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【前編】『りんご音楽祭』と松本市。地方都市のフェスは「地元の祭り」になり得るか? 主催者らに聞く

2022年09月20日 19:00  CINRA.NET

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Text by 川浦慧
Text by 垂水佳菜

地方都市で開催される音楽フェスは年々のその数を増やし、コロナ禍による中止や延期を乗り越えながらも、今年は多くのイベントが全国各地で開催された / される予定だ。

以前、長野県松本市で開催されている『りんご音楽祭』に行ったとき、会場に向かうタクシーのなかで運転手さんが、多くの来場者で賑わう街を眺めながら、地元を誇るように嬉しそうに街の様子を話してくれたことがあった。それは私の『りんご音楽祭』の思い出としてとても大切で、いまでも忘れられないものになっている。

このように音楽フェスは、その土地の観光資源になり得るばかりでなく、地元の人々にとっての「祭り」のような存在にもなり得るのかもしれない。

そこで、今年開催14回目となる『りんご音楽祭』について、主催者や関係者をはじめ、松本市民らへの取材を行ない「『りんご音楽祭』は松本市民にとってどんな存在なのか?」を紐解いていきたいと思う。あわせて、松本という街の魅力についてもみなさんに紹介いただいた。

前編となる本稿では、『りんご音楽祭』主催者の古川陽介(dj sleeper)さん、『りんご音楽祭』の広報を手伝う編集者の徳谷柿次郎さん、そして『りんご音楽祭』常連であり名古屋を拠点に活動するラッパーの呂布カルマさんに登場いただく。

古川陽介(ふるかわ ようすけ) / dj sleeper
『りんご音楽祭』代表・瓦RECORD 経営者。神奈川生まれ、山梨育ち。信州大学在学時より長野県松本市に在住。20歳で松本市内にパーティーハウス「瓦RECORD」を立ち上げ、オーナーを務める。2009年、26歳で『りんご音楽祭』を初開催する。以降現在まで毎年開催を続け、秋を代表するフェスとなった。dj sleeperとしても全国各地のパーティで活躍している。

―古川さんの普段の活動から教えてください。

古川:普段は全国でいろんなパーティーをやったり、子育てをしています。毎日3回洗濯を回してからパーティーに行ったりしていますね(笑)。瓦RECORDのオーナーとブッキングもやっていますけど、いまはもう店の運営はスタッフに任せてます。

生まれは神奈川、育ちは山梨で、松本は大学進学で初めて来ました。その後、東京と松本の二拠点生活期間もありながら、21年間松本に暮らしています。20歳で瓦RECORDを立ち上げたので、お店は今年で18年になります。

ー松本に暮らしてみて、どんな街だと感じますか?

古川:気に入っていることのひとつは、大都市と遠すぎず近すぎない距離感です。たとえば、ぼくが育った山梨県の大月は東京に1時間で出られるので、みんな東京に出ていっちゃうんです。そうなると街のカルチャーが生まれない。でも松本は、街のカルチャーがありながらも、東京へ行きやすくもあるんです。

それと、ぼくはもともと体が弱くて、小さい頃からしょっちゅう体調を崩してたんです。水が不味いのは本当につらくて、東京の生活もそれがきつかった。松本は水が本当にきれいで、この店も井戸水だし、街中にも井戸水が沸いているんです。

店の前に流れている女鳥羽川も、市街地にあるのに夏になると蛍がいるんですよ。都市でありながら自然が豊かで、少ないけどクラブやライブハウスもあって、少し車を出せば登山もスキーもできる大自然に出られる、そういうバランスが気に入っています。

―『りんご音楽祭』は今年で14年目の開催となります。DIY精神やインディペンデント感を残しつつ、地域に根差した音楽フェスだと感じますが、どんなことを目指して開催しているのでしょうか?

古川:基本的に、ぼくがライブを見ていいと思ったアーティストをブッキングしているんですけど、ぼくはここに呼んでいる人たちを日本のポップスにしたいと思って、『りんご音楽祭』を始めたところがあって。

ポップスになるのに大事なのは、「こわくない」ことだと思うんです。たとえ、どれだけマニアックなことをやるとしても、見え方次第でポップスになれると思うんです。なので、たとえば『りんご音楽祭』っていう名前も、ポスターのデザインもそうですけど、見せ方はすごく考えています。

知らない人からしたらどんなイベントなのかよくわからないと思うし、音楽流してドンチャンしてたら、こわい印象を持たれることもある。でも『りんご音楽祭』という名前をつけることで、「こわくない」とか「馴染みやすい」と思ってもらって、地元の人たちにも来てもらいたくて。だから、松本に馴染みのある「りんご」だし、「フェスティバル」じゃなく「祭り」にしました。

『りんご音楽祭』2018年の様子(撮影:渡邉和弘)

『りんご音楽祭』2019年の様子(撮影:平林岳志 / grasshopper)

―『りんご音楽祭』は松本の祭りになることを目的のひとつにも挙げていますが、そこにはどんな思いがあるのでしょうか?

