Text by 後藤美波
Text by 伏見瞬
13年前、10代でThe xxの一員としてデビューしたオリヴァー・シム。バンドメンバーであり親友であるジェイミー・スミス(Jamie xx)やロミー・マドリー・クロフト(Romy)に比べて秘密主義的で、ソロ活動にも積極的ではなかった彼が、9月9日に初のソロアルバム『Hideous Bastard』をリリースする。自身が17歳の頃からHIVとともに生きてきたことを公表した先行シングル“Hideous”で幕を開ける本作は、「恐怖、恥、孤独、秘密、仮面」がテーマになっており、自分の弱さや感じてきた恐怖、自己嫌悪、そしてホラーへの愛情をさらけ出した非常にパーソナルでエモーショナルな作品に仕上がった。
長く苦しい自問自答の3年間を経て完成したという本作。もともとソロアルバムをつくる気がなかったというオリヴァーは、プレス資料のなかで「私を怪物にしたと思われる要素を全て引き出して、それを世の中に見せた」と、作品を「エクソシズム(悪魔祓い)」にたとえているが、その過程を経たいま何を思うのか。アルバムを完成させ、現在はThe xxのデビュー当時のような未知の感覚に楽しさを覚えているというオリヴァーが、敬愛するゲイのミュージシャンたちとの交流から学んだことや、“Hideous”に込めた思い、少年時代からホラー映画に惹かれてきた理由などを語ってくれた。
オリヴァー・シム
2005年にジェイミーxx、ロミーとともに結成されたUK屈指の世界的人気バンド、The xxのソングライター、ベーシスト、ヴォーカリスト。ジェイミーxx、ロミーに続いて待望のソロ活動をスタートさせたオリヴァーは制作に2年を費やしてホラー映画への愛、そして自身のジェンダーや病といった人生経験と向き合った自伝的作品『Hideous Bastard』を完成させた。ジェイミーxxが全面プロデュース手がけたアルバムは「Young」から9月9日に世界同時発売。また、オリヴァーが主演を務め、同作と連動して制作されたヤン・ゴンザレス監督による短編映画『Hideous』はカンヌ国際映画祭でプレミア上映されて大きな話題を呼んだ。
─今回のアルバム『Hideous Bastard』を聴いて、率直に驚きました。今までのThe xxの作品ではあなたは抑えた歌い方をしていて、歌詞に関してもあなた自身やロミーのキャラクターを感じさせない、抽象的なリリックが多かったと思います。一方で、今回は、歌唱法がかなりエモーショナルかつドラマティックです。歌詞も自分自身の経験を直接的に反映しているとわかる。
オリヴァー:率直な意見をありがとうございます。いまのところ、このアルバムの感想を近しい人やともに仕事をしてきた人たちからしか聞いていなくて。「すごくいいよ」とか「とても誇りに思うよ」とかすごく素敵なことを言ってくれるんですけど、あまりバランスが取れてないとも感じてたので、正直な意見を伝えてもらえるのはとても嬉しいです。
オリヴァー:歌い方に関しては、自分の領域を出て挑戦する意識がありました。いままでロミーとユニゾンで歌っていたのは、自分に自信がなかったからというのもあるんです。今回、The xxというカテゴリーを出ることで、自分の声を発見できました。それはすごく楽しい体験でした。
ロミーもソロプロジェクトをやっていて、同じように彼女自身の発見をしていると思います。彼女がソロで歌っていることは私にはできないし、私がソロで歌ってるスタイルは彼女にはできない。そのことが、とても面白かったですね。
─今作で印象に残ったのは、「自分が存在していない」という感覚に苦しむリリックが多く歌われていたことです。“Unreliable Narrator"の<この体は借り物(This body is a rental)>や、“Never Here” の<ここにいた証拠はあるけど、ここにいた気がしない(I have proof that I was here but a feeling like I wasn't)>などが印象的で。"Sensitive Child"の曲名にもあるとおり、あなたの多感な子ども時代に感じたことがそのまま歌に出てるような感触に惹かれました。
オリヴァー:今作では、自分の「恥」の感覚をオープンにするという意識がありました。「恥」は子ども時代の経験と結びついているので、その頃に感じたフィーリングが出ているんだと思います。
