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「トラコ」「アタル」「カホコ」「ミタ」 遊川和彦が“スーパーキャラ”で描く物語の共通点

2022年08月03日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『家庭教師のトラコ』(c)日本テレビ

 遊川和彦脚本、橋本愛主演のドラマ『家庭教師のトラコ』(日本テレビ系)がスタートした。謎多き家庭教師のトラコ(橋本愛)が、家庭教師先で子どもと家族が抱える問題を解決するというストーリー。そこにトラコ自身の過去や本当の目的が絡みながら物語は進んでいくようだ。


【写真】『家政婦のミタ』『となりのチカラ』で遊川作品に出演した松嶋菜々子


 登場するのは3つの家庭。30代のワーキングマザー・真希(美村里江)と夫の朔太郎(細田善彦)、小学校受験を目指す娘・知恵(加藤柚凪)のいる中村家。40代のシングルマザー・智代(板谷由夏)と家業の定食屋を手伝う小学6年生の息子・高志(阿久津慶人)のいる下山家。50代で元ホステスの後妻・里美(鈴木保奈美)とエリート銀行員の夫・利明(矢島健一)、里美の連れ子で東大を目指す守(細田佳央太)のいる上原家。家庭の財力を「上」「中」「下」と記号的に示した役名といい、実在する家庭教師の会社名をもじったようなタイトルのふざけ具合といい、市原悦子主演の人気ミステリーシリーズ『家政婦は見た!』(テレビ朝日系)のタイトルをもじって、視聴率40%超の大ヒットドラマ『家政婦のミタ』(日本テレビ系)にしてしまった遊川和彦の真骨頂ともいえる。


 トラコが子どもに教えていくのは、「正しいお金の使い方」とお金と自分を取り巻く現実のこと、そして子ども自身が自分の頭で考えることだ。第1話では1万円の使い方について6歳の知恵に実地でレクチャーしてみせた。いくつも失敗を重ねながら、知恵は両親が仲直りして家族が幸せになる方法を懸命に考えるようになる。トラコが知恵に語りかけた「あなたは、何が知りたいの?」は今後も決めフレーズ的に使われそうだ。なお、コスプレが趣味のトラコは知恵の前にメリー・ポピンズ風の姿で登場するが、これは映画『メリー・ポピンズ』(1964年)に幼い姉弟が「正しいお金の使い方」について考える場面があることに由来している。


 合格率100%を誇るものの、ミステリアスでずけずけと家庭に介入していくトラコのキャラクターを見て、『家政婦のミタ』で松嶋菜々子が演じたスーパー家政婦・三田灯を思い出した視聴者も少なくないだろう。子どもに厳しい現実を教えて自分で考えることを促す教師という面では、遊川作品の『女王の教室』(日本テレビ系)で天海祐希が演じた阿久津真矢とも通じている。阿久津真矢は子どもたちの前で堂々と格差社会を肯定し、その中を生き延びる方法を自分なりに考えろというメッセージを子どもたちに送っていた。『家庭教師のトラコ』では知恵がトラコに「なんで知恵はお受験しなきゃいけないの?」と尋ねる場面があるが、『女王の教室』にも「どうして勉強するんですか、私たち」という教え子の問いかけに阿久津真矢が滔々と考えを述べる場面がある。


 遊川和彦はリアリティーを超えた三田灯や阿久津真矢のようなキャラクターを「スーパーキャラ」と名付けている。遊川は『家政婦のミタ』に代表される自作の一つのパターンを、「『こんな人は現実にはいないだろうけど、いてほしい』という人=スーパーキャラによってスーパーではない普通の人たちがかわってゆく」と語っている(※1)。


 『家政婦のミタ』以降、遊川作品には『過保護のカホコ』(日本テレビ系)、『ハケン占い師アタル』(テレビ朝日系)、『同期のサクラ』(日本テレビ系)、『となりのチカラ』(テレビ朝日系)などのように、物語のシチュエーションに主人公の名前をカタカナにして加えたタイトルが非常に多くなる。非常にキャッチーでわかりやすい。


 あえて普通の(というより格好悪い)男・中越チカラ(松本潤)を主人公にした『となりのチカラ』を除いた作品は、いずれも「スーパーキャラもの」と言えるだろう。ライターでドラマ評論家の成馬零一はさらにこれらの作品を「ダークヒロインもの」と「ピュア系ヒロインもの」に分類している。無機質で人間離れした考え方や能力を持つ主人公が前者、純粋で正義感が強いゆえにまわりと衝突してしまう主人公が後者だ。(カタカナ名前ではないが)『女王の教室』、『家政婦のミタ』、『家庭教師のトラコ』は前者にあたり、『過保護のカホコ』の根本加穂子(高畑充希)、『同期のサクラ』の北野サクラ(高畑充希)は後者にあたる。『ハケン占い師アタル』の的場中(杉咲花)は両者を行き来し、(こちらもカタカナ名前ではないが)『35歳の少女』(日本テレビ系)の時岡望美(柴咲コウ)は前者から後者に変容する。


 このようなスーパーキャラを使って遊川が描こうとしているのは、社会に横たわるさまざまな問題だ。創作の際に大切にしていることとして、遊川は「怒り」を挙げている(※2)。「問題意識が何もない、別に自分だけ良ければいいやと思ってる人は書けない。なんでこんなに不公平なんだよとか、なんでこんなにうまくいかないんだよとか、なんでこんなに愛されないんだよとか、そういうことが人間の根っこになっている。そういうものに対して敏感になろうというか」。


 キャッチーなタイトル、インパクトの強い主人公を通して描こうとしているのは、社会の不公平さや、いつも見過ごされそうになる社会問題、愛を失ってしまった人たちの苦しみなどだ。それらの問題をスーパーキャラの主人公が登場して解決するだけでなく、逆に主人公が抱えている心の闇をまわりが助けることもある。


 『家庭教師のトラコ』には、ダークヒロイン的なスーパーキャラ、子どもと家庭を取り巻く現実の諸問題、社会の不公平さ、明かされない主人公の心の闇など、『女王の教室』以降の遊川和彦作品の総決算のように見える。これからどのような物語が紡がれていくのか楽しみだ。


・参照
※1. 『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)
※2. 『イントロ』(日本テレビ系)2020年10月4日放送


(大山くまお)