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「辞めた社員を訴えたい」こんな経営者の訴えは通るのか? よくある誤解を解説

2022年08月30日 10:21  弁護士ドットコム

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「残業代が支払われない」、「ハラスメント被害を受けている」。こうした労働者からの労働相談は後を絶ちません。では、訴えられた会社側は、労働問題にどのように向き合っているのでしょうか。


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企業法務を専門とし、特に経営者など使用者側の労働事件を数多く扱う向井蘭弁護士に、使用者からの「あるある労働相談」を前後編にわたって解説してもらいます。



前編は「労働基準法に関する誤解シリーズ」4選をお送りしましたが、後編では「労働裁判に関する誤解シリーズ」をお送りします。



●「あるある労働相談」を解説

私はTwitterに時折、思い付いた労働問題に関する内容を投稿することがあります。



以前、お笑いコンビ「レギュラー」の鉄板ネタ「あるある探検隊」を真似て、労働問題についても「あるある労働問題」の投稿をしてみました。これが思いのほか反響がありましたので、改めて解説してみたいと思います。



●1「証人 たくさん 用意する」

顧客企業から、裁判の今後の見通しを聞かれて「客観的な証拠がないので敗訴する可能性が高いですね」と答えることがあります。



それを受け、経営者の方から「証人であればたくさんいます。5人でも10人でも用意ができます」などと返されることがあります。「その証人というのは誰なんですか」と聞くと、その経営者の方は「うちの社員です」と答えます。



「現在、御社に在籍している社員がいくら証言しても、裁判所は全く信用しませんので、意味がありません。退職した社員などは証言ができますか」と聞くと、経営者の方は途端に表情を曇らせ、「いやあ、退職した社員はちょっと難しいですね」と答えます。



日本の裁判所は人の証言を基本的に信用せず、物証などより客観性の高い証拠を重視します。まして、現在在籍中の従業員などは雇い主である会社に気を使いますから、なおさら信用性がありません。



テレビドラマと違って、証人尋問をせずに終了する民事裁判は結構多いのです。



●2「最高 裁まで 争いたい」

私が「裁判の今後の見通しは厳しく、会社が敗訴する可能性が高い」と説明をすると、経営者の方によっては「勝つまでやりたい。最高裁まで争いたい」と言うことがあります。



たしかに、日本は三審制を採用しており、地方裁判所が一審、高等裁判所が二審、最高裁が三審となります。



ただ、現在の民事訴訟法により、最高裁が審理できるのは原則として憲法違反や判例違反などがある事件に限られます。通常の事実関係の争いや法的解釈の争いは審理の対象となりません。



それどころか、二審の東京高裁などは一回で結審することが多く、一審判決が維持される確率が高いのです。一審判決が変更される確率は、約二割程度と言われています。



毎回このような説明をするのですが、なかなか経営者の方は納得してくれません。



●3「辞めた 社員を 訴えたい」

特にここ最近、人手不足が深刻化したからなのか、「辞めた社員を訴えたい」という相談が増えています。辞めた従業員が犯罪行為などをしたわけではなく、人手不足の中で会社を退職された結果、会社の業務に支障が生じたため、損害賠償請求したいというものです。



特に、退職代行会社から退職届が届くと、感情的になってしまう経営者の方が多いようです。



ところが、明治時代から現在に至るまで、労働者は退職する自由が保障されています。一方的に会社に退職の意思を告げるだけで、一定期間が経過すれば退職できます。



そのため、単に辞めたことを理由に社員を訴えたいと言っても、法的には不可能です。



●4「引き継ぎ してない 訴えたい」

3と関連した内容ですが、「引き継ぎをせずに退職した従業員を訴えたい」という相談を受けることがあります。



退職することは仕方がないが、引き継ぎをせずに退職をして会社は損害を被ったため、損害賠償請求したいというものです。



ところが私が、「その損害とは具体的に何を指していますか」と聞いてみると、非常に曖昧なものです。



「迷惑を被った」とか「みんなが困ってしまった」などの抽象的な理由で、具体的に金額に換算してどの程度の損害が生じたかを証明することは、そもそも困難です。



そのため3と同様、引き継ぎをせず退職をしたことを理由に損害賠償請求をすることは非常に難しいのです。



●5「退職 代行 許せない」

憎しみが退職者ではなく、退職代行会社に向いてしまうこともあります。退職代行会社からの退職通知が届くと「退職代行会社を訴えることはできるか。このやり方は違法なのではないか」との相談を受けることがあります。



弁護士法上、弁護士以外が代理人として退職に関する交渉をすることはできないのですが、退職代行会社は退職の通知のみを届けることを代行するだけで、それ以外に代理行為はしないという理屈で適法とされております。



そのため、「残念ながら退職代行会社を訴えることはできません」と説明することが増えています。




【取材協力弁護士】
向井 蘭(むかい・らん)弁護士
東北大学法学部卒業。平成15年弁護士登録。経営法曹会議会員。企業法務を専門とし、特に使用者側の労働事件を数多く扱う。企業法務担当者に対する講演や執筆などの情報提供活動も精力的に行っている。
事務所名:杜若経営法律事務所
事務所URL:http://www.labor-management.net/