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サイバーエージェント「初任給42万円、固定残業代80時間」は法的にOK?

2022年08月08日 10:31  弁護士ドットコム

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職場でトラブルに遭遇しても、対処法がわからない人も多いでしょう。そこで、いざという時に備えて、ぜひ知って欲しい法律知識を笠置裕亮弁護士がお届けします。


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連載の第18回は「80時間の固定残業代、法的には?」です。IT大手のサイバーエージェントが、2023年春の新卒入社の初任給を42万円に引き上げるというニュースが話題となりました(日本経済新聞2022年7月26日)。優秀な人材獲得をするための戦略として、ポジティブに捉える声も多くあります。



ただ、同社の募集概要を見ると、月給制職種の場合は、固定残業代の相当時間が「時間外80時間/月、深夜46時間/月」となっています。ネットでは「もう少し基本給に割り振ってほしい」「固定残業代込みだったのか」など、驚く声も寄せられています。



笠置弁護士は「法律でも制約されているような危険な長時間の時間外労働を従業員に行わせることを予定して、月額賃金のうちの一定額をその対価として定めることは、従業員の健康を損なう危険があるわけですから、大きな問題があると言わざるを得ません」と問題点を指摘します。



●残業代を計算する際の1時間あたりの単価に大きな差が出る

IT大手のサイバーエージェントが初任給を42万円に引き上げるというニュースがありました。ただ、新卒採用募集概要を見ると、42万円が基本給として払われるということではなく、80時間分の残業代を含んだ金額となっています。



基本給だけで42万円が払われる場合と、残業代も含んでの金額であるという場合では、意味合いが全く異なります。というのも、残業代を計算する際の1時間あたりの単価に大きな差が出ることになるからです。



基本給だけで42万円が払われる場合には、単価は42万円÷ひと月当たりの所定労働時間ということで計算されることになりますが、残業代も含む金額ということになると、42万円からここに含まれている残業代相当額を控除した金額(今回の場合には20万円代前半の金額ということになるでしょう)÷ひと月当たりの所定労働時間ということになりますから、単価が約半分ということになってしまいます。



初任給の月額が42万円と聞いて、一般的にイメージされるのは残業代を含まない諸手当で42万円という制度だろうと思われますが、今回の賃金制度はそのようなものとは大きく異なることを念頭に置くべきでしょう。



●月80時間の残業は過労死ライン

今回の採用条件では、42万円の月額賃金の中に、80時間分の時間外割増賃金(及び46時間分の深夜割増賃金)が含まれているとのことですが、この点にも法律上の問題があります。



固定の手当として80時間分の時間外割増賃金をあらかじめ払っておくことで、残業時間が80時間を超えない限り、残業代を精算する必要がなくなるため、会社としては労務管理が楽になるというメリットがあります。



このメリットを生かすため、会社としては従業員が通常行っているひと月当たりの残業時間を参考に、手当の金額を決めるのが通例です。つまり、固定の手当として80時間分の時間外割増賃金が払われることは、その会社の中で80時間程度の時間外労働を行うことが制度上予定されていることを意味します。



しかし、ひと月当たり80時間の残業は、いわゆる過労死ラインに匹敵します。ひと月当たり80時間もの残業をこなさなければならないことになると、入浴や食事・通勤などにかかる時間から逆算して、人間が健康を維持するために必要と考えられている睡眠時間を確保できなくなると考えられています。



そのため、過労死の労災認定基準においては、(1)脳や心臓に生じた病気の発症前1か月におおむね100時間、または(2)発症前2か月間ないし6か月間にわたって1か月当たりおおむね80時間、を超える時間外労働が認められる場合には、過重な労働によって病気を発症したものと認めるとされています。



だからこそ、いわゆる働き方改革法の中で、ひと月当たり80時間を超えるような時間外労働をさせることを厳しく禁じる規定が導入されたわけです(労基法36条)。



法律でも制約されているような危険な長時間の時間外労働を従業員に行わせることを予定して、月額賃金のうちの一定額をその対価として定めることは、従業員の健康を損なう危険があるわけですから、大きな問題があると言わざるを得ません。



●過去の裁判例は?

