Text by 羽佐田瑶子
Text by 後藤美波
昨今、ハラスメントや深刻な労働環境などの問題がつぎつぎ明るみになっている映画業界。日本でもやっと訪れた#MeTooの流れを「ムーブメント」で終わらせてはいけないと、業界構造変革のためのアクションが積極的に行なわれている。
8月24日、表現の現場の実態調査を行なう「表現の現場調査団」が1年以上にわたって調査してきた「ジェンダーバランス白書2022」が発表された。映画に限らず、美術、演劇、音楽、文芸、デザイン、建築、漫画、写真といった9つの文化芸術分野を対象に、知名度の高い賞やコンクールなどの審査員および受賞者、教育機関における教員や学生の2011年~2020年のジェンダーバランス(男女比)を調査したもの。
結果、すべての分野で「指導的立場」「評価する立場」の男性の割合が高く、受賞者も男性の割合が圧倒的というアンフェアな状況が炙り出された。ことさら映画業界は、ジェンダーバランスの不均衡が顕著であることもわかった。今回の調査結果をどう受け止め、今後につなげていくべきなのか。映画分野の調査を担当した映画監督の深田晃司にインタビュー。ともに調査に参加した大舘奈津子、ホンマエリ(キュンチョメ)にも参加してもらい、話を聞いた。
「ジェンダーバランス白書2022」で可視化された、文化芸術分野での指導・評価する立場における男女不均衡。
9分野いずれも総じて男性の数が優位であり、賞の審査員の全体統計の平均が男性77.1%、女性は22.8%、大賞受賞者に関しては男性比率が65.8%だった。また教育機関においては、2021年の美術系大学6校(※)の学生数は女性73.5%、男性26.5%、教授は女性19.2%、男性80.8%。表現を志す学生には女性比率が高いのに対し、指導者や審査員の立場になると女性が少なくなるという状況が可視化された。
「表現の現場 ジェンダーバランス白書2022」より、9分野全体の審査委員および大賞受賞者の男性比率(白書全文はこちら)
「表現の現場 ジェンダーバランス白書2022」より、美術系大学の教授および学生の男性比率
映画分野の調査結果の詳細を説明する前に「表現の現場調査団」(以下、調査団)について触れたい。調査団は、2020年11月、表現に携わる有志により設立され、「表現の現場における様々な不平等を解消し、ハラスメントのない、真に自由な表現の場を作ることを目指す」ことを目的としている。昨年は、ハラスメントの実態調査「表現の現場ハラスメント白書 2021」を発表。
今回の調査は、ハラスメントの大きな一因ともいえるジェンダーバランス(男女比率)の不均衡に着目。賞や教育機関などの権力勾配があるなかでの男女不均衡な状況を実証するべく行なわれた。
ここからは具体的に、映画分野の調査結果から見えてくるトピックについて触れたい。
映画分野では18団体、19の賞(※)の2011年~2020年の状況を調査。『日本アカデミー賞』など商業映画が対象となる賞、『ぴあフィルムフェスティバル(PFF)』など自主映画や学生映画を対象にした賞、そして国際映画祭の3ジャンルにわたり、審査員や、大賞・最高賞などの受賞者を集計している。
9分野全体の数値と比較すると、映画業界の審査員数は男性74.3%と全体平均に近いが、受賞者数は男性82.4%と大きく上回った。
「表現の現場 ジェンダーバランス白書2022」より、映画分野の審査員および大賞受賞者の男性比率
データから見えてくることの一つとして、他分野同様に男性偏重の評価軸が形成されているということがある。それは、主に全国公開される商業映画を対象にした賞において顕著で、『日本アカデミー賞』では賞の投票権を持つ協会会員の男性比率が75.3%(2019~2021年の述べ人数)、最優秀賞受賞者の男性比率が94.5%と男性偏重が際立った。
また白書によると、『毎日映画コンクール』作品賞の審査員は男性4人、女性1人という「紅一点」の構造が固定化し、さらに審査員が奇数の場合は男性3人、女性2人など女性の割合が多数になることはなかった。深田監督は、文芸分野の調査でもジェンダーバランスが圧倒的に男性多数であった評論分野の実態に触れ、「ホモソーシャルな批評空間になっているのではないか」と指摘している。
