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Kis-My-Ft2・藤ヶ谷太輔は、挑戦する怖さを克服し続ける。古典劇『野鴨-Vildanden-』が開幕

2022年09月06日 15:00  CINRA.NET

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Text by 原里実
Text by 小池理恵

Kis-My-Ft2・藤ヶ谷太輔主演の舞台『野鴨-Vildanden-』が、9月3日に東京の世田谷パブリックシアターにて初日を迎えた。

当記事では、初回公演の直前に行なわれたプレスコール(公開舞台稽古)・記者会見のもようを交えつつ、過去のインタビューなども引用しながら、「恥」「失敗」「怖さ」など藤ヶ谷が芝居の仕事を語る際にしばしば登場するキーワードをもとに、初の古典演劇に挑む藤ヶ谷太輔の胸中に迫る。

舞台『野鴨-Vildanden-』プレスコールより

いろんな作品、いろんな演出家の方に出会って、自分を変えていただきたい。自分の新たな一面を見てみたいという思いが、ずっとあるんです
- 『野鴨-Vildanden-』プレスコール・記者会見「近代演劇の父」と称されるノルウェーの劇作家、ヘンリック・イプセンによる『野鴨』。いまから約140年前に発表された作品だが、「自粛警察」やSNSでのバッシングなど、現代社会を生きる私たちにとっても身近な「行きすぎた正義」を振りかざす愚かさや、自己欺瞞によって自らを守ろうとする人間の弱さを描いた作品だ。

藤ヶ谷の演じる主人公・グレーゲルスは、理想を追い求め、真実こそが正義だと信じてやまない「正義病」にかかった人物。偽りのうえに成り立っている親友・ヤルマール一家の幸福を、真実によって打ち壊そうとするグレーゲルスの行動は、はたして「正義」なのか? グレーゲルスが久しぶりに山中の工場から降りてきた、その後の3日間の物語だ。

グレーゲルスの親友・ヤルマール(中央・忍成修吾)と妻・ギーナ(左・前田亜季)、娘のヘドヴィク(右・八幡みゆき)。ギーナはかつてグレーゲルスの父・ヴェルレの使用人で、ヴェルレとただならぬ関係を持っていた過去があり……

9月3日、初回公演を前に行なわれたプレスコール・記者会見のなかで藤ヶ谷は、「この作品は難しく思われるかもしれませんが、現代に通じるものがたくさんあります」と語り、「しっかり見て、感じていただくためにもわれわれもしっかりと繊細なお芝居をお届けしなければいけない」と意気込んだ。

Kis-My-Ft2としてデビューする以前から、『下北サンデーズ』(2006年)、『美咲ナンバーワン!!』(2011年)などのテレビドラマに出演してきた藤ヶ谷太輔。その後も映画に舞台、ミュージカルと、活躍の幅を広げてきた。

そんな藤ヶ谷を今回、演出家の上村聡史がグレーゲルスに起用したのは、独善的な正義を振りかざすキャラクターを、美意識を感じさせながら演じてくれる役者として「美意識に加えどことなく影のある印象が強い」藤ヶ谷が思い浮かんだからだという(*1)。

グループ活動での最近の藤ヶ谷は、いつも自然体で、ボケたりして周囲を笑わせることも多い明るいキャラクターだが、こと芝居で演じる役柄というと、たしかに「影のある」というキーワードはうなずける。

たとえば2019年と2021年のミュージカル『ドン・ジュアン』で演じた主人公のプレイボーイは、「愛の呪い」にかけられた人物で、真実の愛を見つけるものの悲劇から逃れることはできなかった。2021年にWOWOWで放送されたドラマ『華麗なる一族』で演じた万俵銀平は、富豪の銀行家一族「万俵家」に渦巻く愛憎のなかで苦悩していた。

藤ヶ谷自身は『+act.(プラスアクト)』2022年9月号のインタビューで、「役があるほうが安心できる」と語っている(*2)。「例えば、ドン・ジュアンを演じているからこそ女性とキスしまくっても何も文句を言われない訳で(笑)」とそのときは冗談めかしていたが、つねに生身の自分で衆目にさらされる「アイドル」としての仕事のなかで、「自分ではない」人物でいられる芝居の仕事に、どこか癒しを感じているところもあるのだろうか。

