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【後編】『りんご音楽祭』と松本市。14年続くフェスは地元民にとってどんな存在か? 市民や市長に聞く

2022年09月21日 17:00  CINRA.NET

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Text by 川浦慧
Text by 垂水佳菜

地方都市で開催される音楽フェスやマーケットイベントは年々のその数を増やし、コロナ禍による中止や延期を乗り越えながらも、今年は多くのイベントが全国各地で開催された / される予定だ。

以前、長野県松本市で開催されている『りんご音楽祭』に行ったとき、会場に向かうタクシーのなかで運転手さんが、多くの来場者で賑わう街を眺めながら、地元を誇るように嬉しそうに街の様子を話してくれたことがあった。それは私の『りんご音楽祭』の思い出としてとても大切で、いまでも忘れられないものになっている。

このように音楽フェスは、その土地の観光資源になり得るばかりでなく、地元民にとっての「祭り」のような存在にもなり得るのかもしれない。

そこで、今年開催14回目となる『りんご音楽祭』について、主催者や関係者をはじめ、松本市民らへの取材を行ない「『りんご音楽祭』は松本市民にとってどんな存在なのか?」を紐解いていきたいと思う。あわせて、松本という街の魅力についてもみなさんに紹介いただいた。

前編に続き、後編では、松本市内でレコード店を経営する前田理子さん、同じく松本市内でブックカフェを経営する菊地徹さん、そして松本市長の臥雲義尚さんに登場いただく。

前田理子(まえだ りこ)
松本市のレコード店「MARKING RECORDS」店主。MARKING RECORDSは、世界中に散らばるインディペンデントシーンの熱を集めたレコードショップです。2016年オープン。

―MARKING RECORDSはどんなお店ですか?

前田:レコード屋です。中古ではなく、新譜の現在進行形でリリースされてるレコードやCD、カセットテープを販売しています。あとZINEや書籍も扱っています。

置いているものは、インディペンデントで活動しているアーティストのレコードがほとんどですね。国内のものに関しては、顔の見える範囲でというか、実際に自分がライブを見たことがあったり直接やりとりさせてもらえる範囲の方の作品が多いです。

―どういった経緯で、松本でお店を始められたのでしょうか?

前田:大学生のときに松本に進学して2年ほど松本に住んで、一旦就職のために地元に戻ったんですけど、松本にまたいつか戻りたいとは思っていて。それで2016年の秋に戻ってきてお店を始めました。

昔からずっと音楽が好きだったんですけど、私が大学生のとき、市内で小さいインディー規模の音楽イベントがいくつかあったんです。そういうイベントに通っていたんですよね。

そのイベントでは、海外のインディーバンドの来日公演をやって、松本のアーティストもそこで共演していたりして。アメリカのオリンピアっていう西海岸の小さい規模の街のバンドがよく来ていたりとか。小さな街同士の音楽家たちが、海を越えて草の根でつながっている、そういったシーンが1990年代の半ば~終わりぐらいから細く長く続いてたのを知って。OGRE YOU ASSHOLEも高校生のときから出ていたみたいです。こんな素敵なイベントが小さくても長く続いてるってすごくいいし、それが成立し続けるってすごくいい街だなと思ったんです。

―松本に暮らしてみて、どんな街だと感じますか?

前田:風通しのいい街だと思います。コロナ前は、いろんなミュージシャンが国外からも頻繁に来ていましたし、国内のアーティストもツアーでよく松本に回ってきたりもしました。

松本生まれの人も、私みたいに外から来て店をやってる人も、さらに外からライブとかで遊びに来た人も、ちょっとした交流とか交易というか、交わる場所になってる感じがあって。関東圏や名古屋方面から比較的アクセスしやすい地の利もあると思うんですけど。そういう風通しのよさを感じています。

―『りんご音楽祭』に行かれたことはありますか?

前田:あります。お店を始めてからは、自分がDJとして出演してたときもあったんですけど、そういう理由でもない限りお店を閉められないので、最近はなかなか行けていません。ここ数年は、夜早く店を閉めてちょろっと遊びに行く感じです。

『りんご音楽祭』に遊びに来ているお客さんが、イベントのついでにうちのお店に寄ってくださることがあります。『りんご音楽祭』の時期になると毎年会える、みたいな。出演者の方がレコードを買いに来てくれることもあります。なので、『りんご音楽祭』の時期は、いろんなお客さんと「年に一度再会する場」みたいな感じになってますね。

松本では5月に『クラフトフェアまつもと』というイベントもやっていて、そのときもちょっと近い雰囲気があります。

―『りんご音楽祭』はどんなイベントだと感じていますか?

