2022年09月07日 10:21 弁護士ドットコム
安倍元首相銃撃事件以降、宗教2世問題について、さまざまなメディアで特集が組まれています。社会的認知が広まる反面、思い込みによる偏見も多く耳にするようになりました。
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2021年8月の記事で自身の壮絶な宗教体験を話した詩人、iidabii(イーダビー)さんは「カルト宗教問題について、中立を装った傍観をしている人は、人権侵害を許容することと同じ」と言います。
「自分はマインドコントロールされるはずがない」と考える人は少なくないですが、カルトの思想は、名前を変えて、わたしたちのすぐ隣に潜んでいます。前回の取材から1年、今現在のイーダビーさんが考えていることをお聞きしました。(成宮アイコ)
昨年のインタビューでは「見て見ぬふりをした世間が被害を助長させた」と語っていたイーダビーさん。旧統一教会の事件後に多くのメディアに出演しましたが、宗教2世が受けた被害は世間ではまだまだ認知されていない、と改めて感じる日々だったといいます。
「テレビで、芸人さんやモデルさんが『他にも苦労している人はたくさんいる』『自分のことは自分でなんとかすべき』と意見をしていたんです。目の前の問題から目をそらして、他人事なんだなと感じました。
『家を出ればいいのに』と言う人もいますが、宗教問題は単なる家出ではすまないんです。親とまったく縁を切って、その後の人生をすべて自力で生きていくこと。子どもにはそんなことできない。それを想像できているのだろうかと思いました」
放課後や休日は奉仕活動に使うことを強制され、進学は禁止。少しでも反抗をすればムチで打たれる日々。「家庭のことだから」「信仰の自由だから」と誰も助けてくれない中、イーダビーさんは高校卒業を機に家族と縁を切りました。
「宗教を抜けるまでの経緯は以前話しましたが、まだ10代だった自分一人で人生を立て直すことは本当に大変でした。大学進学は禁止されていたので、高卒のままフルタイムで働きながら勉強をして、通信制の大学に入りました。
通勤時間にレポートを書き、土日はスクーリングか試験。宗教の教え以外のことはすべて禁止され、社会のことを何も知らなかったので、社会勉強のために実技系のスクールにも通いました。寝る時間はほぼゼロ。自分の人生を取り戻すために必死でした。だけど、そこまで頑張っても、やっと世間のスタート地点に立てるだけなんです」
イーダビーさんは、自身の詩の中でこう書いています。「俺の人生を返してくれ」「信仰をしない権利がおろそかになる」「(宗教二世の)自分たちはずっと生きているのに見ないふりしてんじゃねえよ」。実際、宗教を抜けて社会に出て感じたことがありました。
「組織の外には信用できる人間はいないんだよ、と教えられてきました。たしかに社会は信用できる人ばかりではないけれど、宗教2世問題のために表に立って戦う人たちがいることも知りました。その人たちに出会うたび、自分は間違ってなかったと思います。
実際に起こっていたことは虐待です。進学も将来も時間も奪われ、反抗すると暴力をふるわれる。家庭内は組織の教えに支配されていました。疲れきって自分の感情を殺し続けていたら、うつ病になってしまった。あのまま家族を縁を切らなかったら、自分は自殺していたと思います」
自身が被害者であるのに、顔を出してまで社会の無理解さを訴えてきたイーダビーさんは、大きな壁に気づきます。まずは1つ目は、中立を装った傍観でした。
「テレビを見ていてもわかるけれど、中立を装った傍観は、組織の虐待や人権侵害を許容することと同じです。『自分の周りの宗教2世は楽しそうにしている』という人もいました。被害は実際に起こっているのに、関係のない異なったケースを比較して論点をずらしてしまっている。
問題を小さく見せることで思考停止しているようにみえます。それができるのは、自分とは関係のない世界だと思っているか、自分の利益のために見て見ぬふりをしているから。自分が経験してきたカルト宗教の信者と同じだなと思います。
多くの人は『自分がマインドコントロールされるなんてありえない』って思っている。だけど、カルトは形式や名前を変えて身近にあることなんです。それで自分の大切な人や家族を失うかもしれない。そこを考えてほしい。
批判も肯定もしない姿勢は、中立なのではなくて、無関心な傍観者だと思う。どっちつかずでいたら、世界は悪い方向に進む。その結果があの事件を呼んだと感じています」
そしてもう1つは、「家庭の問題だから」「信仰の自由だから」といった無関心さです。イーダビーさんは宗教2世問題と障害者問題が似ていると考えています。
「今の社会ルールや制度は、生活するうえでのサポートが整っていません。それは、生きていくうえで均等なチャンスが与えられていないということ。そこが宗教2世問題とも置き換えられるなと思います。
カルトを存在させないようにする制度や決まりが日本にはないから、それぞれの家庭にまでは踏み込めない。認知されていないから、偏見が生まれる。それならば条約や制度をつくって、この壁を壊していってほしいです。
日本が『子どもの権利条約』に批准している国であるならば、子どもたちの尊厳や権利をちゃんと守ってほしい。今の日本は誰かが死なないと動きません。それはどう考えても正しくないから」
事件後、多くのメディアがこの問題を取り上げるようになりました。イーダビーさんは、世間の理解が進むのではと期待をしては、それがいかに難しいかを思い知らされたといいます。
「ある番組でコメンテーターの方が発言した『自分のことは自分でなんとかしろ』という言葉を聞いて、宗教2世について無理解だなとは思いましたが、実はその言葉には心当たりがあったんです。
自分自身、宗教団体や家族から離れた直後に、『自分の人生は自分でなんとかするしかない』と言い聞かせていました。しかし、現実的に考えれば、その言葉には限界があります。どんなに頑張っても、どうにもならないものがあるんです。
それは心と脳を壊されることです。幼少期に受けた虐待や逆境体験の影響で、脳が萎縮して発達障害やADHDと同じような状態になることがあります。その場合は、既存の投薬治療ではあまり効果が出ないと言われています。
それによって社会適応が困難になったり、抑うつ状態から精神疾患になったり、苦しみ続けて自ら命を絶ってしまう方も少なくありません。一度壊されたものはもう元に戻らないんです。
この苦しみは経験者にしか理解できないかもしれませんが、宗教2世として産まれ、望まない信仰を押し付けられ、自分ではどうにもならない状況になってしまう。この現状を知ってほしいです」
声を上げることは決して良い反応ばかりではありませんでした。それでも、自分と同じ体験をしている人や、権利を奪われている子どもたちを助けたい。そう願ってイーダビーさんは発信をつづけています。
「とにかく声を上げ続けることが重要だと思います。具体的に誰かを助けられないとしても、発信することは無駄ではない。その声がいろんなメディアで取り上げられることで、知ってくれる人が増える。きっと同じ境遇の人の力になるはずなんです。
これまで見ないふりをされていた宗教2世たちの苦しみを出せる場所が少しでもあってほしい。一人ひとりができることは小さいことではあるけれど、それは絶対に無力ではないと思います」