「この子役の人はいまなにをしているのか」と思い浮かんでキャスティングが決定したという。同時期、クァンも、ほぼオールアジアンキャストのアメリカ映画『クレイジー・リッチ!』(2018年)の成功に影響を受けて俳優業復帰を模索していたことが重なったそうだ(*7)。
中国系の夫婦がマルチバースを行き交う奇抜なインディー映画は、2022年最大のサプライズヒットとなった。『ヘレディタリー/継承』で知られる配給・製作会社A24の最高記録となる興行収入1億ドルを突破したばかりか、作品ならびにヨーとクァンを『アカデミー賞』に推す声も数多い。本作の成功により、アメリカ映画業界におけるアジア系の物語や起用が増大するとも予想されている。さらに、クァンは、MCUシリーズ『ロキ』シーズン2への出演も決定した。
『NOPE』において、UFOの撮影に成功したヘイウッド兄妹のラストシーンは、黒人の人々が第一線で活躍していく新たなるアメリカ映画史の象徴のようでもあった。一方、現実では、ジェープのバックボーンにあるキー・ホイ・クァンが、障壁を打ち破り、アジア系としてハリウッドの地平を拓いてみせたのだ。つまり、『NOPE』風に言えば、アジア系の元子役は、UFOを「撮った」のである。