前田:このままの格好でふらっと気軽に行けるフェス。アウトドアの格好をしなくても、楽に行けるっていうよさはあると思います。

あと、個人的に今年のラインナップは新たな変化があって面白いと思っています。おそらくこれまではほぼ主催のsleeperさんがブッキングしたアーティストだったと思うんですけど、今回は渋谷の翠月-MITSUKI-っていうクラブとか沖縄のLittle ROCKERS、東京と台北に拠点を持つBIG ROMANTIC RECORDS、あと松本のGive me little more.とか、各地でインディペンデントな現場を動かしている方がブッキングで参加しているみたいで。

さまざまな事情があって最近なかなかライブハウスやクラブに足を運べてない人も多いと思いますが、いま、このときの「現場の熱」みたいなものや、それぞれの場所で火を絶やさすに活動しているミュージシャンを知るきっかけになるイベントなんじゃないでしょうか。

―これまでの『りんご音楽祭』で印象的だったステージ、アーティストがいれば教えてください。

前田:見たいアーティストを見に行くっていうのもそうなんですけど、知らなかったアーティストに出会えるのがフェスの面白さだと思ってるので、コンパクトなセットでのライブとか実験的なパフォーマンスやDJが見れる「きのこステージ」が好きです。

『りんご音楽祭』2018「きのこステージ」の様子(撮影:みやちとーる(ステキ工房))

『りんご音楽祭』2018「きのこステージ」の様子(撮影:Daigo Yagishita"wooddy")

―『りんご音楽祭』で松本に来られるお客さんに、松本でのおすすめの過ごし方などがあれば、ぜひ教えてください。

前田:松本ってお店同士が緩くつながってるんですよ。互いのことをけっこう知っている。なので、どこか好きなお店に入ったら「おすすめのお店を教えてください」って聞くと、自分の好きな感じとか雰囲気に合わせてお店をおすすめしてくれると思います。

そんな感じで、あんまり決めすぎずにお店の人に話しかけてみてそこから聞いて周ってみると、松本をより深く面白く楽しめるんじゃないかなと思います。

菊地徹(きくち とおる)
松本市のブックカフェ「栞日」の店主。ほかにも、ミニマムな宿「栞日INN」と、銭湯「菊の湯」も運営。

―栞日はどんなお店ですか?

菊地:いわゆるブックカフェですね。1階が喫茶、2階が本屋のメインフロアで、喫茶ができる席もあります。

ここと別に「栞日INN」というミニマムな宿を一軒と、この店の向かいにある「菊の湯」という銭湯も運営しています。

―どういった経緯で、松本でお店を始められたのでしょうか?

菊地:もともとホテルや旅館で働きたいと考えていたので、大学卒業後少ししてから松本にある扉温泉 明神館という温泉旅館で働くことになり、松本に引っ越してきました。なので、松本にはとくに何の所縁もないんです。いま、カウンターに立っているのが妻なんですけど、彼女がその旅館の先輩で、そこで出会って結婚し、2人でお店をやろうということになりました。

―松本に暮らしてみて、どんな街だと感じますか?

菊地:栞日を始めてから松本のことを知っていった部分も大きいんですけど、まずは松本の街の規模感が好きだなと思いました。松本城があって、その城下に街が広がっていて。近世の頃につくられた城下町が、そのままのスケール感で現在までたどり着いているんです。当然ですけど当時の交通手段は徒歩なんで、人が歩いて回れる範囲内に、いろんな商いや生活が詰まっている。いまでこそウォーカブルとかコンパクトシティだとか言われますけど、松本は生まれもったそういう街だったので、歩いて回れる範囲のなかに大体のものが揃っています。

あとは、自分の考えを持ってお店をやってる先輩がけっこういるので、日々の暮らしが楽しそうだなっていうイメージが湧きました。

あともう一つは、自然との距離感がすごく絶妙なところです。例えば、安曇野の方まで車を走らせると、10分もしないうちに田畑に囲まれた風景のなかを走っていて、本当に山裾まですぐに行けて、木陰でちょっとゆっくり過ごすことができるとか、アクセスしようと思ったその数十分後にちゃんと自然の中に行くことができる。その自然へのアクセスのよさは、すごく魅力的だなと思いました。そのあたりが理由で、学生の頃からやろうと思っていた店を、松本でやることになりました。

―『りんご音楽祭』に行かれたことはありますか?