「表現の現場 ジェンダーバランス白書2022」より
対して、自主映画や学生映画を対象にした賞はほかの映画賞と比べて女性比率が高くなる。自主映画・学生映画の国内最大のコンペティション『PFF』は、荒木啓子がディレクターを務める1992年からは、統計外だが一次審査員については「ジェンダーバランスを50:50に近づけるよう考慮している」と回答している。
『PFF』と一般公募の『TAMA NEW WAVE』は、女性の審査員、女性の受賞者ともにほかの映画賞よりは比率が高い傾向が重なるが、『TAMA NEW WAVE』と同じ主催で商業映画を対象にした『TAMA映画賞』の受賞者はほとんどが男性。それは商業映画に比べ、若手の自主映画や学生映画ほど女性の制作者が多い点とつながっている。
「表現の現場 ジェンダーバランス白書2022」より
国際映画祭に関しては、⽇本唯⼀の国際映画製作者連盟公認の⻑編映画祭『東京国際映画祭』の⼥性受賞者は10年で18名と少ない。だが、ほかの映画祭も含め、アジア映画を対象とした部門や賞では女性が受賞者の比率が増えるという傾向も見られた。白書では「⽇本を含め映画の伝統の『分厚い』国ほど、積年のジェンダー慣習が固定化し男性の優位性が保持されやすくなる傾向があるのではないだろうか」と推察されている。
「表現の現場 ジェンダーバランス白書2022」より
このような結果から深田監督は、自主映画や低予算の映画では女性監督が多く見られるにもかかわらず、規模の大きい商業映画になると圧倒的に男性優位になる状況を指摘。その理由をこう考察する。
「映画製作は他の表現分野と比較しても莫大な資金がかかることから、経済的なリスクを抑えるため、実績のある人が優先されがちになる。『条件に恵まれた研究者が優れた業績を挙げることでさらに条件に恵まれる』ことを科学分野ではマタイ効果と呼び、同じことが文化芸術業界でも起きているのではないか。
不均衡なジェンダーバランスが前提のなかで評価を得たつくり手が、さらに審査員や決定権を握る立場に立つ構造が繰り返され、男性中心の評価体系が維持されている。マタイ効果自体は良い悪いではなく起こるもの。問題はそれが当事者の多様性の不均衡をも維持する役目を同時に果たしてしまうこと。そのサイクルを断ち切るためには制度や製作によって意識的に変化を促していく必要を感じます」
表現の現場調査団のメンバーとして映画分野の調査を担当した深田は、白書の結果を踏まえ、個別取材に応じた。同じく調査団のメンバーであるホンマエリ、大舘奈津子も同席のもと、話を聞いた。
─今回の結果を、深田監督はどのように受け止められましたか。「贖罪のような気持ちで話している」と記者会見で仰っていましたが。
深田:私も、人様のジェンダーバランスを指摘するだけではなく、自身が携わった直近4作品のスタッフの男女比を集計しました。そうすると、女性は3割程度という数値が出ました。これは肌感覚的に、多くの映画現場に当てはまる数値だと思います。技師やプロデューサーなど、ある程度決定権を持つポジションになると、さらに数値は低くなりました。調査結果と合わせれば、いかに映画業界が男性優位であるかは明白で、今回の調査は自分自身が履いてきた「下駄の高さ」を知るための時間でした。
─深田監督の最新作『LOVE LIFE』は女性プロデューサーでしたよね。監督同様、作品の決定権を握る重要ポジションに女性がいることは明るい話のように思うのですが。
深田:私は、たまたま昔から女性のプロデューサーと組むことが多いんです。ただ、プロデューサーは何人かいて、役割が分かれています。現場の調整役、企画開発から携わる役などさまざまですが、彼らを統括する、映画会社での役員など上位のポジションにいる「プロデューサー」はほぼ男性です。
─ご自身の現場レベルでは、今後どのような取り組みを考えられていますか?
