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「目が不自由な人に、映画の話はタブーだと思っていた」。誰もが楽しめる映画館はなぜ生まれたのか?

2022年09月02日 12:11  CINRA.NET

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Text by 生田綾

東京・北区のJR田端駅から徒歩7分ほど、商店街の一角にある映画館「CINEMA Chupki TABATA」(シネマ・チュプキ・タバタ)。20席のシアター1つしかないこの小さな映画館は、「日本初のユニバーサルシアター」として、誰もが安心して映画を楽しめる場所づくりを目指している。

すべての座席に、視覚に障がいのある人の鑑賞をサポートする音声ガイドのイヤホンジャックを設置。耳が不自由な人も映画を楽しめるよう、日本語の作品も含めて全作を字幕付きで上映している。車椅子スペースや、小さな子どもと一緒に入れる「親子鑑賞室」も備えている。完全防音のため、子どもが泣き出してもまわりを気にしなくていい。

クラウドファンディングでの資金調達を経て、同館がオープンしたのは2016年。地域に根ざした、居心地の良い映画館を運営する平塚千穂子さんに話を聞いた。

こぢんまりとした建物内は、映画の情報にあふれている。まず目に入るのが、壁に所狭しと書かれた映画監督や、出演者らのサイン。ミニシアター系の作品を中心に上映する同館では、舞台挨拶やトークショーなども頻繁に行なっている。

天井には、クラウドファンディングに出資したサポーターの名前も記されていた。

チケット売り場の奥を進むと、「森の中」をイメージした20席のシアターがある。館名になっている「チュプキ」とは、アイヌ語で月や木洩れ日などの「自然の光」という意味。シアターには人工芝が敷かれ、自然のぬくもりを感じられる。

近年、年齢や性別、身体の状況などにかかわらず、できるだけ多くの人が商品やサービスを利用できるようにする「ユニバーサルデザイン」という言葉が注目を集めている。

「どんな人も安心して映画を楽しめる、ひらかれた映画館を創りたい」という考えで建てられたチュプキでは、全作品をバリアフリーで上映している。

すべての座席に、俳優の動作や表情、景色など、目の不自由な人が把握しづらい情報を解説する音声ガイドを聞けるイヤホンジャックを搭載。本編の音のボリューム調整もできるため、難聴の人も利用できるという。

両耳の音量を調整できるイヤホンジャックを全席に搭載

耳が聞こえない、聞こえづらい人も映画を楽しめるよう、邦画も含めて全作に日本語字幕が付いている。

また、作品が見やすい場所に車椅子スペースも設置。車椅子スペースはシネコンなどでも導入されているが、最前列に設けられていることも多く、見づらさを感じる当事者もいるという。

さらに特徴的なのが、シアターの後方に置かれた完全防音の「親子鑑賞室」だ。折り畳みのおむつ替えベッドも備えられており、小さな子どもと一緒に入ることができる。照明を点けたままでも良いため、暗闇が苦手な人でも利用できる。

親子鑑賞室

小雨まじりの日曜昼間、はじめてチュプキを訪れた筆者は、満席のシアターで『Coda コーダ あいのうた』を鑑賞した。ろう者の両親と兄を持つ「CODA」の高校生を主人公にした作品で、2022年のアカデミー賞作品賞を受賞した。

常連客も多いのか、上映後、スタッフと会話を弾ませる人も。席を譲り合うなど、客のあいだで自発的なコミュニケーションも生まれていた。

チュプキを設立したのは、現在も代表を務める平塚千穂子さんだ。

もともと、高田馬場の老舗映画館「早稲田松竹」でアルバイトをしていた20代の頃から映画館設立を夢見ていたという平塚さん。いまの活動の原点にあるのは、チャールズ・チャップリンのサイレント映画『街の灯』(1931年)だ。目が不自由な人にチャップリンのパフォーマンスを届けたいという構想のもと、映画仲間とバリアフリー上映会を企画した。

「それまでは視覚障がいのある人との接点もなかったので、映画に対してどう思っているかという認識も、恥ずかしいくらいに偏見を持っていました。目が不自由な人に映画の話をしたら怒られるんじゃないか、見て楽しむものの話はタブーなんじゃないかと思っていたんです。

勢いで企画した上映会を進めることが心配で、当事者に話を聞きにいったんですが、話を聞いてみると意外にも自分が『タブーなんじゃないか』と気を遣っていたのと真逆で。『すごく映画を観たいんだよ』と伝えてくださって、観たいのに観られないとあきらめざるを得ない状況に課題を感じました。