菊地:じつはまだないんですよ。お店を始めてから松本のイベントのことも知ったので、『クラフトフェアまつもと』のこともそうですし、いまちょうどやってる『セイジ・オザワ 松本フェスティバル』とかもそう。こういうイベントは、松本の歳時記みたいなもんですよね。松本の一年はこういうイベントで彩られているんだ、って感じました。お店をやっているので、なかなか遊びに行くことはできていないんです。

どちらかというと、毎年『りんご音楽祭』の時期になると、そのお客さんが帰りに寄ってくれたりとか、「いまから行ってきます」って寄ってくれたりとかしてくれて、「いってらっしゃい」って送り出したりするような距離感でずっと見てきていましたね。『りんご音楽祭』の時期は、普段いらっしゃる地元の人や観光客の方とはテイストが違うので、「あ、『りんご音楽祭』の週末だ」っていう店の雰囲気になります。

―『りんご音楽祭』で松本に来られるお客さんに、松本でのおすすめの過ごし方などがあれば、ぜひ教えてください。

菊地:さっき言ったように、歩くのに街のサイズ感がいいんですよ。多分『りんご音楽祭』に来る方であれば、アンテナに引っかかるようなスポットとかショップとかはちゃんとあると思うので、それぞれのアンテナで歩いてみるといいんじゃないでしょうか。

小さい街なんで、そのお店のオーナーさん同士がそれぞれのコミュニティーのなかで横のつながりがしっかりあるんですよね。複数のコミュニティーを跨いでるようなオーナーも多いんで、「次どこ行ったらいいですかね?」って声をかけたら、それぞれのオーナーさんがおすすめを紹介してくれると思います。そういう方法が、松本街歩きにおいては楽しい気がします。

ぼくも含めて、みなさん松本の街の何かしらが気に入ってこの街で店を開けているので。その何かしらっていうのが、この街の人たちの気質とか気風が自分の肌に合うとか、自分もこの街だったら自分らしく過ごせそう、とかだと思います。肩肘張らずにそのままで生きていけそう、みたいな。自分がやりたい表現を自由にやらせてもらえそう、みたいな。

ぼくの場合はそうなんですけど、そういうふうに街の空気を感じ取った人たちがそれぞれの表現としてそれぞれのお店をやってるんで、例えば理子ちゃんのお店(MARKING RECORDS)とぼくの店では扱ってるカルチャーシーンが重なったりずれたりしてるけど、でも広く言うと、似た者同士だったりするんですよ。この街で店をやることを選んでるっていう時点で。そうやって「じゃああそこも行ってみて」ってお互い言い合えるような仲なのも、いいところですよね。

臥雲義尚(がうん よしなお)
松本市出身、松本市在住。2020年3月、松本市長に就任。

―松本市は芸術文化に対して盛んな街という印象があります。「楽都」と謳っているように、もともと音楽的な側面からも特徴があるように思うのですが、そうなっていった背景はどんなところなのでしょうか?

臥雲:なぜ松本で音楽をはじめ、地方都市にしてはいろいろな文化芸術イベントが根づいているか、突き詰めると、お城の街だということだと思います。お城を中心に、江戸時代から明治~大正といろんな文物が集まってきて、それが現在に至るまでに育まれ、いま開花しているいろんな文化芸術イベントにつながっているのだと思います。

音楽でいえば、原点は鈴木鎮一さんですよね。独特のスズ・キメソードという方法論を用いて、戦後松本で音楽教室をスタートした方です。松本発の音楽教育ということで世界的にも知られている部分です。

コロナで休止していますが、いまでもアメリカやヨーロッパから子どもたちが夏季学校で来て、松本の「あがたの森公園」周辺で音楽の合宿をやっています。これが松本の音楽文化の戦後原点ですね。音楽の都「楽都」の出発点です。

そういったマインドを本格的に引き継いだ象徴的な存在になっているのが、『セイジ・オザワ 松本フェスティバル』です。小澤征爾さんが、ここ松本で世界的な音楽祭をスタートして、今年で30周年という節目を迎えました。

この2つの大きな潮流が、音楽という意味では、松本のいまに繋がります。『りんご音楽祭』のような、ある意味前衛的、インディーズ的な音楽は対極ですけど、しかしある意味、古典的でクラシックなものがあるからこそ、そうしたインディーズ、アバンギャルドな音楽が根づいて、いま大きくなりつつあるのかなあと感じるところです。

―松本市には、そういった伝統と革新を大切にするようなカルチャーがあるのでしょうか? 例えば街中を歩いていても、蔵造りの古い建物と新しい面白いお店が共存しているように思います。

臥雲:まさにそうですよね。私自身、松本の文化全体に感じるのが、「共存する」という価値観が非常にある街だということです。街中を歩くと、城下町の風情を引き継いでいる部分と、地方都市としてはおしゃれなショップが点在している部分があり、このアンバランスなものがバランスを取ってる、というところが、松本の文化芸術をかたちづくる根底にあるのかな、と。

―『りんご音楽祭』をきっかけに松本に来たという方も少なくないと思いますが、こうしたイベントが松本で開催されていることに対しては、どう感じていらっしゃいますか?

