2022年09月05日 10:11 弁護士ドットコム
Googleなどの検索エンジンでは「職務質問」と入力するとどんなサジェストが表示されるのでしょうか? なんと、というよりも「やはり」という結果ですが、トップ表示となるのは「職務質問 拒否」です。
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YouTubeなどの動画投稿サイトでは「職務質問を拒否して警察官を撃退した」といったタイトルの動画が数多くアップロードされていますが、果たして本当に職務質問を拒否できるのでしょうか? 元警察官のライターが、職務質問の正しい対処法を紹介します。(ライター・鷹橋公宣)
「職務質問」は、警察官に許されている「停止」と「質問」を主体とした活動です。警察官職務執行法第2条1項によると、警察官は、異常な挙動や周囲の事情から合理的に判断して、次のような相手を停止させ、質問することができます。
・何らかの罪を犯した、もしくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者
・すでにおこなわれている犯罪について、もしくは犯罪がおこなわれようとしていることについて知っていると認められる者
簡単にいえば、警察官が「怪しい」と感じた相手には足を止めさせて質問できるという権利です。ただし、認められているのは「停止させて質問できる」というところまでで、無理やりその場にとどめる、質問に答えるまでは帰さないといった処分までは許されていません。
いくら怪しい点があったとしても、相手の自由を強制的に制限するには裁判官が発付した令状が必要です。
相手の肩をつかんで呼び止めるといった質問を継続するための必要最小限の有形力は行使できますが、逃げられないように腕を強くつかんだり、大勢の警察官で取り囲んだりする行為は許されません。
もちろん、勝手にカバンやズボンのポケットに手を突っ込んで中身を調べたり、持ち物を取り上げたりするのも違法です。
職務質問は「強制」ではありません。あくまでも一般市民の方の協力によって成り立っている「任意」の警察活動なので、拒否は可能です。
ネット上には「職務質問を拒否する方法」といった情報があふれています。そのなかで必ずと言ってもいいほどよく見かけるのが「職務質問は任意でしょ?それなら応じません」という断り文句です。
YouTubeなどでは「任意」というパワーワードを前面に押し出して警察官と押し問答を繰り返す様子が紹介されています。そんな動画を視聴すると「よし、次に職務質問を受けたら返り討ちにしてやろう」と考えてしまいがちですが、実はこの対処法はあまりおすすめできません。
警察官は警察学校にいる頃から職務質問のロールプレイングを繰り返しており、「任意でしょ?」と言って拒否してくる相手を想定した訓練を積んでいるのです。もちろん、相手役は手練れの教官や職務質問の専門指導員なので、簡単には応じてくれません。
むしろ本気で拒否しようと抵抗してくるのだから、警察官役も本気で挑みます。こんな訓練を積んでいるのだから、一般市民が「任意」というワードを出したくらいでは怯むはずもありません。
警察官職務執行法の条文を暗唱して「なぜ任意なのか?」を説明し論破するといった対応も見かけますが、はっきり言ってムダです。
警察学校の講義で学ぶだけでなく、上の階級になるための昇任試験でも「職務質問の任意性」は頻出問題として学習を繰り返しているので、警察官は任意と強制のボーダーラインを熟知しています。
勉強不足の警察官が相手なら論破できるかもしれませんが、ほとんどの警察官は法律の知識で勝負を挑まれても右から左へと聞き流すだけなので「よく勉強していますね」と一蹴されるでしょう。
「任意」を主張する相手には、怯むどころか、なおさらスイッチがONに入ってしまうのが警察官の性です。
ネットの記事に書いていたから、ユーチューバーがやっていたからという理由で軽々しく「任意」というワードを使えば、かえって挑発してしまいます。
それでも何らかの事情で職務質問を断りたい場合の対処法について、考えてみましょう。
職務質問をスマートにかわして最速で解放されるには「職務質問そのものには応じる」のが最善です。
あくまでも任意の警察活動なので、法律の考え方では一切拒否という姿勢でも問題はありませんが、とくに事情もないのに拒否していると「何かやましいことでもあるの?」と疑いを深めてしまいます。
自分はどこに住んでいる誰なのか、今なにをしている最中なのか、前後の予定といった質問には、問題のない範囲で「教えてあげる」くらいの対応を取ったほうがスムーズです。
ただし、質問に応じるからといって、何もかも洗いざらい情報を教える必要はありません。 たとえば、ひとりで歩いていたところに職務質問を受けたとして「今からどこに行くのですか?」という質問を受けたのなら「買い物に向かう途中です」という程度で十分です。
「買い物に向かう途中」という状況に何ら不審点がなければ、どの店に、何を買いに行くのかといった情報まで教える必要はありません。
警察に100%の情報を渡すのではなく、疑念を払拭できる最低限の情報さえ与えれば、職務質問を継続する意味はなくなります。
それでも「まあまあ、もう少しお話を聞かせてください」と引き止められたら、そこではじめて「任意ですよね?もう十分協力したので行かせてもらいます」という戦法が効果を発揮するのです。
もし、どうしても職務質問には応じられないという理由や事情があるときも、最初から「任意でしょ?お断りします」と突っぱねるのは利口ではありません。
家族の急病で帰宅を急いでいる、友人の車が溝でスタックして助けを求められたなど、いま警察官を相手にしている時間がない事情を伝えて、不審点がなければすぐに解放されるはずです。
状況次第ですが、現場の警察官に事態を伝えれば警察・救急などの手配で助けを得られる可能性もあるので、意外と「良いきっかけ」になるかもしれません。
交番で勤務している警察官のなかには、新人や若手の「練習台」として職務質問をしてくるパターンが少なからず存在しています。治安維持や防犯のための職務質問ならある程度は協力できても、練習台にされたのではたまったものではありません。
こういった状況だと、不審点の追及ではなく経験を積むために質問しているので、職務質問に応じられない理由を説明してもなかなか解放してくれません。
どうしても職務質問から解放してもらえない場合は、その場から弁護士に電話をかけて状況を説明し、その場に駆けつけてもらう、あるいは電話で警察官に事情を説明してもらうといった対処法も一案です。
これは、警察官へのけん制という意味があるのはもちろんですが、その後に任意同行や逮捕といった展開へと進んだときの弁護士のアクションがスムーズになるという効果もあります。
平穏に生活している多くの方にとって、弁護士・法律事務所への相談を勧められても「大げさだ」と感じるでしょう。
もちろん、職務質問を受けたとしてもかならず弁護士に相談しなければ解決できないわけではありませんが「なぜか何度も職務質問を受ける」という方は「お守り」だと考えて一度相談してみるといいかもしれません。
【プロフィール】 鷹橋公宣(ライター):元警察官。1978年、広島県生まれ。2006年、大分県警察官を拝命し、在職中は刑事として主に詐欺・横領・選挙・贈収賄などの知能犯事件の捜査に従事。退職後はWebライターとして法律事務所のコンテンツ執筆のほか、詐欺被害者を救済するサイトのアドバイザーなども務めている。