The xxの歌詞の抽象的なニュアンスは、意図的なものでした。なるべく普遍的に受け取られる歌詞、ジェンダーも曖昧で登場人物が「He」か「She」かわからない歌詞を目指していました。場所や時間もどこかわからないし、ポップカルチャーの引用も一切していない。そうすることで、私たちの曲を誰が聴いても共感できるものにしたかった。ただ、いま振り返ってみると、やっぱり自分に自信がなかったから、ふんわりとしたぼやけた詞にしていた部分もあると思います。
オリヴァー:今回自分の作品をつくることになったときに、歌詞のなかに細かい具体的な情報があったとしても、聞き手は想像力を駆使していろいろな考え方や捉え方ができるんではないかと思ったんです。例えば、私が男性について話していたり自分の恥に関して歌っていたりしたとしても、私特有の問題とは別のところで共感できることがあるかもしれない。そう考えて、今回のアルバムではもっと具体性を出すことにチャレンジしました。
─一曲目”Hideous”の歌詞で「17歳の頃からHIVとともに生きている」という事実を告白したことにはやはり触れざるを得ないと思います。HIVへのスティグマがまだ根強くあるような社会において、それを歌にしたことには、あなたと同じような悩みを抱える人や、次世代のあなたに近い存在に何かしらのインスピレーションを与えたいという想いもあったのでしょうか?
オリヴァー:HIVは自分自身が特に「恥」の感覚を感じていたことなので、いままでずっと隠していたんですね。けれど、15年そうやって隠してきて、隠すのはまずいやり方だと気づいたんです。自分が特に恥だと感じていることを秘密にしてずっと隠しておくと、それが自分のなかでどんどん大きくなっていき、歪んでしまったり変なものにかたちが変わってしまったりするんだとわかった。だから、逆に恥ずかしいと思うこともすべて公にして共有しようと思いました。
共有することで自分が癒されたり、もっと自由になっていったように感じます。そういった効果があったので、共有することですごく楽になったよ、とほかの人に伝えたい気持ちはありました。
オリヴァー:でも、公表した理由は結局自分のためなんです。”Hideous”に参加してくれたジミー・サマーヴィル(※)に、曲のなかでHIVについて語ろうと思ってると言ったとき、「それはすごく素敵だしほかの人のためになると思うけど、やはり自分のためのこととしてやるべきだ」と言われたんです。自分の人生のポイントにおいてちゃんと心の準備ができていて、安心な状況、環境だからこそできる。その確信を持って自分のためにやってもらいたい、と言われたことが、とても印象に残っています。
ただ、自分がオープンにすることによって、結果的にほかの人もオープンになってくれるようなことにつながるとしたらとても嬉しいことだと思っています。
私のHIV感染が発覚したときは17歳ですが、自分と同じようにHIVに感染した人を、当時はフレディ・マーキュリーしか知らなかったんです。彼は公表してすぐ亡くなったので、すごく怖かった。やはりまだHIVを隠している、公表できない人はたくさんいると思います。私が公表する一人になることで、ほかの人が少しでも共感したり、気が楽になって「一人じゃないんだ」って感じてくれたりしたら私は嬉しいです。
─今回のアルバムの印象として、ストリングスやピアノが多く使われている点、ドラマティックな歌唱法を用いている点から、ルーファス・ウェインライトやPerfume Geniusといったアーティストを思い出しました。”Hideous”に参加しているジミー・サマーヴィルのこともそうです。いま名前を挙げたアーティストはあなたのSpotifyのプレイリスト「In The Studio With Oliver Sim」のなかに含まれており、かつ全員がゲイであることを公言しています。彼らはあなたにとってどのような位置付けになるのかをお聞きしたいです。
オリヴァー:まず、彼らをアーティストとしてとても尊敬しています。じつは、今回のアルバムの大きな目的は、新しい友達をつくることだったんです。私はロミーもジェイミーも大好きですが、親友二人とバンドをずっとやっていると、新しい出会いを必要としなくて、三人の友人関係ですべて間に合ってしまう感じがありました。そこで、数年前から経験豊富なクィアアーティストに声をかけて、「お近づきになりたいんだけど」みたいな感じで連絡をとりはじめたんです。
ジョン・グラントやエルトン・ジョン、Perfume Geniusといったアーティストたちとたくさん話をしました。そのことは本当に自分のためになりましたし、学んだこともインスピレーションを受けたこともたくさんあります。
─彼らからは具体的にどんなインスピレーションを受けましたか?
