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これって「マタハラ・パタハラ」? 解雇や降格、企業は言い逃れできない

2022年08月26日 10:01  弁護士ドットコム

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職場でトラブルに遭遇しても、対処法がわからない人も多いでしょう。そこで、いざという時に備えて、ぜひ知って欲しい法律知識を笠置裕亮弁護士がお届けします。


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連載の第19回は「マタニティ・パタニティハラスメント」です。マタハラ・パタハラについて、弁護士ドットコムにも「育休復帰と同時に役職を外された」「男性の育休取得実績がないと断られた」などの相談が多数寄せられています。



笠置弁護士は「産休や育休といった制度は法律に定められた制度であるにもかかわらず、上司や会社役員といった立場の方が、あくまでも会社が特別に認めている恩恵に過ぎないと誤解してしまっている点で共通した問題が見られる」と話します。



●マタハラの加害者は上司が6割

政府がマタハラ(妊娠・出産・育児に関して、女性労働者が職場で受ける不当な取扱いや嫌がらせ)に関する規制を指針により打ち出してからはや6年が経ち、「マタハラ」という言葉も浸透して久しいわけですが、依然として世の中ではマタハラの被害が後を絶ちません。



2020年に政府が実施したハラスメントに関する実態調査では、過去5年間にマタハラを経験した労働者の割合はおよそ4人に1人(26.3%)にも達しており、受けた被害の内容としては、「上司による、制度等の利用の請求や制度等の利用を阻害する言動」(24.3%)の割合が最も高く、次いで「嫌がらせ的な言動、業務に従事させない」(24.0%)が高かったことが明らかになっています。



マタハラを受ける要因となった理由・制度としては、「妊娠・出産したこと」(57.0%)の割合が最も高く、「産前・産後休業」(28.9%)が続いており、加害者としては「上司(役員以外)」(62.7%)の割合が最も高く、次いで「会社の幹部(役員)」(30.4%)となっているとのことです。



つまり、比較的高年齢の上司や会社役員といった立場の方が、自社の社員の妊娠や出産にまつわる制度に関して理解がないことが、マタハラが生じてしまう大きな要因になっているわけです。



●育休・産休は法律に定められた制度

私が過去に担当した事件では、妊娠が分かり職場に報告をしたところ、「産休は仕方ないが育休は使うな」と脅されたり、これまで全く問題になっていなかったような些細な出来事を口実に突然解雇されたり、育休を利用できたことに深く感謝するよう会社代表者から強要されたりしたといった事例がありました。



いずれの事例でも、産休や育休といった制度は法律に定められた制度であるにもかかわらず、上司や会社役員といった立場の方が、あくまでも会社が特別に認めている恩恵に過ぎないと誤解してしまっている点で共通した問題が見られます。



男女雇用機会均等法9条3項は、このようなマタハラ行為を禁止しているのですが、実際に行われた解雇や不利益措置の理由が、本当に妊娠や出産等を理由としたものなのかどうかを労働者側が証明しなければならないと考えられていたため、使用者側が全く別の理由を引き合いに出してきた場合には救済のハードルが高いとされてきました。



●労働者側が不利な状況が変わったある事件

このようなマタハラに関して労働者側が不利な状況が大きく変わるきっかけとなった事件をご紹介します。広島中央保健生協(C生協病院)事件(最高裁2014年10月23日労判1100号5頁)という事件です。



この事件は、病院で理学療法士として勤務していた副主任であった女性が、第2子の妊娠をきっかけに副主任から降格されてしまい、産休と育休を経て職場に復帰したところ、副主任に戻ることを許されなかったという事件です。



訴訟では、降格の効力が争われましたが、一審と二審は、いずれも病院側に広範な人事権があり、人事権の裁量逸脱はないと判断されました。



これに対し、最高裁は、「女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は、原則として同項の禁止する取扱いに当たるものと解される」として、妊娠等をきっかけとして降格などの不利益措置がなされた場合には原則違法となることを明らかにしました。



他方で、以下の(1)(2)の事情がある場合には、あくまで例外的に違法とはならないという判断枠組みを示しました。



(1)当該労働者が軽易業務への転換及び上記措置により受ける有利な影響並びに上記措置により受ける不利な影響の内容や程度、上記措置に係る事業主による説明の内容その他の経緯や当該労働者の意向等に照らして、当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき(2)事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして、上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するとき



これまでは、労働者側が自分で証明しなければ勝てなかったものが、原則違法となり、使用者側の方で、上記の(1)(2)の事情を証明できなければ適法とはならないという解釈の転換が行われているわけです。



数ある最高裁判例の中でも、極めて重要な意義を持つものと言えます。最高裁は、このような解釈論を示したうえで、事件を広島高裁に差し戻しました。差戻し審では、(1)(2)のような事情があるとは言えないと判断され、労働者側が勝訴しました。



この判決を受け、厚労省はすぐに通達(平成27年1月23日雇児0123第1号)を出し、解釈の目安として、原則として妊娠・出産・育休等の事由の終了から1年後までに解雇等の不利益取扱いがなされた場合は違法と考えられることなどを明らかにしました。  



●会社側の主張に屈する必要はない

マタハラ事件では、会社側の本心は産休や育休の負担など負いたくないというものであるにもかかわらず、もちろんそうは表立って言えないため、全く別の理由を持ち出して不利益な措置を正当化したり、従業員側も納得していたはずだなどと主張し、従業員側の請求を断念させてくる例が多く見られます。



しかし、ご紹介した最高裁判例が出された後では、特別の事情があることを会社側が立証できなければ会社側が敗訴するという解釈に変わっていますから、会社側の主張に屈する必要などありません。マタハラ被害に遭ってしまったという場合には、すぐに専門家に相談し、対応を検討しましょう。



(笠置裕亮弁護士の連載コラム「知っておいて損はない!労働豆知識」では、笠置弁護士の元に寄せられる労働相談などから、働くすべての人に知っておいてもらいたい知識、いざというときに役立つ情報をお届けします。)




【取材協力弁護士】
笠置 裕亮(かさぎ・ゆうすけ)弁護士
開成高校、東京大学法学部、東京大学法科大学院卒。日本労働弁護団本部事務局次長、同常任幹事。民事・刑事・家事事件に加え、働く人の権利を守るための取り組みを行っている。共著に「新労働相談実践マニュアル」「働く人のための労働時間マニュアルVer.2」(日本労働弁護団)などの他、単著にて多数の論文を執筆。
事務所名:横浜法律事務所
事務所URL:https://yokohamalawoffice.com/