Text by 辰巳JUNK
Text by 井戸沼紀美
いま、漫画『NANA―ナナ―』のリバイバルが起きている。作者である矢沢あいの原画展『ALL TIME BEST』がはじまった日本においてはもちろん、その波は海外にも及ぶ。
例えば、バーバリーの広告にも起用された韓国出身モデル、ソラ・チョイは、80万以上のフォロワーがいるInstagramで『NANA』を意識したスタイリングをたびたび披露し、定期的にSNSバイラルを起こしている。また、8月にロサンゼルスで行なわれたブラッド・ピット主演映画『ブレット・トレイン』のワールドプレミアでは、日本のキヨスクを模したセットに『NANA』の単行本が置かれていた。2020年、『The New York Times』において、アニメ版の画像が「Z世代に人気なミーム」として紹介されたこともある。
2000年から2009年にかけて連載され、革命的少女漫画と評された『NANA』(現在は作者療養のため休載中)。海外での受容を通して、その魅力を再発見してみよう。
『NANA』再注目の理由として、一番に挙げられるのがY2Kファッションブーム(1990年末から2000年代初期の大衆文化リバイバル)だろう。同ムーブメントは、米国発のポップパンク・リバイバルも内包している。それゆえ、2000年代文化の象徴であり、パンクロックバンドの物語でもある『NANA』のファッションは、トレンドど真ん中なのだ(参考記事:女性や非白人アーティストが牽引する、2020年代ポップパンク再興)。
2000年代の日本でも、『NANA』が社会現象となった一因は、広い読者層が憧れるスタイリッシュなデザインだと論じられていた。同時に、米国ファンによる「アメリカのアニメーションとは異なり、ティーンが参考にできる現実的なファッションだった」という回想も注目に値するだろう。ヴィヴィアン・ウエストウッドなどのアイテムに彩られた『NANA』のスタイルは、非日常的な魅力を放ちつつ、今日の若者も取り入れられる実現性を兼ね備えているのだ。
「ねえ ナナ
あたし達の出会いを覚えてる?
あたしは運命とか信じちゃうタチだから
これはやっぱり運命だと思う
笑ってもいいよ」 - (『NANA』2巻より)英語圏ファンダムで人気が高いキャラクターは、ロックバンドのボーカリストを務める主人公・大崎ナナだ。漫画にまつわる情報を発信するカナダのウェブサイト「CBR」による2022年の記事『もっとも優れた描写の女性キャラTOP10』でも強調されたように、読者からとくに共感を集めるのは、険しい人生のなかで夢とキャリアを諦めなかったナナの姿勢とされる。
もう一人の主役、ハチこと小松奈々の存在も大きい。「かわいいお嫁さん」願望が強いと同時に仕事のやる気が著しく低いハチは、欠点も多い「普通の女子」として日韓で共感を集めたという。他方、北米においては「強い女性」的ロールモデルから逸脱した主人公とされた。
左から:大崎ナナ、小松奈々
もともと、作者の矢沢あいは、二人の主人公の性格、環境に極端な差が出るよう設定したという。その対照的な二人が出会い、親友となるストーリーこそ『NANA』の魅力の根源だろう。ナナとハチの友情は、異なるタイプ同士のシスターフッドとして、世界中の読者に希望を与えていった。フェミニズム評論ライター、ノーティー・ニンジャは、2000年代当時用いられていた「すべての女の子に『NANA』が必要」というキャッチコピーを引いて、その可能性を論じている。
「両極端な主人公二人のあいだに、無数の女性の存在を見出すことができる。すべての女の子のための居場所、それぞれの青春の物語を。たしかに、すべての女の子に『NANA』が必要なのかもしれない」 - (ノーティ・ニンジャ、筆者抄訳)国内外で共通する『NANA』ヘの評価は「アンチ・シンデレラストーリー」ということだ。作中、夢見がちなハチに、恋人としての「運命の相手」はいない。それどころか、親しみある彼氏、章司に予想外の浮気をされたあとには、音楽スターであるタクミの「大勢の愛人のなかの一人」と自覚しながら逢瀬を重ねる……といった激動をひた走っていく。そして、未来から過去を振り返る視点で描かれたモノローグでは、成長したハチ自身がプリンセス幻想を否定するのだ。