オリヴァー:彼らはいろいろなことを経験していて、その経験についての音楽をつくっています。学んだことのなかでも大きかったのはユーモアでした。彼らがクィアであること以上に、ユーモアのセンスが素晴らしい人たちだということが私にとってすごく大切だったんです。
今回のアルバムはテーマとしては一見ちょっとヘビーな感じがすると思うけれど、悲しいだけの作品にしたくなかった。ただハッピーだけとか悲しいだけではなく、ハッピーにもちょっとメランコリーが入っていたり、悲しい瞬間にもちょっと嬉しいことがあったりする感じのアルバムをつくりたいと思っていました。人生ってそういうものですからね。そんな作品をつくろうとしたときに、彼らから受け取ったユーモアが役に立ったんです。
─今回の作品では、ホラー映画やスリラー映画のモチーフが多く使われていますね。バッファロー・ビル(『羊たちの沈黙』に登場する猟奇殺人鬼の呼称)やパトリック・ベイトマン(『アメリカン・サイコ』の主人公の名)といった映画のキャラクターがリリックに出てくる。ホラーやスリラー映画に出てくるキャラクターは、あなたにとってどういう存在だったんでしょうか。
オリヴァー:子どもの頃、バッファロー・ビルやパトリック・ベイトマンを観て、すごく興奮しました。私はアクションヒーローには全然共感できなくて、かといってディズニープリンセスに共感できるわけでもなかった。かなり早い時期からホラー映画やスリラー映画を観ていて、ちょっと早すぎたくらい。バッファロー・ビルもパトリック・ベイトマンも内面に怪物を抱えているキャラクターで、社会的には普通を装っているところに面白さを感じました。真の自分ではなく別人のように振る舞わないといけないことにすごく共感したんですよね。
あと、特にホラー作品のなかでも女性のキャラクターが好きでした。フェミニンな美しさももちろんありますし、加えて力強さにも惹かれました。怒っている女性の姿がとても好きだったんです。『バフィー ~恋する十字架~』(※)のサラ・ミシェル・ゲラー、『エイリアン』(1979年)のシガニー・ウィーバー、『ザ・フォッグ』(1980年)のジェイミー・リー・カーティスとか。素晴らしいですね。
─今回のアルバムの曲のうち数曲はすでにライブで披露されていますが、実際に観客の前でパフォーマンスしてみた感触はいかがでしょうか。
オリヴァー:ライブは大好きです。アルバムをつくるのも好きですが、制作で得られる満足感は結構長期的にじわじわくるものです。それと反対に、ステージに立ってパフォーマンスをすることには瞬時にオーディエンスとつながれる最高の感覚があるんです。
ですが、やはり一人での演奏にはすごく難しい部分もありました。というのも、私は15歳の頃からロミーとジェイミーの二人に手を握ってもらってステージに立っているような感じで、そこにはものすごい安心感があって、自分の自信につながっていたんですね。彼らがいない1人だけのステージには、不安や怖さがありました。
いくつかの曲ではベースを持たずに歌っています。私はベースを持ってステージに立つとき、自分のシールド、自分を守ってくれる盾を持っているような感覚でいました。そのシールドなしで演奏するのも怖かったですね。
オリヴァー:でも、いま私がいる環境は刺激的で、一番最初のThe xxのアルバムをつくったときと同じような感覚を覚えます。最初のアルバムをつくったときは私たちもすごくナイーブでしたし、未知なことだらけでした。アルバムの反応もわからなかったし、結果どうなるかも全然わからなかった。そういった、今後どうなるかわからない未知の感覚を、ふたたび自分のアルバムで体験できるのはすごく素敵なことだと思っています。
─ありがとうございました。以前に2017年の『フジロック』でThe xxのライブを見て、パーソナルなものとスケールの大きいものが同時に感じられて、感動したのをよく覚えています。今回のソロアルバムにも似た印象を覚えます。いろいろな事情があるとは思いますが、日本であなたのライブを見ることができたらと思います。
オリヴァー:それはもうぜひ! 日本は大好きな場所なので、このアルバムで日本に行くことができたらとても嬉しいです。