臥雲:すごく魅力的な若者文化が松本に定着したなぁと思います。私が松本に戻ってきたのが6年半前ぐらいですが、そのときまで恥ずかしながら『りんご音楽祭』を知りませんでした。市長選でいろんな市民の方々とお話しするなか、『りんご音楽祭』という名前は知ってる人はいても、ある年代以上ではほとんど実態を知らないという状況でした。とくに40代以上になると「若い人がアルプス公園で元気よくやってるらしいじゃん」くらいの認識だったと思います。いまいくつかある松本の文化芸術イベントのなかでも、集客力でいうとトップクラスの存在だけど、地元の人はその実態をあまり知らない。

『りんご音楽祭』は、古川陽介さんが独自に立ち上げて、そしてその横のつながりで、その世代の人たちが、気がついたら大きなムーブメントを生み出していた。行政としての松本、あるいは松本の中心的な分野や産業に携わっている人たちは、じつはその大きなムーブメントになるまでには、ほとんどノータッチだったと思います。

古川さんを中心とした若い世代が、気がついたら大きなムーブメントをつくっていた。しかも、フェスには著名な人物を呼んでいるといいうわけでもない。私自身、名前を聞いてもよくわからないミュージシャンがほとんどで、だけれども非常に熱狂的なファンがついていて、フェスティバル全体は集客力も熱狂度も非常に高い。これは一体何なんだ? と思っていました。

―臥雲市長も『りんご音楽祭』に行かれたことがあると伺いましたが、行ってみてどんなイベントだと感じましたか?

臥雲:私が最初に『りんご音楽祭』に行ったのは2019年でした。「観に行ったことある?」と周りに聞いても、中年以上は行ったことがないっていうので、これは絶対に一度は観に行こうと思って行きました。

古川さんと会場を歩きながら観せていただいて、まず思ったのが、行くまではすごくパンクのイメージが強かったんですけど、必ずしもそうじゃないということでした。リラックスして芝生に寝転がりながらゆったり聴けるような音楽もありました。

アルプス公園は、松本市民にとって特別な公園で。市内から車で10分もかからない距離にある広大な敷地で、世代に関わらず楽しめる自然環境なんですよね。『りんご音楽祭』は、このロケーションを素晴らしく生かしていて、そのなかで過激な音楽からリラックスした気持ちのいい音楽、さまざまなバリエーションを提供しているなぁと。

来場者の楽しみ方も、仲間で盛り上がる方もいれば、カップルで寝転びながらとか、子どもを連れてとか、どんな音楽が流れているかに関わらず、その空間が心地いい音楽祭だったんですね。こういうことなら人気がどんどん高くなってくるのもわかるな、と。まだ知らないぼくらの世代は、いままで敷居が高かったけど、これは楽しみ方があるなと思いました。

『りんご音楽祭』2019年の様子(撮影:平林岳志 / grasshopper)

―『りんご音楽祭』は今年で14回目ということで、そこには行政や市民の方との協力関係があるからこそなのだと思います。

臥雲:直接的に松本市が『りんご音楽祭』に関わるのは、会場のアルプス公園を提供するというところです。

その周辺には人家もあるので、大音量で音楽を奏でていれば迷惑に感じる人たちもいらっしゃいます。公園を思う存分使ってもらうためには、ある程度、主催者側との折り合いをつけるということが必要です。

たとえば開催時間について、当初は朝までやっていたということですが、それには住民のみなさんから少しご意見もあり、いまは夜9時までの開催になっています。そういったように、互いにキャッチボールがちゃんとできているのだと思います。行政の役割としては、主催者とキャッチボールをするには、市民のみなさんの意向をできるだけきめ細かく丁寧に聞いて、それをボールとして投げて、互いに折り合いをつけているということかな、と。

―いち来場者として、りんご音楽祭のどういうところが魅力ですか?

臥雲:さっき申し上げたことと重なりますけど、9月後半のアルプス公園っていうシチュエーションが、音楽を楽しむのにすごく適している場所であり、時期であると思います。ですので、何らかの自分に合った楽しみ方ができると思います。それが魅力だと思います。

―『りんご音楽祭』で松本に来るお客さんに、松本でのおすすめの過ごし方などがあれば、ぜひ教えてください。

臥雲:まずはお城を見ていただいて、そして蔵造りの建物が残っているストリートを楽しんでいただきたい。ということはもちろんなんですが、一見ぱっとしないような路地でも、歩いてみると素敵なショップがあるんですよ。街歩きのできる街だと思います。お城周辺から2~3キロの中に街は固まっているので、フェスで思う存分音楽を楽しんでもらったら、街なかをぶらぶら歩いて楽しんでもらいたいなと思います。