「ねえ ナナ
シンデレラのガラスの靴はピッタリなのになんで途中で脱げたんだろうね
王子様の気を引く為にわざとやったとしか思えないんだけど
何をやっても空回りの一人芝居で幸せになりそこね続けた女のひがみかな」 - (『NANA』12巻より)『NANA』の根底には、リアリズムがある。もともと、矢沢あいは雑誌『りぼん』時代、将来を誓い合った相手と結ばれるといった小学生読者向けの「少女漫画のお約束」を意識していたという。その後、他誌『Cookie』に移り、恋愛経験のある女性に向けたチャレンジングな集大成として描かれた作品こそ、のちに「革命的少女漫画」とされる『NANA』だった。
ステレオタイプからの逸脱が意識された『NANA』において、「運命の相手」との約束されたハッピーエンドは存在しない。そのうち、国内の少女漫画評論で革新的とされたのが、20歳のハチが予想外の妊娠をする展開である。青春を一転させた妊娠発覚は、実存する「性愛にともなう妊娠リスク」を指し示している。
ブロガーのニナ・ストーンが評したように、この作品における「混乱するキャリア、予期せぬ妊娠、急かされる結婚、せまり続ける家賃支払い」といった出来事は、現実の人々にも起こりうるものだ。『NANA』が既存の漫画ファン層を超えて膨大な女性ファンを獲得した要因は、シビアなリアリズムにこそあるのではないか。
ハチの妊娠発覚を大きな機転として、登場人物たちの関係は複雑になっていき、ミスコミュニケーションが連続していくようになる。
英語圏における受容で興味深いのは、複雑な人生模様を描く『NANA』が、若者のアイデンティティー探求に適した「自己啓発」的名作としての地位を築いていることだ。
これには、矢沢あいの心理描写が大きいだろう。『NANA』といえば、ハチとナナがおりなすモノローグだ。矢沢は、この技法について、以下のように語っている。
「モノローグを主人公だけに限定するのは、現実となるべく近い状態を漫画の中に作りたいからです。現実は周りの声なんて聞こえないし、相手の考えてることは、表情や仕草から読みとってもらえたらいいなと思いながら描いてます」 - (『矢沢あい展』図録より)言うなれば、『NANA』は「想いは伝わりにくい/わかりにくい」という前提にもとづいて描かれている。主人公に限って見ても、ナナに憧れるハチは、相手が抱える悲しみに気づけていなかった。そして、ハチにとってのヒーローを演じようとしたナナもまた、己の苦しみを相手に伝えられていなかったのである。
「20代とミレニアル世代が見るべき、最高の作品」(ダニエル・カーランド、ニューヨークとロンドンを拠点にするエンタメ情報サイト「Den of Geek」より)。2021年に公開されたアニメ版レビューのこの言葉は、『NANA』が時代性と普遍性を兼ね添えた物語であることを示している。
Y2Kブームのアイコンとなっているように、『NANA』は日本の2000年代文化の象徴だ。同時に、文化が異なる海外ですら「若者向けの自己啓発」評価が続いていることは、この物語が、普遍的な青春と人生、そして成長の物語である証左にほかならない。
『NANA』は2009年から休載しているが、海外ではこの状態をレガシーとする反応もあった。未完であること自体が「予測不能なまま続いていく人生」の物語と地続きになっているためだ。一理あるかもしれないが、他方『NANA』には、決して変わらない、強固なものが一つだけある。それは「運命の相手」と言うべき、ナナとハチの絆だ。
作中、揺れ動く人生に訪れた完璧な瞬間とされるのは、ナナがはじめてハチに歌を披露した満月の夜である。その後、いくつもの喪失を経験していったナナは「何かを得る為に何かを支払わされる」宿命を「月の満ち欠けのループ」に例えることになる。しかし、その先で未来から過去を振り返るハチは、親友にこう語りかけるのだ。
「ねえ ナナ
人の感情は たやすく揺れ動いて 目に映るものはみんなまやかしで
そこには確かなものは何ひとつない
だけど月は欠けているように見えても
本当は常に形を変えずにそこに在るってこと 忘れないでね」 - (『NANA』12巻より)