深田:いろいろ細かいことを考えていますが、まずはスタッフィングの際に「頼みやすいところに頼む」という無意識的な慣習から一度距離を置いて、ジェンダーバランスを意識することが第一だと思っています。スタッフを決めるのは監督だけではないので、プロデューサーとも事前にそういった意識を共有すること。次作まで時間があるので、じっくり考えたいと思います。
─本調査に対する反応として、「ジェンダーバランスが悪いと何が問題なのか?」という意見が挙がることが考えられます。あらためて、業界のジェンダーバランス不均衡にはどんな問題が内在しているのか、監督の考えをお伺いできますか。
深田:この問題に目を向けると「表現とは何か」という問いにぶつかります。私は、あらゆる表現とは「フィードバック」、つまり「私の目には世界がこう見えている」ということを、作品というかたちで可視化して世界に返すことだと思っています。
同じ社会に生きていても、人それぞれ見えているもの、考えていることが違う。たとえば同じ夜道でも、男性と女性では見える世界がまったく違うわけです。仕事帰り、開放的な気持ちで楽しく夜道を歩く男性がいる一方、恐怖心を抱えて帰宅する女性もいる。そうした喜び、恐れ、不安、信頼、あらゆる目に見えない感情を当事者が何かしらのかたちで「表現」して世界に届け、それが見られることによって社会の多様性が育まれていくわけです。
では、男性が全員フェミニストになって女性に配慮した作品をつくれば多様性が確保されるのか、というとそういうことではない。男性だから男性を選ぶ、女性だから女性を選ぶ、みたいな単純な話ではなく、やはり大切なのは当事者性です。人間とは、自分自身の属性や生きてきた環境の影響から完全に逃れることはできません。いくら男性が女性の視点を意識したとしても、ジェンダーにとらわれないと思っていても、無意識のバイアスが働いてしまう。それは女性も同じことです。なので、とにかく表現する当事者が多様であることが大事。審査もまた同様です。
もしいずれ、日本社会全体を見て男女の当事者性のバランスが取れているような状況になれば、例えばこの映画祭の審査員はたまたま男性が多い、こちらは女性が多いね、という差もそれぞれの個性としてありえるとは思います。ただ、現在はそうではなく、圧倒的に男性多数の不均衡な状況でいかに女性の当事者を増やしていけるかが優先的な課題であることを忘れてはならないと思います。
8月24日に行なわれた記者会見より深田監督 / 表現の現場調査団提供
─多様な視点からの表現が評価されることも、そういった表現が生み出され続けることにつながると思います。
深田:例えば黒人が奴隷で白人中心社会だった時代、映画も小説も白人の物語ばかりで、黒人の考えを気に留める人は少なかったはずです。しかし、その苦しみや葛藤を黒人自身が小説にしたり詩にしたり、あるいは運動家になって訴えることで少しずつ白人社会に「黒人当事者の視点」がフィードバックされ、社会全体の価値観が変わっていきました。映画においても、黒人を白人が黒塗りで演じることが当たり前だった時代を経て現れた、スパイク・リー監督などのブラックムービーの重要さは言うまでもありません。
やはり、民主主義ときちんと向き合わなければなりません。民主主義の本質は単純な多数決ではなく、いかに多様な価値観を汲み取って、社会制度に反映させていくかということだと思っています。そのためには、多様な人々の思いや視点が社会に可視化されている必要があり、そうしたときに「表現」はものすごく強い力を発揮します。だからこそ一つのジェンダーに偏らない、表現の現場の構造改革がいまは必要だと思います。
─白書に寄稿されていた岨手由貴子監督のコラムに「作品をつくるための議論の場を豊かにするためにも、ジェンダーバランスの是正が必要ではないか」と書かれていたエピソードが印象的でした。
深田:岨手さんの場合は、映画づくりの打ち合わせで女性は良くて3割、総勢10人のうち女性は自分だけという現場もあったと書かれていました。そうすると、個人の意見として言いたくても「女性の総意」として受け取られてしまう、と。とても不自由ですよね。『毎日映画コンクール』で見られた審査員の「紅一点」構造のように、女性を1人だけ入れておけばあたかもジェンダーバランスに配慮ができているような雰囲気になってしまうのには気をつけないといけませんが、そういった場所でもまた、岨手さんの指摘するような状況は繰り返されてきたはずです。