古川:松本にはいいところがたくさんあるんです。たとえば、ぼくは松本に「放っておく」というカルチャーがある気がしていて。田舎だと、よそ者が街で派手なことするとあまりいい顔されないこともあると思うんですけど、それが松本にはあまりない。許容してくれるというか。松本って変わったお店が多いんですけど、変わってるからといって邪険に扱われたりしないんです。それは、田舎では珍しいんじゃないかなと思いますね。

あとは、昔から残っているものを大事に使い続ける文化もあります。蔵造りの建物や、古い銭湯や喫茶店がたくさんある。そういう理念がある街なんだと思います。

それに松本市内の飲食店って、土日で観光客がいる時期でも14時~17時までお昼休憩で店を閉めるところが多いんですよ。日曜定休も多い。そうやってみんなしっかり休んでるんですけど、それでも成り立ってるのがすごいですよね。

そういういいところがたくさんある街だからこそ、もっと知ってほしいし、街を盛り上げたいと思う。『りんご音楽祭』に来てくれたついでに松本で遊んでほしいし、街のことも知って好きになってほしいと思うんですよね。

―フェスを続けていくには、行政や市民との関係性も必要だと思いますが、『りんご音楽祭』はそういった点から、14年間どういった取り組みをされてきたのでしょうか?

古川:『りんご音楽祭』は行政からの助成をもらっているものではないので、ある意味で行政とぼくらは対等な関係というか。14年やってきたなかで、会場であるアルプス公園の規約を守ることとか、迷惑をかけたことは反省して改善するということをきちんとやってきた信頼の積み重ねで、いまがあると思います。

―『りんご音楽祭』で松本に来るお客さんに、松本でのおすすめの過ごし方などがあれば、ぜひ教えてください。

古川:松本に住んでる人や遊び慣れてる人をみつけて、くっついていくのがいいと思います。それで自分が気に入ったお店があったら、お店の人におすすめを聞いてみる。紹介してもらったお店は間違いないと思います。あと、わかりづらい場所にある古いお店は、いいところがたくさんあります。

徳谷柿次郎(とくたに かきじろう)
Huuuu inc.代表取締役。ジモコロ編集長6年目。全国47都道府県を編集するお仕事。長野に移り住んで、自然を愛でています。初の著書『おまえの俺をおしえてくれ』が9月16日に発売。

―柿次郎さんは、5年ほど前に長野市に移住されたそうですね。長野県との関わりも深い印象があります。

柿次郎:SuuHaa(長野県の移住総合メディア)の運営など、長野県のお仕事もしていますね。でも長野県が地元とかではなく、6年ぐらい前に長野市にあるこのシンカイっていう場所に遊びに来たのが最初です。こんなコミュニティーと面白い店あるんだと思って、それが一つのきっかけで長野市に移住しました。

もともとシンカイは、信州大学の学生たちが住み開きというかたちで、2階に住んで1階でイベントをしたり、街の人と交流したりする場所でした。それから2018年にここを譲ってもらうことになり、いまのお店にちょっとずつを切り替えていきました。いま、1階はお土産屋さんになっています。

―柿次郎さんはさまざまな自治体とお仕事されたり、全国いろんな街を見てこられていると思いますが、長野にはどんな印象がありますか?

柿次郎:自然環境のよさはもちろんですが、生存戦略的に生き延びやすい土地だと思ってます。

ぼくは長野県の信濃町に家と土地を買って、畑をやったりしているのもあって、こういう考え方になっているところもあるんですけど。長野県は土地が広いわりに人口が少ないし、もちろん高齢化の問題とかはあれど、みんな元気で。それは長寿っていう意味もあるんですけど、もともと厳しい土地で冬の寒さと向き合ってきた人たちの生き方みたいなものと、そこに付随する暮らしの知恵があると思うんです。

山のなかで、自分たちでつくれるものをつくるっていうDIY精神もありますよね。あと教育県を謳っているだけあって、真面目な人が多い。そういうものを掛け算したら、長野はだいぶ強いと思います。

あと、結構大きい家に住んでる人が多いですね。人間が持つべきものを大体持ってる人が多い。そのせいか、人に対してすごく優しい人が多いですよね。もちろん、他者に対して村的な価値観もなくはないと思うんですけど、ぼくは結構ポジティブに、入り込みさえすればめちゃめちゃ生き延びれると思って移住もしてきているし、実際住んでそう感じています。地元に誇りを持ってる人も多い気がしますよね。

ー今年から『りんご音楽祭』との関わりもあるそうですね。

柿次郎:『りんご音楽祭』は6年前から毎年遊びに行っていて。今年から「ボランティア編集」として、広報などを手伝っていますし、トークで出演もする予定です。

ー『りんご音楽祭』は松本市で開催されて今年で14回目になるのですが、地域の人たちにとってどんな存在だと感じますか?

