アニメファンが作品の舞台になった実際の土地を訪問する「聖地巡礼」。今では観光や町おこしにも使われ、「アニメツーリズム」なんていう用語も生まれている。行政や企業が参加し、地域が歓迎する「ビジネス」ともなっている。しかし、「聖地化」が現地の人達に歓迎されるとは限らない。
このほど北海道中富良野町にある宿泊施設が、ファンの「聖地認定」に困惑の声をあげた。SNSでは軽い騒動になり、制作サイドも「(この宿泊施設の)外観を再現はしておりません」と公式サイトで発表するに至った。(取材・文:昼間たかし)
ソックリでも「再現はしていない」声明の理由
騒動の発端となったのは、2022年8月21日に放送されたアニメ『ラブライブ!スーパースター!!』(NHK・Eテレ)。今回は、主人公たちが北海道でグループ合宿をするという話だった。その中で、ヒロインたちが宿泊したのが、北海道中富良野町にある「メンバーの実家のペンション」だった。
このペンションの外見は、とある実在宿にそっくりだった。そこからファンが施設を「特定」し「ここが聖地だ」とSNSで盛り上がったのだ。それに対し、実在宿側は関連を否定。アニメ側も8月23日に公式サイトで否定声明を出した、というのが流れだ。
「聖地認定」をして盛り上がっていたアニメ・ファンが、宿側から手渡されたものとして、SNSで披露していた文書によると、宿はアニメ会社から「舞台にしたい」と相談を持ちかけられたが、結局お流れになったと経緯を説明。そのためアニメに描かれている建造物は「うちの宿ではない」と主張しているようだ。
この文書の真偽は明らかではないが、宿泊施設側は公式サイトで
「一部マニアの方のツイートに端を発し、当ロッジがアニメの舞台であるとの認識が広がった結果、多くの方が撮影に訪れるという事案が発生致しました」
とし、「アニメの舞台ではない」としたアニメ公式サイトの説明へのリンクも貼っている。
部外者からすると「ファンが宿泊に来てくれるならいいじゃん」と考えてしまいがちだ。しかし、聖地巡礼に来た人たちが好む世界観・雰囲気と、アニメを抜きにして単に宿泊施設を利用したい人たちの好む世界観・雰囲気が一致しているとは限らない。聖地巡礼者と、大自然を満喫しに来た観光客では、宿の運営スタイルをガラッと変えなければならなくなるだろう。
実際、宿側は「アニメ放映後、1人客の宿泊予約が相次いだので、1人客予約はお断りしている」ともアナウンスしている。4部屋・定員10人の施設なので、1人客で部屋が埋まると採算が合わなくなってしまうのだろう。
宿サイトの告知文にはその後、
「✳︎愛好家の皆様のご協力により急速に平穏な日常が戻って参りました。このように短期間で収束できたことは驚きとともに、「ラブライブスーパースター」を大切にしたいという愛好家の皆様のお気持ちであろうと思います。これからも素敵な想いを繋いでください。」
と追記がされた。巡礼者たちにも、現地の事情・気持ちが伝わったのだろう。
敬意が足りないのでは?
さて、今回は無事なんとか収拾がついたようだが、こういうトラブルは実は目立たないだけで、各地でも起きている。
最近ではアニメの制作側も、ファンの「聖地巡礼」がトラブルを引き起こす可能性をしっかりと認識しているようだ。2021年に放送されたアニメ『スーパーカブ』では、公式サイトで
作品舞台である山梨県北杜市にお越しいただく際には、学校、お店、また近隣住民の皆様へのご迷惑とならないよう節度ある行動、及びマナーに十分心掛けていただきますようお願い申し上げます。
と、事前に呼びかけている。
聖地巡礼は「成功事例」がしばしばメディアなどに取り上げられ、「失敗事例」は話題になりにくい。でも冷静になったほうがいい。一部観光地を別とすれば、大量のアニメファンが訪れて写真撮影したりしても、地元の利益にはならない。宿や飲食店、お土産販売所といった、観光客にお金を落としてもらう「受け皿」が存在しないからだ。
聖地巡礼のファンの行儀も、必ずしもよろしくはない。筆者は、長野県岡谷市にある洩矢神社で「これはないわ……」という光景を見た。この神社は、普段は神主のいない地域で管理されている神社だが、人気ゲーム『東方Project』の聖地とされている。そのため、絵馬掛けにはキャラクターを描いた絵馬が並び、神事の際には多くのファンも訪れる。
こうした神事でのファンの立ち位置は、よそ者で、地元民が大事にしてきた伝統行事に「参加させてもらっている」という立場だ。だから、少なくとも地域の人に挨拶をしたり、感謝を伝えたりするのは必須のはずだと筆者は思う。
ところが現地では、ろくに挨拶もせず、社殿にキャラクターの人形を置いて一心不乱に撮影するなど、他人の宗教行事にズカズカと上がりこんでいるという立場を忘れたファンたちが散見されるのだ。
これまで、いちばんヤバいと思ったファンは、ゲームに登場するキャラクターのモデルとされる家系の人にサインをねだろうとした人物である。もちろん相手は作品とも何の関係もなく、芸能関係者でもない。そんな人が厳かな神事に参加している最中に、サインの要求など迷惑千万なのは誰の目にも明らかなのだが……。さすがに事情を知る地元民が阻止し、事なきを得ていた。それでも「東方ファン出禁」にしない、岡谷の人たちの心は広い。
だが、そこに甘えていてはいけない。もし「聖地巡礼」しようと思い立ったのなら、アニメ作品やその登場人物を大事に思うのと同じぐらい、「聖地」で暮らすリアルな人たちにも敬意を払いたいものだ。