大舘:恋愛して当然、という価値観の物語に心苦しくなる人がいるように、表現の現場において「排除されていると感じる人が少なくなる」ことが重要だと思います。それは、いくら他者が想像を膨らませても及ばない部分で、当事者性が求められるわけです。今回はジェンダーバランス調査ですが、同様に人種や年齢、セクシュアリティーなども多様であってほしいと思います。
深田:そもそも自分が優位な立場にいるとき、それを自覚するのは容易ではないのだと思います。だからこそ、こうした数値を知って考えてほしい。性差別の話になると「男性だって大変だ」と言う人もいると思います。たしかに中高年男性が経済的苦境に陥った場合のセーフティネットはまだまだ少ない。しかしそれは、男性が貧困に陥ることを想定していなかった日本社会のせいで、その社会をつくってきた政治家の多くや総理大臣のすべては男性ですから、女性に怒りをぶつけるのは違いますよね。
8月24日に行なわれた記者会見より / 表現の現場調査団提供
─映画賞の審査員のジェンダーバランスを調整することは、『PFF』の荒木氏のように意識することで叶う部分があると思いますが、現場レベルで決定権のある立場に女性を増やすためには、どうしたらいいと思われますか?
ホンマ:ジェンダー格差は以前よりは意識されるようになりましたが、実態が伴っていないのが現実です。例えば、ジェンダーバランスを整えたイベントが開かれても、打ち上げで女性にお酌をさせたり、準備や後片付けを女性に押し付けていたら意味がない。冗談みたいな話ですが、実際に起きている話です。内実が伴わない現場では男性以外の性の人たちは長く働けず、決定権のある立場までステップアップすることができません。
大舘:また、審査員や教授ら決定権を持つ地位に一度着くと、何か事が起きない限り立場が揺らがない実情があります。それにより、意図せずとも、その立場にいる人間の権力や固定概念が徐々に強大化してしまう。しかし、時代に即して新陳代謝を良くしていくべきではないでしょうか。それは、新たな価値観によって新たな人材が見つかることにもつながるはずです。
深田:そうですね。映画は非常に経済リスクの高い表現で、億単位でお金が動きます。失敗すれば、ひと一人の人生が破滅しかねないくらいお金がかかる。そのリスクを抑えようと実績や経験のある人に仕事が行きがちで、そうすると男性中心になってしまいます。
「この問題を解決すればオールOK」という魔法はないので、映画業界に根付く諸問題を一つ一つ改善していくしかないですね。大きくは労働環境、ハラスメント、それと表現の多様性に配慮することで助成金を得られやすくするとか。また、出産後の負担が女性に偏り過ぎないよう労働環境の改善は急務で、多くがフリーランスなので妊娠・出産での休みはそのままキャリアの断絶につながることもある。
─岨手監督は別のインタビューで「第1子出産後、子どもがいると大変だろうから、と仕事がまったくこなかった」「第2子妊娠後は子どもがいると仕事ができないと思われるので誰にも言わなかった」と話されていました(*1)。
深田:スタッフ同士で結婚した場合、女性が育児をするという価値観も昔から変わっていません。映画業界に限ったことではないですが、そうした価値観も考え直すべきです。
ホンマ:ハラスメントに関しては、表現系の教育機関にリーフレットを配布する動きを始めました。ハラスメントとは何か、ハラスメントを受けた場合にどうすればいいのかなどをまとめて、学生に配りたいと考えています(教育機関向けリーフレットは、表現の現場調査団ウェブサイトから申し込み可能)。
8月24日に行なわれた記者会見より / 表現の現場調査団提供
─先ほど「業界の新陳代謝」という話が出ましたが、制度も刷新する必要があると考えます。たとえば米『アカデミー賞』は今後、人種や性別などの多様性、包括性を作品賞部門ノミネートの要件とする新しい基準を導入すると発表しています(*2)。状況改善のために制度の改革が必要なのか、それとももう少し意識改革に重点を置くべきなのか、どのように考えられますか?