また、演出家や相手役とのやりとりを通じて変わっていく自分自身を楽しんでもいるようだ。

「1人で台本を読んでいるだけの時は全然涙も出なかったのに、実際に誰かとお芝居をしてエネルギーをもらっちゃったら『あ、ここで俺は泣くんだな』と自然とわかる。(中略)そういうことがすごく面白いなって思います」(*3)

「ここの劇場(世田谷パブリックシアター)も、イプセンも、上村(聡史)さんも……すべてが初めてなので、自分のなかですごく挑戦しているなという気持ちと、挑戦させていただける環境があることにありがたいなという思いもある」

記者会見のなかで、こう語った藤ヶ谷。さまざまな「初挑戦」について、「ドキドキと、興奮と、ちょっと怖さと」が入り混じっている状況だと述べた。

前日には、セリフを飛ばす夢まで見たという。それは今回が初めてというわけではなかった。

「初めてのミュージカルのときも見ました。『初めて』のときは、セリフを飛ばしたり、忘れる夢を見るんだなと」

涼しい顔で舞台に立っているように見えて、そのじつ大きなプレッシャーと戦っていることが垣間見られるエピソードだ。ここでも出た「怖さ」というキーワードは、藤ヶ谷が芝居の仕事について語るとき、「失敗」や「恥」という言葉とともに、しばしば登場する。

「正直、恥もかくし、失敗もするし、怖いことも多い。でもその挑戦の歩みを一回でも止めてしまうと、次の一歩が踏み出せなくなるかもしれない」(*1)

「お芝居ってすごく難しいじゃないですか。だからこそやり続けていたいというか。一度休んでしまうともう踏み出せなくなってしまう怖さもあるから、舞台を続けている気がします」(*4)

「本番がというか、どちらかというと稽古で恥をかくっていうか。1回でいいから人生で経験してみたいですよ。稽古に行って俺だけすげぇ褒められたり、『なんか藤ヶ谷くんいいね』って言われ続けたり(笑)」(*3)

失敗や恥、怖さ……さまざまなものと戦いながら、それでも藤ヶ谷が挑戦を辞めないのはなぜなのだろう? そのひとつの答えとうかがえるものとして、藤ヶ谷が過去のインタビューで語っているのは「舞台に立つ喜び」だ。

「僕、舞台上で芝居している時に“生きているなあ”って思う事が結構あるんです。生きているというか……生かされている、というほうが近いかもしれない。(中略)普通に生きている中で“3時間、ひとつの事だけ考えていればいい”ってないじゃないですか。でも、舞台の上ではそれが許される」(*2)

そしてもうひとつが、彼の所属するアイドルグループ・Kis-My-Ft2への思いだ。今回の記者会見のなかでも、以下のように語るシーンがあった。

「おこがましいかもしれませんが、ぼくらキスマイのファンのみなさんが舞台を観たときに、『演劇っておもしろいな』『この演出家の方、この演者の方の次の作品を観てみようかな』などと広がったらいい。逆に、演劇に出演することで『藤ヶ谷って人はキスマイの人なんだ』って(グループのことを)知っていただく機会にもなると思いますので、いろんな広がり、可能性を信じて、怖がらず——失敗もあると思いますけど——挑戦し続けたいなと思っています」

藤ヶ谷は、歌と踊りに限らず、MCやバラエティー、芝居など「全部のジャンルをやりたい」という(*5)。初めてのミュージカル『ドン・ジュアン』の際にも、ミュージカル独特の発声や歌、タップダンス、殺陣など多くの挑戦を経て、全公演を終えたあと「怖かったですね」と絞り出すように語った(*6)。新しいことをやり続けることは、並大抵の努力でできることではない。

藤ヶ谷自身、挑戦できる環境への感謝もあるのだろう。プレスコールを終えたあと、そして記者会見を終えたあと、深々と観客席の報道陣に頭を下げて舞台袖に引き上げる姿が印象的だった。

まだ見ぬ自分自身と出会うために、そしてKis-My-Ft2というグループをもっと大きくするために。藤ヶ谷太輔は何度も恥をかき、失敗しながら、その怖さを克服して挑戦し続ける。