結局その上映会は実現できなかったんですが、その時に出会った人たちから取り組みを続けてほしいと言っていただいて。海外の状況を調べてみると、アメリカでは『スターウォーズ』や『タイタニック』は公開初日からバリアフリー上映を取り入れていて、当たり前に浸透していました」

当時の日本では、バリアフリー上映は「浸透」どころか、認知すらほとんどされていないような状況だった。上映会の企画を機に関心を持つようになった平塚さんは、2001年、ボランティア団体「City Lights(シティ・ライツ)」を設立。視覚障がいのある人も映画鑑賞を楽しめる環境をつくるため、音声ガイドの研究、制作を始めた。

シティ・ライツでは、音声ガイド付きのバリアフリー上映会を企画したり、公開中の映画作品を視覚障がいのある人と観に行く「シアター同行鑑賞会」なども行なった。同行鑑賞会は、当時大ヒットしていた『千と千尋の神隠し』(2001年)を上映期間中に映画館で観たいという当事者の声がきっかけで始まったという。

いつ行っても、音声ガイド付きの映画を観ることができる環境をつくりたい――。活動を続けるうち、ユニバーサルデザインの映画館の必要性を感じるようになった平塚さんは、2008年から7回にわたり『シティ・ライツ映画祭』を開催。常設の映画館をつくるという目標のもと、募金活動をつづけた。

その後、上映スペースの開設などを経て、2016年にクラウドファンディングサイト「Motion Gallery」で開業資金を募るプロジェクトを開始。3か月のあいだで500人以上が賛同、約1,800万円もの募金が集まり、同年9月に念願かなってオープンをはたした。

「すべての人にひらかれた映画館」を目指すチュプキの客層はさまざまで、障がいのない人も多いという。「どんな人が来ても必要な設備を用意しているというだけで、これを日常の光景にしていきたい」と平塚さんは話す。

「当事者と非当事者のあいだで交流が起こるといいなと思っていて、たとえば上映中に盲導犬がおとなしくしている姿を見るだけで、盲導犬の理解が深まると思いますし……。ユニバーサルシアターであるということを知らずに、この映画を観たいという目的でチュプキに来た人が、目が見えない人や耳が聞こえない人も一緒に映画を観ているのを観て、こうすれば鑑賞できるのかと知ったり、気づいたりすることができたらいいなと思っているんです。

音声ガイドをつくっていると、自分がいかに作品をちゃんと観ていないかということを思い知らされるんです。見えない人、聞こえない人は作品一つひとつをすごく集中して能動的に観ていて、役者の表情一つとっても、『本当にそんな表情でしたか? その人の性格からしてそういう表情になるとは思えない』とモニターさんに指摘されて気づくことも多い。むしろ適当に映画を観ている私たちにとって、空間を共にする鑑賞体験は、とても豊かで大事な時間になると思うんです」

来場者から寄せられるメッセージ

日本では2016年に障害者差別解消法が施行され、映画業界でも音声ガイドや字幕の普及が推奨されるようになった。スマートフォンを使って字幕や音声ガイドを無料で提供する「UDCast」や「HELLO! MOVIE」など画期的なツールも誕生し、ユニバーサル対応が進んでいる。

一方で、課題も多い。チュプキでは毎月5本ほどの作品を上映しているが、大手配給会社の作品や、助成を受けたり、福祉をテーマにしていたりする作品以外は、予算の都合上ほとんど音声ガイドや字幕に非対応という。その場合は配給会社に完成台本などの資料を取り寄せ、持ち前で音声ガイドや字幕を制作している。

障がいのある人への合理的配慮はこれまで「努力義務」とされていたが、改正障害者差別解消法が2021年に成立したことで、民間事業者も2024年までに対応を求められる。

平塚さんは、「世の中がSDGsなどの取り組みをやらなくちゃいけない方向に進む一方で、音声ガイドや字幕制作の仕事が増えて、つくり手が足りないという状況も聞く」と懸念も示す。音声ガイドには、本編の音を聞けばわかる情報を二重に解説しているなど、クオリティーの波も大きいという。

「どこまで当事者の声を聞いて丁寧にやり続けていけるかは、事業者の思いにもよると思います。普及することはいいことなんですが、音声ガイドという仕事の職業地位が上がり、当事者の声を聞きながら一生懸命やってきた人が報われるかたちになってほしいと思います」

オープンから6年目を迎えたチュプキ。8月いっぱいまで新たなクラウドファンディングプロジェクトを実施中で、DCP(デジタル・シネマ・パッケージ)映写機の導入や、自作ドキュメンタリー『こころの通訳者たち What a Wonderful World』の上映拡大のための支援を募っている。目標金額の600万円を達成し、現在はストレッチゴールの900万円を目指している。