柿次郎:どうなんだろう? ぼくの知り合いでは、『りんご音楽祭』に欠かさず行ってるような人は、実は多いわけじゃないですね。もちろん若い子とかは行ってると思いますけど、「もうすぐりんごだよ! 行こうよ! 楽しみだね!」みたいなのは、ぼくの周りではあんまり見なくて。「やってるから行こう」みたいな「誘われたら行こう」みたいな距離感というか。日常の地域のお祭りみたいな、そんな感じなのかな。いわゆる『フジロック』とか、そういったもののテンションと違いますよね。

ーいち来場者として、『りんご音楽祭』はどんなイベントだと感じていますか?

柿次郎:たまたまフラッと見たライブのアーティストがめちゃめちゃすごくて、そのまま人気がでて売れていくってことがたくさんありますよね。そういうアーティストをラインナップに入れてるところがsleeperさんの現場力、センスだと思います。

ぼくはいつもずっと「そばステージ」にいます。そばステージのちょっと小高い丘に早めにシート敷いて、そこで一緒に行った5、6人ぐらいの友達と座って飲んだり。好きなアーティストが出たら前に行って、また戻って飲んだりとかそういう過ごし方をしています。

9月の夕方以降、ちょっと陽が落ちてきたときの気温の下がり方とか、遠くに見える山の景色とか、「これぞ松本の景色のよさ」みたいなものが、いい音楽といい環境とともに感じられるのは、堪らないです。

『りんご音楽祭』2019年の「そばステージ」の様子(撮影:平林岳志 / grasshopper)

『りんご音楽祭』2019年の「そばステージ」の様子(撮影:古厩志帆)

ーこれまでの『りんご音楽祭』で印象的だったステージ、アーティストがいれば教えてください。

柿次郎:めちゃくちゃいますよ。初めて行った2016年の『りんご音楽祭』でTHA BLUE HERBがトリだったんですけど、会場の空気とBOSSの言葉のハマり方が忘れられないです。前の方の若い子がめっちゃ泣いてて。別のフェスでもそういうシーンは見るんすけど、その日のステージは忘れられないんですよね。

柿次郎:もうひとつは3年ぐらい前に見た、U-zhaan×環ROY×鎮座DOPENESSのステージは、お昼過ぎ14時~15時ぐらいにフリースタイルセッションみたいな感じで楽しそうにやってたときの、どんどんバイブスが上がっていく感じが忘れられないですね。ほかにもいっぱいありますけど、この2つは強烈でした。

『りんご音楽祭』2018年のU-zhaan×環ROY×鎮座DOPENESS(撮影:齋藤暁経)

ー『りんご音楽祭』で松本に来るお客さんに、松本でのおすすめの過ごし方などがあれば、ぜひ教えてください。

柿次郎:ぼくがいちばん推しているのは、浅間温泉の「枇杷の湯」っていう、重要文化財になっている建物の中にある温泉ですね。そこの露天風呂の泉質がめっちゃいいし、建物の雰囲気もいいんですけど、ちょっと小高いところに建ってるので露天から松本の景色が見えるんですよ。山とお風呂の景色のバランスが、最後の夏っていう感じがして(笑)。

もしくは松本城近くの「塩井乃湯」っていう銭湯ですね。ぼくも『りんご音楽祭』が終わった夜は毎年行っています。毎年そこでしか会えないおじいちゃんと再会するのも、『りんご音楽祭』で楽しみなことの一つです。

呂布カルマ(りょふ かるま)
日本のヒップホップMC。愛知県名古屋市を拠点に活動している。JET CITY PEOPLE代表。

―呂布さんは、たくさんのフェスやイベントに出演されていて、『りんご音楽祭』も常連です。出演者視点から、『りんご音楽祭』はどんなイベントだと感じますか?