深田:個人的には、制度の変更と意識改革は同時進行だと考えています。制度が変わることでモデルケースが増え、その結果個々の意識が変わっていき、さらなる制度の改善につながっていけば理想ですよね。そもそもが長年にわたる機会の不平等や排除が前提にあるのだから、それを是正していくための入り口としてやはり制度の改革も不可欠です。
8月24日に行なわれた記者会見より深田監督 / 表現の現場調査団提供
─意識改革の面では、気の緩む瞬間がある、というように、真に意識しきれていない状況に自覚的になることが大事ですね。
深田:本当にそうだと思います。もともとがジェンダー平等な状況からスタートできているわけではない以上、女性に訴えさせるばかりではなく、まずは男性が学んでいかないといけない。データに目を通したり、意識的にニュースを拾ったり本を読んだり、女性の意見に静かに耳を傾けたり。
ホンマ:賞のジェンダーバランスに関して言えば、たった1人の発言が効果を発揮することは、往々にあります。『岸田國士戯曲賞』の授賞式で、市原佐都子さんが審査員の男性比率の高さを指摘したことがありました。賞の関係者も、演劇のファンもみんながハッとした、とても大事な発言だったと思います。このような指摘を、本当は男性審査員や決定権のある人たち自身がしていってほしい。そうすればもっと早く、状況は変化するのではないかと思います。
─今年の『SUMMER SONIC』で、ヘッドライナーを務めたThe 1975が2020年に「出演者のジェンダーバランスが不均衡なフェスには出ない」と明言したことも記憶に新しいです(*3)。
ホンマ:2019年の『あいちトリエンナーレ』では、参加作家の男女比を50:50にすることを宣言し実行しましたが、その後に愛知県美術館が購入した作品コレクションを見てみると、ジェンダーバランスが改善されていることがわかりました。一つの動きで、業界を連鎖的に変えていくことができるのです。
─観客が映画文化を育てる面もあると思います。こうした現状に、映画ファンである観客の立場でアクションできることはあるでしょうか。
深田:「映画を見てもらう」というのが一番なのですが、映画の多様性を守るということは、作品をつくることだけではなく、いろんな映画を自由に見られる環境をつくること。もちろん、まずは「見たい」と思ってもらえる作品を頑張ってつくっていかないといけませんが、しかし必ずしも商業性の高くない作品の場合、それを見たいと願う観客の皆さんが求めないと難しい場合もあります。映画ファンの要望は映画業界に影響を与えることを意識すると、できることはたくさんあると思います。
かつて、韓国では「ワラナゴ運動」というものが2001年に起こりました。いまや世界的に有名になった韓国映画ですが、当時お金のかかった大規模映画ばかり製作され、独立系・アート系などいわゆるインディペンデント作品が少なくなっていることが問題視されたもの。評判のよかった『ワイキキ・ブラザーズ』『ライバン』『ナビ』『ゴヤンイルブタケ(子猫をお願い)』が2週間弱で上映終了になり、観客がそれらの再上映を要望する運動を展開したことがいわゆる芸術映画への社会的関心を喚起し、翌年にはKOFIC(韓国映画振興委員会)の「芸術映画専用館」制度につながり、その後の「多様性映画」(※)への助成に結びつきました。映画を求める声を発信できるのは映画ファンだけなので、映画に関わる一員として声をあげてもらえたら嬉しいです。