Text by 井戸沼紀美
Text by 隈元博樹
映像アートの実験性と新たな可能性を提示する映画祭『イメージフォーラム・フェスティバル』が36回目の開催を迎える。今回のテーマは「アンダーグラウンドを再想像する」。この「アンダーグラウンド」とは、伝統的な規範への抵抗、あるいは支配的なシステムからの逸脱を目的に生まれた言葉だが、現代においてはどのような意味を持って位置づけることができるのだろうか。
映画祭を通じてその考察を深めるべく、本稿では魅力あふれる特集プログラムから、とくに注目すべき上映作品を紹介したいと思う。
『イメージフォーラム・フェスティバル』ポスタービジュアル。イラストレーションは近田春夫によるもの。同映画祭は東京・渋谷のシアター・イメージフォーラム、スパイラルホール、SHIBUYA SKYの3会場にて開催されたのち、京都、名古屋へと巡回する
まずは中国の若い世代、とりわけ天安門事件(1989年、北京市にある天安門広場で民主化を求めて集結していた学生や市民たちを軍隊が武力で鎮圧し、多数の死傷者を出した事件)以降に生まれた世代に焦点を当てた特集「“青年特快”―中国インディペンデント映画の新しい声とヴィジョン」。いまだ国家による規制が強いと言われるなか、いわゆる「テン年代」以降に登場した中国の若き俊英たちは、いかにしてその作家性を構築していったのだろうか。そのことを検証し、目撃するためのプログラムだと言っても過言ではない。
なかでも注目は「目覚ましきデビュー作」と題されたプログラムだ。『凱里ブルース』(2015年)、『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』(2018年)によって世界中にその名を馳せた映画監督ビー・ガンの短編2作と、長編デビュー作にして遺作である約四時間の映画『象は静かに座っている』(2018年)を発表したフー・ボーの短編5作品がラインナップされている。
スパイラルホールで上映される『ツガチハ日記』(2021年)は、ポルトガルの映画監督ミゲル・ゴメスの最新作。過去作である『私たちの好きな八月』(2008年)と同様、真夏の陽光や壮麗なロケーションを彷彿とさせる同作は、逆行する時空間、コロナ禍の現実など、フィクションとドキュメントを巧みに織り交ぜたフィルムだという。
世界各国の映画祭で多くの賞に輝いた『大いなる運動』(2021年)は、標高3,600メートルに位置するボリビアの首都・ラパスを舞台にした物語。都市と映画の親和性、夢と現実の混交した世界観を描く演出が非常に優れていると謳われている。
近年の中国、コロナ禍のポルトガル、標高3,600メートル地点のボリビアといった、さまざまな場所や空間から「アンダーグラウンド」を想像することが期待される一方で、ダイレクトにその熱を感じることのできる作品もラインナップされている。なかでもマヤ・デレン、ジョナス・メカス、ケネス・アンガーらとともに1960年代アメリカの「アンダーグラウンド映画」文化を牽引した作家グレゴリー・マーコポウロスによる代表作『イリアック・パッション』(1964-67年)が日本初公開される貴重な上映機会を見逃す手はないだろう。
グレゴリー・マーコポウロス『イリアック・パッション』
また「色彩と記憶をめぐる旅」と題されたプログラムでは、グラフィック・デザイナーであり、美術家の田名網敬一を特集。1960年代のアンダーグラウンド及びサイケデリック・カルチャーに端を発し、絵画、アニメーション、さらには映像作品を手掛けてきた田名網の、実験的創造に満ちた軌跡をたどる。
今年の『イメージフォーラム・フェスティバル』には、音楽映画の良作がそろっていることもつけ加えておこう。「いま見られるべき世界の音楽映画」をセレクトし、SHIBUYA SKYの360度オープンエア空間で上映する『ROOF TOP “LIVE” THEATER』では、『シスターズ・ウィズ・トランシスターズ』(2020年、リサ・ロヴナー)に注目したい。同作はエレクトリック・ミュージックのパイオニアであるにもかかわらず、それほどよく知られていない女性たちの実態を通じて、音楽史を読み直していくドキュメンタリーだ。
『シスターズ・ウィズ・トランシスターズ』場面写真(c)Peggy Weil
同じくSHIBUYA SKYで上映される『トラララ』(2021年、ジャン=マリー+アルノー・ラリユー)は2021年『カンヌ国際映画祭』のアウト・オブ・コンペティション部門に選出されたミュージカル。ストリートミュージシャンのトラララを通じて描かれる奇妙な珍道中は、傑作の呼び声も高い。
なお『トラララ』で主演を務めた俳優のマチュー・アマルリックは、『イメージフォーラム・フェスティバル』期間中に来日。アマルリックは自身のライフワークとして音楽家のジョン・ゾーンに関するポートレートを撮り続けており、その集大成となるドキュメンタリー『Zorn Ⅲ』(2018-2022年)も今回上映される。
また音楽に関連するプログラムとして見逃せないのが、映画『貝殻と僧侶』(1928年)の上映と蓮沼執太&ユザーンによるライブ演奏とのコラボレーションだ。同作を監督したのは、今年生誕140年、没後80年となり「最初期の『女性映画作家』のひとり」とも言われるジェルメーヌ・デュラック。1928年につくられた『貝殻と僧侶』と音楽との融合により、「映画との再邂逅」とも言うべき体験が待ち受けていることだろう。