呂布:そうですね、いろんな地方都市のイベントにも行きますけど、『りんご音楽祭』はほかのフェスに比べても地域密着型だと思います。『りんご音楽祭』の会期中、夜も松本の街中でアフターパーティーみたいな夜の部があるじゃないですか。それ以外にも、『りんご音楽祭』に紐づいたパーティーを松本でやっていたりとか。

地方都市のフェスって人里離れたところでやるものも多いので、街中には行かずに帰ることも多いと思うんですけど、『りんご音楽祭』は松本の街からも近いアルプス公園でやって、夜には街でアフターパーティーをやるっていう、街へ降りていく動線があるのがいいなと思います。あと、主催してるsleeperの存在を強く感じるイベントですね。

―それは、どんな場面で感じるのでしょうか?

呂布:イベント中もそうですし、ラインナップややろうとしていることからも感じます。いまはわかんないですけど、呼んでるアーティストは、sleeperがライブを見て決めてるというのも大きいですよね。ほかのフェスに比べて、主催者が誰なのか、どんな意志でやっているのかを、しつこいくらい感じます。

『りんご音楽祭』2021年の呂布カルマ(撮影:平林岳志 / grasshopper)

『りんご音楽祭』2021年の呂布カルマ(撮影:Shota Kumagai)

―sleeperさんは松本を拠点に活動をされていて、その点は名古屋を拠点に活動する呂布さんと似ている部分もあるのかなと感じます。sleeperさんは、松本の音楽シーンを盛り上げることも『りんご音楽祭』の目的のひとつにしているそうですが、そういった活動をどのように見られていますか?

呂布:自分は、松本に限らず地方のパーティーにもよく行くんですけど、地方都市でシーンをつくるために頑張っている人はたくさんいます。そのなかでも、いちばん精力的、野心的にやっているのはsleeperだと思いますね。sleeperも日本全国いろんなところに行って顔出すし、『りんご音楽祭』に紐づくパーティーを全国各地でやって、最終的に『りんご音楽祭』に集めてる。そうやって、待ってるだけじゃなくて、自分から迎えにいくような動きをつねにしてるのは、ほかの人たちとはちょっと違う部分かなと思います。

―呂布さんも名古屋でご自身のパーティーを開催されていると思うのですが、それも、地域のシーンを盛り上げる目的もあるのでしょうか?

呂布:まったくないわけじゃないけど、ちょっと違うかもしれないです。16年間毎月やってるパーティーがあるんですけど、それは平日にやっていて。週末はどこかのイベントに呼ばれてライブして、どちらかというと仕事としてやっている。でも、平日の夜にふらっとクラブで遊ぶことも好きなので、そういう場所をキープしておきたいと思ってやっているところが大きいです。

もうひとつ、若いミュージシャンの育成とまではいかないけど、若い子たちのためのイベントも月2回やっています。でもこれも、sleeperがやっていることとは少しスタンスが違うかもしれないですね。

―松本はどんな街だと感じますか?

呂布:松本は何度も行っているんですけど、昼の市内を観光したことはあんまりないんです。夜のパーティーに出るとき、繁華街をうろうろすることはあるんですけど。でも、松本は街がおしゃれですよね。地方都市って大体同じ感じがしますけど、松本は古い蔵造りの建物がたくさんあったりして、街全体に通底した美観みたいなものがある。ああいう建物や街の雰囲気がすきな若い人が外からやってきて、お店を始めたりしてるんじゃないかと思いますね。

あと、女の人が元気だなと思います。瓦RECORDでライブしたときに、女の子たちが主役っていう感じがしました。それも1人や2人じゃなく、5~6人くらい強烈な子がいて、この街は女の子が強いんだなって感じましたね。

―これまでの『りんご音楽祭』で印象的だったステージ、アーティストがいれば教えてください。

呂布:『りんご音楽祭』はよくも悪くも楽屋がないので、待機している場所がないんです。だから、出演者も会場内をうろうろしているしかなくて。自分はずっとアナログフィッシュが好きで、初めて会ったのが『りんご音楽祭』でした。出番前に歩いてたら、下岡さんに声かけてもらって。

『りんご音楽祭』2016年のアナログフィッシュ(撮影:渡邉和弘)

―『りんご音楽祭』に来られるお客さんに、おすすめの過ごし方などがあれば、ぜひ教えてください。

呂布:アルプス公園なんで、ピクニックですよね。その辺にシート敷いて寝転んでる人もたくさんいるし。ほかのフェスほど、キャンプサイトとかでしっかり区切られてるわけじゃなくて、公園の中にいる感じですよね。あとアルプス公園は坂道が多いんで、調子乗って歩きすぎると足がめっちゃ疲れます。ちょうど心地よく腰をおろせる場所を確保しておくのは大事、ってところですかね。