2022年09月02日 09:51 弁護士ドットコム
現役のプロレスラー(リングネームは剛馬)でもある弁護士の川邉賢一郎氏(40)が、自身のツイッターでつぶやいた「出会い系詐欺」の相談案件が話題になっている。
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相手の身元が分からず、泣寝入りするケースも少なくない中、リング上のファイトと同様、「当たって砕けろ!」の精神で居場所を突き止め、実質100万円以上を回収したというのだ。
相手も手慣れた詐欺師のようで、尾行などが決まらない中、川邉弁護士は一体どんな「必殺技」で、覆面レスラーならぬ、匿名詐欺師を撃破したのか。熱く語ってもらった。それでは、レディー、ファイッ!(執筆家・山田準)
プロレスラーとしては「悲惨なくらい弱い」と泣きを入れる川邉弁護士だが、弁護士業では決して音を上げない。それが「二刀流弁護士」の信条だ。
今回、飛び込み相談に来たのはアラサー男性。出会い系アプリで出会った女性に計200~300万円をだまし取られたという。
相手の特定が難しく、回収の可能性が低い場合や、弁護士費用倒れ(回収金が弁護士費用に届かない)になるケースなどでは、お互いにメリットが少ないため、依頼を断る弁護士も少なくない。
だが、川邉弁護士は、「区切りを付けたい!」という相談者の前向きな思いに触れ、相手の氏素性も分からない、困難が予想される戦いに挑むことを決意した。
「これまで、出会い系詐欺に限らず、投資詐欺、ビットコインなども含め、詐欺案件は何十件も対応してきましたが、私より精通しておられる先生方も少なくありません。ですから、相談に来た方には正直に、『もっと詳しい先生に頼んだ方がより良いかと思いますが』と話すようにしていますが、今回の依頼者は、『ここまで話を聞いてもらったし、取り戻せるか分からなくても、やってみたい。区切りをつけたい』と言ってくれまして。ならばと、リング同様、死力を尽くす覚悟でお受けしました」(川邉弁護士)
今回のケースでは、依頼主の男性は何度か加害者の若い女性と会っていたが、そのたびに、「留学費用のお金が足りない」などと理由を付けては、現金を無心されたという。気付けば、現金やプレゼントも含め、被害総額は200~300万円相当まで拡大していた。
この手の事件では、詐欺被害に遭っていると思いたくない、相手のことを信じたい、といった被害者の複雑な感情も絡み、事件化するまで時間を要するケースが少なくない。
だが、今回のケースでは、異変に気付いた家族が男性を説得。フルネームはもとより、住所や連絡先などの個人情報も一切明かされていなかったことなどから、「詐欺との意識が薄かった」という被害者男性もさすがに意を決し、川邉弁護士に詐欺被害の解決を全権委任した。
「依頼者が探偵に尾行を依頼したのですが、巧みにまかれてしまって……。この加害女性が手慣れていると言うか、悪意を感じて、闘志に火が付きました!」(川邉弁護士)
例えば、尾行に気付いた相手に対し、それ以上、執拗について回ることは難しく、尾行を断念することも少なくないという。
尾行の次に取った手段は、弁護士会照会による、アプリ運営元への照会。弁護士が証拠を得るための法律上の制度で、原則として回答義務がある。しかし、運営元は個人情報保護を理由に回答を拒否したという。
そこで最後に打った手は、住所不明、氏名も「〇〇こと氏名不詳」として訴訟を提起し、その過程で裁判所に「調査嘱託」を申し立てるという手法だ(cf.名古屋高裁金沢支部平成16年12月28日決定)。こちらは弁護士会ではなく、裁判所が調査、回答を依頼するというもの。
これにより、アプリ登録の際に記入した電話番号を取得。その電話の契約者情報から住所、氏名なども入手し、相手の特定に結び付けた。
「訴状に調査嘱託で特定したい旨の上申書を付けて身元を特定し、最終的に100万円以上の金品を回収しました。当たって砕けろ、の精神で取り組みましたが、こうした問題について体系だった知識を持っていた訳ではなく、結果的に、いい勉強になりました」(川邉弁護士)
今回は、加害女性が100万円超の金品を戻すことで一件落着したが、相手を特定できても資産がなく、回収できないケースも少なくない。
仮に金品の回収が不可能だった場合、川邉弁護士は「刑事告訴をし、民事訴訟も判決まで続けることになったと思います」と語った。
幸い、加害女性側が謝罪と誠意を示し、また被害男性も納得のいく結果となったことから、事態の長期化は回避できた。
出会い系アプリによる詐欺被害では、被害者が泣寝入りするケースが多く、こうした着地に落ち着くことは、むしろ稀だ。「今回はうまくいきましたが、常にうまくいくわけではありませんから」と気を引き締める。
あくまで、依頼主の利益を最優先にする姿勢は崩さないが、それでも、「仮に成果が出なくても、気持ちに区切りが付くところまでやりたい」という依頼があれば、全力で応えるのが川邉弁護士の心意気だ。
「今回は、依頼して下さった男性に喜んでいただけたかと思います。あと、すべてが終わった後に、加害者の女性には、『こういう、しつこい弁護士もいるんだからね』と言いました。もし、これに懲りて、こうした行為を自制してくれれば、うれしいのですが……」(川邉弁護士)
依頼者の笑顔が何よりの喜び、なのはもちろんだが、加害者の更生にも思いを馳せる川邉弁護士。プロレスのリングでは、模範六法で相手を殴打するなど、やりたい放題のヒール(悪役)だが、法律家としては、先達に学び、精進を重ねるベビーフェイス(善玉)なのだ。
プロレスラーとの「二刀流」弁護士は、「プロレスラーとしては弱すぎて泣きたいくらいですが、依頼者の困りごとには体を張って応える、強い弁護士でありたいですね!」と、きっぱり言い切った。
【取材協力弁護士】
川邉 賢一郎(かわべ・けんいちろう)弁護士
1982年(昭57)1月13日、横浜市生まれ。東京大学法学部卒業。2011年5月、新司法試験3度目の受験で合格。第65期司法修習修了。2013年6月、日本初の弁護士プロレスラーに(プロレスデビューは2005年11月の趙雲子龍戦)。神奈川県弁護士会所属。「弁護士法人Next」の横浜OFFICEで、相続、離婚、企業顧問から詐欺関連まで幅広い問題に対応している。またプロレスラーとして「プロレスリングBASARA」に所属。「剛馬」のリングネームで人気。英検準1級、TOEIC850点。
事務所名:弁護士法人Next横浜オフィス
事務所URL:http://next-law.or.jp/