実際、今回と同様に、基本給のうちの一定額を、ひと月当たり80時間分相当の時間外労働に対する割増賃金とすることが有効かどうかについて争われた裁判例として、イクヌーザ事件(東京高裁平成30年10月4日判決)というものがあります。



裁判所は以下のように判示し、この会社が80時間分の残業代分を固定手当として払っていた取扱いを無効と判断しました。



「1か月当たり80時間程度の時間外労働が継続することは、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の疾病を労働者に発症させる恐れがあるものというべきであり、このような長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定して、基本給のうちの一定額をその対価として定めることは、労働者の健康を損なう危険のあるものであって、大きな問題があるといわざるを得ない。そうすると、実際には、長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定していたわけではないことを示す特段の事情が認められる場合はさておき、通常は、基本給のうちの一定額を月間80時間分相当の時間外労働に対する割増賃金とすることは、公序良俗に違反するものとして無効とすることが相当である。」



その結果、この手当は残業代の支払いとしては認められなくなりますので、会社としては、この手当も含めた金額を残業単価として計算し直したうえで、未払分を払う義務を負うことになります。



サイバーエージェントの採用条件は、働き方改革法が成立してから4年も経った時点で発表されているものですが、80時間分もの残業代を含むという固定残業代の定め方は、働き方改革を推進していこうという時代の流れに逆行していると言わざるを得ません。



●そもそも裁量労働制が適用されるのか?

他にも、採用条件の中には「職種、能力などに応じて2年目以降裁量労働制を適用」という記載がありますが、これにも問題があります。





裁量労働制とは、高度な専門性が求められる業務等に従事する従業員に対し、労使協定の締結等を条件に、実際には何時間働こうとも事前に決められた時間分働いたとみなすという制度です。



いったん制度が適用されたとしても、実際には業務の進め方や時間配分の決め方などの面で、従業員に具体的な指示がされてしまっているという場合には、裁量労働制を適用することはできません。裁判例の中には、裁量労働制が濫用されているとして、適用を認めなかった事例がいくつも存在します。



サイバーエージェントでは、入社2年目から裁量労働制を導入することがあるとのことですが、果たして本当に、新卒で入社したばかりの入社2年目の社員に、高度な専門性・裁量が与えられているのでしょうか。この点にも疑問が残ります。



(笠置裕亮弁護士の連載コラム「知っておいて損はない!労働豆知識」では、笠置弁護士の元に寄せられる労働相談などから、働くすべての人に知っておいてもらいたい知識、いざというときに役立つ情報をお届けします。)



●サイバーエージェント「恒常的に月間80時間の時間外労働を行わせるという趣旨のものではございません」

【追記】サイバーエージェント広報室は以下のように回答した。(8月9日20時30分追記)



「まず大前提として、当社では法令順守のもと社員の勤務時間管理を行っております。 当然ながら長時間労働を奨励するものでもなく、恒常的に月間80時間の時間外労働を行わせるという趣旨のものではございません。



そしてなぜ固定残業代80時間/月を含む給与としているのかという点について、当社事業の特性上、年間を通し、社員はその日・月ごとに業務量・時間に波がある状況です。例えば新規サービス・ゲームのリリース前、また広告事業におけるコンペの前などに対応できるよう、このような給与体系にしております」




【取材協力弁護士】
笠置 裕亮(かさぎ・ゆうすけ)弁護士
開成高校、東京大学法学部、東京大学法科大学院卒。日本労働弁護団本部事務局次長、同常任幹事。民事・刑事・家事事件に加え、働く人の権利を守るための取り組みを行っている。共著に「新労働相談実践マニュアル」「働く人のための労働時間マニュアルVer.2」(日本労働弁護団)などの他、単著にて多数の論文を執筆。
事務所名:横浜法律事務所
事務所URL:https://yokohamalawoffice.com/